第134話 お姫様とお茶会(3)

 お茶会に参加してくれた姫たちを見送るために俺たち四人は屋敷の庭へとでていた。

 

「双眼鏡で覗きなんかしなくても、こうして出迎えていたら堂々と見られたんじゃないですか?」


 小早川さんが聞くと、一条さんは姫たちに笑顔で手を振りながら答える。


「覗きだなんて。やだなー。あれは双眼鏡のお披露目を兼ねての実用実験だよ。実際に使ってみてその有用性が分かっただろ?」


「そういう意味じゃないんですけどね」


 苦笑する小早川さんを横目に、俺と伊東さんも一条さんに倣う。

 利用価値がなさそうな相手ではあるが、無駄に敵を作るつもりもないので、牛車に向かう姫たちには終始笑顔で手を振りながら聞く。


「倍率もそうですが、とてもクリアに見えました。どんな研磨技術を使ったんですか?」


「研磨技術だけじゃありませんよ。不純物が少ない硝子の製造方法も教えてください」


「任せてよ。ちゃーんと教えるからさ」


『とは言っても』と口にすると俺と伊東さんに一瞬視線を走らせて続けた。


「詳しいことは俺も知らないんだ。実際に製造にかかわった刀匠と焼き物職人を、今回の上洛に同行させているから後で引き合わせるよ」


 即位の礼に出席するための上洛に同行させたのか。

 さぞや職人たちも緊張していることだろう。


「職人さんたちも気の毒に……。いやまあ、職人さんたちを連れてきてくれたことには感謝していますよ」


 ため息交じりの伊東さんに続いて、俺も『職人たちを連れてくればよかった』との悪戯心が表にでないようにお礼を言う。


「ありがとうございます。ところで、双眼鏡を完成させるのに、職人たちにどんな無理を言ったんですか?」


「無理なんて言ってないよ。図面を描いて『こんな感じのモノ』を作って欲しいって、アバウトに頼んだだけだよ。どんな方法や技術を使って作るかは職人任せだったな」


「基本は私と同じですね」


 水車、揚水機、手押しポンプ、スコップ、ツルハシ。それらの製造を頼んだときの職人たちの反応が脳裏をよぎる。

 誰もが、迷惑そうな顔をしていた。


「それを言われたときの職人さんたちの絶望感が想像できますよ」


 伊東さんの言葉がチクリと俺の良心を刺した。


「そう? 少し困った顔はしていたけど絶望しているようには見えなかったけどなー」


「家老の人とか年配の家臣から怒られませんでしたか?」


 善左衛門と重光叔父上を連想しながら聞く。


「特に怒られはしなかったけど、土居宗珊が翌日に職人たちを訪問していたな。きっとハッパを掛けに行ったんだと思うよ」


 その瞬間、伊東さんと小早川さんの二人と視線が交錯した。


 それ、絶対に違うやつだ。

 職人たちを執り成しに行ったな。下手したら一条家の家老が職人に頭を下げた可能性もありそうだ。


 土居宗珊をもっと大切にするよう言おうとする矢先、小早川さんが母屋の方を視線で示して言う。


「家臣の方々がきますよ」


 その言葉と同時に建屋からでてきた集団が目の端に映った。

 一条家、伊東家、竹中家の家臣たちだ。


 十名近い集団のなかで一際俺の目を惹く二人。善左衛門と土居宗珊が深刻な顔で何やら会話をしている。


「一条さん、土居宗珊さんとうちの善左衛門がでてきました」


「サンキュー、竹中さん。気付かずに双眼鏡の話を続けていたら危ないところだった」


 一条さんのセリフに伊東さんと俺のツッコミが重なる。


「双眼鏡の話でしたっけ? とうに話がそれていた気がしますよ」


「危なかった、と言う自覚はあるんですね」


「そんなことよりも、明日以降の予定について話がしたいんだけど……」


 近づいていくる家臣たちを一瞥して言う


「土居宗珊には聞かせたくない」


「私も善左衛門には聞かれたくないです」


 それ以上は言わなくても分かりますよね、と伊東さんを見た。


「分かりました、それではうちの家臣も含めて、皆には離れてもらうとしましょう。あ、言っておきますが、私には話を聞かれて困る家臣はいませんからね」


「伊東さんのところはこの時代の人たちの理解を超える政策や開発計画に反対する家臣はいないんですか?」


「うちは至って平穏ですよ。話を聞く限りでは竹中さんのところと一条さんのところは大変みたいですね」


 同情されたが返す言葉もない。そう思った瞬間、一条さんが口を開いた。


「そうなんだよね。なかなか理解を得られないことが多いんだ。特に土居宗珊。有能で色々と頼りになるんだけど、頭も固いからなー」


 善左衛門とよく似ている気がする。


 伊東さんのところと何が違うんだろうか……?

 後でその辺りのことを詳しく聞きだそう。


 俺は近づいてくる家臣たちから、姫たちに視線を戻した。


 帰り支度を終えて牛車に乗り込む姫たちは誰もが興奮気味な顔をしていた。

 侍女や従者は喜多殿、恒殿、珠殿の連名で贈った反物や装飾品の入った箱を宝物のように大切そうに抱えている。


『ところで一条さん』と小早川さんが話題を変えた。


「外の牛車も随分と手入れが行き届いた立派なものですが、姫たちの着物も真新しいものに見えますね。失礼ですが、公家の皆さんは裕福でないと思っていました」


「裕福じゃないよ。調べたわけじゃないけど、着物は新調しているだろうけど、牛車は借りものじゃないのかな?」


 何か言いたそうな表情をしているが、一条さんはそこで言葉を止めた。


 この時代の公家は生活に余裕のない者がほとんどで、立派な牛車を持っている家など数えるほどしかない。

 ところが眼前にある牛車はどれも分不相応な代物ばかりだ。


 家臣たちがきたタイミングで一条さんが話を再開する。


「何度も言うけど、お茶会の準備は万端だって言っただろ。牛車や着るものが用意できずにお茶会を欠席されても困るからな。だから、招待状と一緒に姫たちの着物と牛車、侍女や従者を臨時で雇えるだけの仕度金を渡しんだ」


「凄い! 一条さんって細かいことに気配りできるんですね」


 小早川さんが大仰に感心するのを見て一条さんが満足げにうなずいて続ける。


「酷いな、小早川さん。招待する姫やその実家に恥をかかせるようなことはしないよ」


「確かにその通りです。恥をかかせて変な噂を立てられても困りますからね」


 翻って俺はと言うと、一条さんの気配りの細やかさよりも、その場しのぎの抜け目なさに感心してしまい、思わずうなずいてしまった。


「いい噂が金で買えるなら幾らでも買うよ」


 一条さんがシレっと言い切った。


 買ったのは公家たちの間に流れるいい噂だけでなく、家臣たち、特に土居宗珊の評判も入っているようだ。

 土居宗珊が感心と軽い驚きのない交ぜとなった表情を浮かべている。


 なるほど、公家はオマケか。

 家臣からの評判を買えるなら、大名と諸勢力の警戒心を同時に買うくらいは安いものという考えのようだ。


「噂を金で買う。確かに必要なことですね。一条さんと手紙のやり取りをしたり、話をしたりしていると時々勉強になります」


「酷いな、伊東さん。時々はないだろ」


 苦笑して抗弁する一条さんに伊東さんが


「買ったのはいい噂だけでなく、敵対心を持った人たちの反感と警戒心も買いましたよ」


 そう言って大きなため息を吐いた。だが、一条さんが口元に笑みを浮かべて返す。


「それは織り込み済み」

 

「殿、お二人の準備が整いました。いまは奥方様たちがお相手をされています」


 軽くお辞儀をして善左衛門が告げた。


 三条家の二人の姫。

 北条さんの正室候補であるロリ姫と久作の正室候補の姫には残ってもらっていた。


「分かった。私たちは姫の待つ部屋へ行く。お前たちはこの場に残って姫たちを見送ってくれ」


「土居宗珊。私も姫たちの待つ部屋へ向かう」


「承知いたしました。こちらで竹中家、伊東家の皆様とお見送りをさせて頂きます」


 一条さんが『頼む』と短く告げる傍らで、伊東さんも自分の家臣たちにこの場に残るよう指示をだしていた。


 ◇


「明日は即位の礼ですね」


 家臣たちから十分距離を取ったところで小早川さんが口を開いた。

 それに一条さんと伊東さん、俺が続く。


「明日は俺たちも出席するけど……、気になるのは警備だよな」


「警備に意識が向いて、出席している間も気が気じゃないでしょうね」


「即位の礼が終わると、次は大嘗祭です。即位の礼開始から大嘗祭が終わるまで、十日余。警備以外にもやることはたくさんあります」


「俺たちにとっての最重要課題は即位の礼と大嘗祭を無事に終わらせること。次いで、諸々のお茶会だ」


 一条さんの言葉通り、帝とのお茶会を筆頭に公家や商人、その他とのお茶会の予定がびっしりと組まれていた。

 そのうち未定となっているお茶会について聞く。


「ところで一条さん、内緒のお茶会の方は何とかなりそうですか?」


「うーん……。もう一押し、ってところかな。まだ、こっちを警戒しているみたいで、なかなか首を縦に振らないんだよなー」


「それはまあ、警戒はするでしょうね」


「今日の結果を持たせて、もう一度使者をだす。それで行けると思うんだけど……」


 言葉を濁した一条さんが俺を見た。

 今日の結果。

 それは北条さんと久作の結婚相手を決めたことだ。


「久作の結婚相手は三条家の姫で問題ありません」


 容貌は事前に聞いてきた久作の好みとそう外れていない。緊張していたせいか少し大人しすぎる気もするが、その辺りは時間が解決してくれるだろう。


「北条さんの嫁さんを俺たちだけで決定する訳にもいかないから、『最有力候補』ってところだな」


「一人は尾張と美濃を領有する竹中家当主の弟の正室。いま一人は北条家当主の正室の最有力候補。提示するカードとしては十分でしょう」


 十分かどうかは別にして、いま提示できる最良のカードであることは間違いない。


「それでも無理だったら一緒に知恵を絞ってね」


「分かりました。その時は四人で考えましょう」


 そう言って俺は伊東さんと小早川さんを見る。

 すると、伊東さんがすかさず承諾の返事をし、小早川さんは小さく首肯した。


「さて、そこで今後だ」


 一条さんが言葉を切ったタイミングで聞く。

 

「それで、三条家への結婚の申し込み手続きはどうすればいいんですか?」


 久作の結婚相手は決めたが、進め方が分からない。


「姫を集めてもらったときと同じように、一条の本家を通じて三条家に手紙をだす。これは俺の方でやっておくから、竹中さんは三条家からの返事がくるまでは何もしなくていいよ」


「分かりました。その辺りのことはお任せします。それで、北条さんの方はどうするんですか?」


「北条さんから事前に問題なし、との言葉はもらっているからこちらも同じように進めるよ」


 一条さんの話では使者を通じて似顔絵を確認した北条さんから、『似顔絵の通りならOK』との返事をもらっているそうだ。


「内緒のお茶会の段取りも一条さんに任せっきりですが、私たちは何も手伝わなくて大丈夫ですか?」


 手伝いを申しでようとすると、


「外交関係は俺に任せて、竹中さんと伊東さんは警備に集中してくれた方がありがたい」


「分かりました」


 承諾の返事をして伊東さんを振り返ると、


「総指揮は引き続き竹中さんにお願いします」


 口元に笑みを浮かべていた。

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