第90話 大高城攻略戦
「鉄砲隊は敵の弓隊を狙い撃て! 特に
破城槌 《はじょうつい》の足を止めようと、櫓や城壁の上から弓を射掛ける兵士を狙い撃つよう、
その声をかき消すように種子島の銃声が鳴り響き、敵の弓兵が次々と倒れた。
それでも少なくない数の矢が飛来する。
その矢を掻い潜るようにして、先端を鉄で補強した太い丸太が、大高城の正門に打ち付けられた。鈍い衝撃音が響き渡り正門が大きく揺れる。
「
床几に腰かけて大手門の攻防を眺めながらつぶやくと、
「将が無能では兵士が気の毒になります」
光秀も軽く
二度三度と破城槌 《はじょうつい》が打ち付けられる間も、次々と弓隊が櫓や城壁の上に姿を現しては、鉄砲隊の標的となって姿を消して行く。
何度目かの破城槌が正門に打ち付けれらた。それと同時に
「随分と早くに搦め手が落ちたな」
どうやらあの使者が仕事をしたようだ。
これで
「殿の脅しが功を奏したようです」
「光秀、私は脅してなんていないからな。ちゃんと対価を支払って仕事を依頼しただけだ」
しかも、やりたくなければ、報酬だけ持って逃亡してもOKとも言ってある。こんな良心的な仕事、そうそうあるもんじゃない。
「で、その仕事を
光秀、お前。今、さらりと流したな。
まあいい。
「約束を
記憶を
「ご使者の名は
水野忠重? 聞いたような気もするが思い出せない。
よく分からないが、名前を憶えているという事はそれなりに有能な武将だったのかもしれない。
もしそうだとしたら拾い物だ。伝手をたどって水野信元を配下に向かい入れよう。
「でかした――」
俺は百地丹波から光秀に視線を戻す。
「――という事で、仕事を見事にやってのけた水野忠重は、大高城落城後から俺の配下とする」
「
光秀はそう言うと、すぐに氏家卜全殿と島清興へ向けて伝令を走らせた。
◇
◆
◇
金森長近の率いる一軍が搦め手から城内へ突入して程なく、大手門付近から歓声が
「大手門を
光秀の叫びと同時に、俺の周囲を固める本軍からも歓声が上がた。
『抉じ開けた』と言っても人一人がようやく通れる程度の隙間しか空いていない。だが、そこは歴戦の武将氏家卜全が指揮をするだけの事はある。
城門を抉じ開けた破城槌をそのままに、追い打ちを掛けるように二つの破城槌が繰り出していた。
「これで大手門を突破出来そうです」
光秀の言葉に無言で首肯して、追い打ちとなる破城槌が大手門を破る様子に視線を注ぐ。
味方の湧きあがる喊声の中、追撃の破城槌が大手門へ迫る。
大手門に突き立てられた破城槌を取り除こうと、敵兵士がやっきになっているところへ、破城槌が突き立てられた。
追撃の二本の破城槌が衝撃音を轟かせ、大手門を敵兵士ごと吹き飛ばす。
味方の喊声と敵の悲鳴が入り混じた声が響き渡る。
続いて部隊長クラスの武将の号令する声があちらこちらで上がった。
「突っ込めー! 全軍、なだれ込めー!」
「手柄はすぐそこだー!」
「討ち取れ! 尾張兵を一兵も逃すなー!」
「搦め手に後れを取るな!」
「敵将を討ち取れ! 手柄は目の前にあるぞー!」
あれ? おかしいな、掛け声も雰囲気も今朝の軍議の席と何か違う。
「光秀、軍議の席で『無益な殺生をしないように』と周知したよな?」
「そのはず、です……」
俺と同じように、軍議の席と
「今から伝令を走らせて、効果があると思うか?」
「反発と混乱を生むだけで逆効果、かと――」
現場の雰囲気を読み取ろうとしているのか、視線を撃破した大手門付近に固定したまま、言葉を続ける。
「――ここは現場の判断に任せて、静観されるのが賢明かと思われます」
だよな。俺もそんな気がしていた。
「分かった、取り敢えずは落城までは口出しせずにおこう――」
だが略奪はもちろんの事、婦女子や子ども等の非戦闘員に故意に危害を加えたら厳罰だ。それはこれまでも徹底しているのだから変えるつもりはない。
「――少し早いが、本軍を進めるぞ。大高城へ入城する」
「
光秀がすぐに反応し、周囲の武将たちに次々と指示を出し始めた。
◇
◆
◇
俺が本軍を率いて城内へ入った時には、既に粗方の戦闘は終了していた。敵味方ともに命令が行き届かない少数の者たちが、隅の方で戦っていただけだ。
討ち死にした者と怪我人は、敵味方を分けて中庭に集めさせた。降伏した者たちも同様に中庭に集めてある。
婦女子と子どもなどの非戦闘員は城内、特に主だった敵将とその家族は大広間に集めるよう指示を出していた。
大広間に目的の人が集まり次第、そちらに移動する。それまでの間、城内の一室を占拠して次々と訪れる報告を聞いていた。
「殿、島清興様より伝言です。『ご指示通り、大広間に人を集めました』との事です」
「ご苦労、すぐに向かうと伝えてくれ――」
報せに来た兵士にそう答え、光秀に向き直る。
「――それで、佐久間信盛はどこにいる?」
「中庭におりますが、その、討ち取られておりました」
討ち取ったのは誰だよ。
佐久間信盛は織田信長の父親である
さらに、直属の家臣というよりも、昔から尾張に厳然たる勢力を持っており発言力もあった。信長にとっては排除したくても出来ない、目の上のたんこぶだったのだろう。
その佐久間信盛が所領を失った挙句、身一つで信長の下に無傷で送られてくる。
信長の性格から考えて絶対に家中を炎上させる火種になると期待していたのに、計画が台無しだ。
「殊勲者は誰だ?」
「
氏家卜全殿の嫡男か。
俺が深いため息を吐くと、
「――我が甥の
消え入る語尾でそう言った。
ないかも何も、間違いなくそうだろう。だが、それを責める訳にもいかない。
「討ち取ってしまったものは仕方がない。こちらの思惑はどうあれ、手柄を立てた事に違いはない。氏家直昌は殊勲者として扱う。善左衛門にもその旨、伝えておいてくれ」
「
首肯してそう答えると、光秀はすぐに鋭い目つきをみせる。
「――それで、織田信長への嫌がらせですが、代替案は如何しましょう」
嫌がらせ、じゃないからな。あくまでも織田家中を炎上させるための工作だからな。
最近、光秀が叔父上や善左衛門の影響を色濃く受けている気がする。
「それなんだが、代替案が思い浮かばない――」
失敗した。謀略の人、
「――お前、何か知恵はないか?」
「急に言われましても――」
困った表情を浮かべると、誰でも思いつきそうな代案を、力なくぼそぼそと口にした。
「――弟の
「何もしないよりはマシってところか。取り敢えず、その佐久間信辰に会ってみるか」
大広間に向かうため立ち上がると、視線で光秀も同行するよう、うながした。
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