第76話 清須城、集結(2)
清須城の大広間に集まった美濃と尾張の国人領主と土豪の代表者を前に、作戦内容の確認を含めて切り出す。
「別動隊の大将である
「古渡城が落ちましたら、一気に津島港まで駆け抜けましょう」
「清須城の守りと津島港はお任せください」
稲葉一鉄殿と野々村正成殿の大きな笑い声が広い室内に響き、諸将から歓声が上がる。
万が一、
「稲葉殿、野々村殿、古渡城の織田信清が心変わりしないとも限りません。その時は古渡城での活躍を期待しています」
古渡城を落とせば、伊勢方面の支城がこちらになびく事で話がついてるとは言っても、油断出来ない事と万が一の後詰として機能する事も考えて、稲葉一鉄殿を大将に八千の軍勢をあてる。
俺の
「随分と慎重ですな。殿のお膳立てに間違いなどないと信じておりますが、万が一の場合でも期待に応えてご覧にいれましょう」
西美濃三人衆の筆頭としての面目を保ったからか、上機嫌で答えた稲葉一鉄殿が豪快に笑う。
今回、軍勢を大きく二つに分ける。
古渡城より先、鳴海城、大高城の三河方面を受け持つ軍勢。これを本隊として総大将に俺、竹中重治。
もう一方の別動隊の総大将に稲葉一鉄殿。
こちらは伊勢方面の支城・砦を落としながら津島港を押さえる。
俺が総大将として率いる本隊は、古渡城、鳴海城、大高城を経て熱田港へと入る。
気持ちとしては他の城には目もくれず古渡城を一気に攻め落としたいところだが、ここはセオリー通りに行く事にした。
「小幡城、守山城、末森城に部隊を差し向ける。敵は少数とは言え城に立て籠もっている――」
小幡城の守備兵は百人を切る。守山城の守備兵と末森城の守備兵はそれぞれ百人余り、との報告が忍びから届けられていた。
対して、各城へ差し向けるこちらの別動隊の兵力は五百人余り。
力攻めでも勝てるだろうが消耗は避けたい。
「――無理に攻めずに包囲するのに留めて欲しい。降伏勧告は私からの伝令が到着するまで行わないように頼む。万が一敵から降伏の申し出があった場合も、私からの伝令が到着するまで降伏の受け入れはしないようにっ!」
そこかしこから威勢のいい声が上がり、口々に会話を始め出した。
「小城に立て籠もる臆病者など、相手にもなりませんっ!」
「こちらの軍勢を見ただけで震えあがって降伏してくるのではないか?」
「降伏するどころか、我々の軍勢が到着する頃には逃げ出して、城はもぬけの殻ではないのか?」
「戦う相手がいないのでは手柄の立てようもないな」
圧倒的に優位な状況での開戦。
その事実が全軍の士気を押し上げている。
士気の高さと油断は背中合わせだよな。
俺はわき上がる国人領主や土豪たちから、作戦指揮官の三人へ視線を向けた。
今回の包囲作戦の指揮官である、
光秀が『皆さま、お静かにお願い致しますっ』、と大声で座を鎮めるのを待って俺が口を開く。
「
「お任せください、婿殿っ!」
地味な包囲作戦であるにもかかわらず、西美濃三人衆の筆頭である稲葉一鉄殿の時よりも歓声が大きい。娘が俺に嫁いでいる事実が舅殿の立場を押し上げているのがよく分かる反応だ。
「
「承知致しました」
「
「
「林殿、よろしくお願い致します」
本当は林秀貞の部隊単独で小幡城を攻略させたかったのだが、空気がそうさせなかった。何よりも、叔父上と善左衛門を筆頭に光秀や西美濃三人衆までもが揃って反対した。
さすがにこのメンバーの反対を押し切ってまで林秀貞を重用するつもりはない。
ごめんよ、秀貞。
心の中で秀貞に謝罪して話を進めようとする矢先、氏家卜全殿が聞いて来た。
「援軍を要請する敵の密使は、見て見ぬふりをすればよろしいでしょうか?」
「密使は全て捕らえて頂きたい。密書はもちろんの事、何処に何を伝えようとしたのかも聞き出し、逐次知らせて下さい――」
援軍を要請するだけならともかく、余計な情報まで伝わるのは困りものだ。
情報はこちらでコントロールする。
「――敵の手を煩わせるまでもなく、各城から古渡城と鳴海城に援軍を要請する密書は既に手配済みです。もちろん、古渡城の織田信清にも既に話を通してあります。適当な規模に分散させて兵を出してくれる事でしょう」
大広間が一瞬静寂に包まれ、続いて美濃勢からどよめきが上がる。
「そ、そこまで段取りが出来上っておりましたかっ!」
「さすが、殿っ。深慮遠謀とはまさにこの事ですっ」
「織田信清の調略だけでなく、密書と敵の援軍まで思いのままとは恐れ入ります」
「まったくですな。今孔明と世間で評判になるだけの事はあります」
「しかし、これでは尾張攻略の勲功第一織田信清殿、勲功第二が林秀貞殿になりますかな?」
国人領主の一人がそう言って林秀貞に視線を投げかけると、
「我ら美濃勢としては、ここらで少しでも手柄を立てないと肩身が狭い思いです」
「古渡城だけでなく、鳴海城と大高城でも暴れたいものでな」
と別の国人領主たちが続いた。
さて、どう解釈すればいいんだ?
これは林秀貞への嫌味と
だいたい、今回の作戦の肝は織田信清の調略成功にある。
調略に失敗していたり、ここで心変わりされたりしたら、それこそ伊勢方面の攻略どころではなくなる。負けこそしないだろうが、それなりの犠牲を払って南尾張を手に入れなければならない。
まあ、それが分かっていても言わずにいられなかったのだろう。
「さて、残りは本軍とし、古渡城と鳴海城へ続く街道に兵を配置。敵の援軍を各個に叩いてもらう。古渡城からの援軍が出るのは間違いないとして、鳴海城も要請があれば援軍を出さざるを得ない――」
俺の言葉に列席する武将たちが静かに首肯する。
そもそも、織田信長が不在の時に援軍要請を断って支城が落ちたり、寝返られたりしたらそれこそ責任問題だ。あの信長の事だから
古渡城も鳴海城も援軍を出す。
「――守山城、末森城、小幡城の攻略を終えたら再度集結して古渡城から鳴海城、大高城へと兵を進めるっ!」
俺の強い語調に反応するように評定の間に歓声が上がる。
歓声が幾分か収まったところで俺は立ち上がり、『皆、くどい様だがもう一度言う』、そう言って切り出した。
「軍議の初めにも言ったが、敵将や敵兵の妻子などの非戦闘員に危害を加える事は許さないっ! 非戦闘員を見かけたら保護を呼びかけろ。保護を拒否して逃亡を図るようであればそのまま見逃して構わない――」
竹中軍は先の美濃征圧戦でも北尾張攻略戦でも、敵将の妻子などの非戦闘員に危害を加えていない。
これは広く知れ渡っている。呼び掛ければ投降する可能性は高い。
本多正信の『敵将の妻子を人質とすることで、当家への寝返りをうながしましょう』との言葉が蘇る。
この時代、人質というのは当たり前の事だが、俺はそれをするつもりはない。敵将の妻子であれば敵将の下へと送り届けるか、相手が望むなら、戦が終わるまでこちらで保護をするつもりだ。
ともかく不用意に敵を作らないのが俺のやり方だ。そして、これを徹底させる。
「――雑兵に至るまで、徹底させろっ! 背いたものは厳罰に処するっ」
列席する国人領主や土豪、武将たちが了解の返事と共に平伏した。
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