第74話 稲葉山城、評定(2)

 結局、商人たちの持ってきた商品――種子島と火薬、そして兵糧の類は全て買い取る事にした。

 買い取る事にした背景には彼らから十分な情報が引き出せた事と、今後につながる可能性を見いだせたからだ。


「いろいろと面白い話が聞けた。次の機会にも私を楽しませてくれる話が聞ける事を期待している」


 評定の間の中央でかしこまっている商人たちに向けて鷹揚おうような態度で告げると、商人は上機嫌で次々と感謝の言葉を述べた。


「いえ、こちらこそ全てお買い上げ頂きありがとうございます」


「大変気前の良いご領主様と伺っておりましたが、噂通り、いえ、噂以上でした」


「我らとしても、竹中様とは末永くお付き合いさせて頂ければと願っております」


「こちらへ向かう途中、領内をチラリと拝見致しましたが珍しい物や初めて見る物が幾つもございました。もし、販売の許可を頂けるようでしたら、ご納得頂ける金額をご用意させて頂きます」


「私は手広く商売をさせて頂いております。南蛮の商品も入手可能です。もしご入用でしたらお申し付け下さい」


 もちろん、感謝の言葉を述べるだけではなく、目聡めざとく商売ネタを探し出したり、今後の取引拡大を匂わせたりする者もいた。


「私としても、君たちとは末永く取引を続けたいと思っている――」


 商人たちの顔に光が射したように顔がほころんだ。互いに成功を喜ぶ様に顔を見合わせている者もいる。


「――主従関係もそうだが、商売というものもお互いの信用が大切だ。私の信頼を裏切るような事はしないでくれよ。君たちが裏切らない限り、私も君たちの期待に応えるだろう」


 呑み込みの早い商人が二人、すぐに口を開く。


「もちろんでございます。ここで知り得た情報、決して余所に漏らす事は致しません」


「逆にご領主様が満足されるような噂話を出来る限り正確に集めてくるように致します。もし、お許し頂けるのでしたら、お取引の時だけでなく、御用聞きに登城した際にも噂話をお耳に入れさせて頂けませんでしょうか」


 何れも新興の商人で、俺の記憶が正しければ二人とも後を継いだばかりのはずだ。

 一人は二十歳そこそこの妙に愛想の良い男。もう一人は四十歳程で雰囲気も口調も非常に落ち着きがある。この二人の顔は憶えておこう。名前は……後で光秀に聞けばいいだろう。


 理解の早い者が二人もいると話が早い。彼ら二人に続いて、我先にと残りの商人たちが同様の申し出を口にした。

 彼らが一通り語り終えたところで、


「もちろん、皆の事は信用している。特に取引がなくとも、お前たちが登城する事を認めよう。後程、それらを許可した証となる書状を用意させる。今日のところは下がっていいぞ」


 彼らには特別待遇となる許可証を発行する事を約束して退出させる。特別待遇が彼らの射幸心しゃこうしんを刺激したのか、誰もが昂揚こうようした様子で退出していった。

 さて、後で城の入口近くに商人たちが自由に出入り出来る建物を用意しないとならないな。


 ◇

 ◆

 ◇


 商人たちが退出すると、列席する国人領主の一人がいさめる様な表情と口調で発言した。


「少しばかり容易に商人たちを信用しすぎるのではありませんか?」

 

 言いたい事は分かる。俺だって言葉通りに信用している訳ではない。百地丹波ももちたんばに命じて彼の配下に後をつけさせてある。

 だが、それを口にする訳にもいかない。


 俺が商人を信用せずに行動を監視させていると知れば、国人領主や土豪たちも自分たちが信用されていないと思うだろう。

 逆に俺が商人たちを容易に信用する事で『容易に人を信用する人の良い主君ではあるが、それだけに自分たちを信用してくれている』と思うはずだ。今は多少のマイナス評価に目をつぶってでも家臣たちの信頼が欲しい。


「確かに皆から見れば未熟だろう。軽はずみなところがあったかもしれない。だが、私が先に信用しなければ彼らも応えてくれないだろう。私は彼らを信用する」


 それにもしかしたら、俺の事を危なっかしい若造と思って、代わりに働いてくれる家臣が出てこないとも限らない。


「殿、もしよろしければ、私が商人たちの取りまとめを致しましょう」


 殊勝な家臣がいた。林秀貞はやしひでさだだ。

 織田信長おだのぶながの配下であったが、先の尾張侵攻作戦の際に清洲きよす城を手土産に我々に寝返った。清須城という手柄はあれど、竹中家家中での居場所が欲しいのだろう。


 彼は近い将来内政面の要職を任せるつもりでいる人材だ。商人たちとのパイプを作るのは将来の彼の役割を考えても適任だ。


「秀貞か。いいだろう、お前に商人たちとの連絡係と、彼ら自由に出入りできる建物をこの城内に建築する責任者を任せる」


「おお! それは良いお考えです。林秀貞殿なら織田信秀おだのぶひでの頃から内政面を任されていましたから適任でしょう」


 稲葉一鉄いなばいってつ殿が相変わらずの大声で賛同し、快活に笑った。だが、目は笑っていない。

 それにここでわざわざ『織田信秀の頃から』などと列席者を刺激するような事を言うくらいだ、本当は反対なのだろうな。


 一鉄殿の思惑など気付かぬ振りで秀貞が静かに頭を下げた。二人の間で見えない火花が散っているような気がする。


「稲葉様にご賛同頂き、感激です」


 深々とこうべを垂れる林秀貞には一瞥もくれる事無く、一鉄殿が口を開く。


「殿、私から一つ提案がございます――」


 条件か? 俺は無言で首肯して先をうながす。


「――この度、殿の弟である久作殿が、近々元服すると聞きました。私の息子も先日元服を済ませましてな。ここはひとつ若い二人を秀貞殿の補佐の役割に付けて、秀貞殿に鍛えて頂くというのは如何でしょう」


 久作もそうだが、一鉄殿の息子、稲葉重通いなばしげみちも槍働き向きの武将じゃなかったか? しかも、血気盛んな年頃だ。

 およそ秀貞の補佐に適しているとは思えないが……お目付け役、なのだろうな。


「なるほど。二人ともまだ何をさせるかは決まっていなかったな――」

 

 俺は一鉄殿の意見に賛同を示すと、すました表情の秀貞に向きなおる。


「どうだ? 秀貞さえ迷惑でなければ若い二人を鍛えてやって欲しい」


「殿の弟君と稲葉様のご嫡男をおあずかりさせて頂ける。これ程光栄な事はございません」


「おお、引き受けてくれるか。ありがたい。まだ右も左も分からぬ未熟者だがよろしく頼む」


 しれっと引き受ける秀貞にお礼を述べるとすぐに一鉄も、


不躾ぶしつけな申し出にもかかわらず、快諾くださるとは林殿もお心が広いですな。稲葉家の嫡男という肩書など忘れて厳しく指導して下さい」


 快活な笑いに続いて、こちらも腹に抱えているであろう思惑など微塵みじんも見せない。

 列席する国人領主や土豪たちも心得たもので、話を合わせるように次々と祝辞を述べ、思い思いの笑顔を作っていた。


 評定の間で繰り広げられる腹芸と、それに伴って響き渡る乾いた笑いの中、光秀が咳払いをして俺をうながす。


「さて、先程退出した商人たちの噂話で、我々が事前に入手した情報がほぼ間違いない事が裏付けられた――」


 裏付けと呼ぶにははなはだ弱いが、ここはノリだ。

 そしてこちらが独自で入手した尾張の情報も裏付けられた情報のように一連の話の流れの中に組み入れる。


「――織田信長が三河に向けて出馬。古渡ふるわたり城を留守するのは織田信清おだのぶきよ。光秀、その他がどうなっているか、説明してくれ」


 光秀は『かしこまりました』と答え、小さくお辞儀すると列席する武将たちへ向けて説明を始めた。


「古渡城を守る織田信清殿とは既に話し合いが済んでおります――」


 説明の途中だが、列席者からどよめきが上がった。織田信清と不仲だった織田信安おだのぶやすなど目を丸くしている。

 まさか一門衆の織田信清がこちらに付くとは想像していなかったようだ。


 信清は北尾張を失った際の失態で信長に大分責められたのと、信長が犬山城をあっさりと手放した事で不満を持っていた。そこへ俺がエサを投げた。エサは犬山城一帯と尾張守護代。

 従弟の織田信長だけでなく、不仲な織田信安と完全に立場が逆転出来るこのエサに飛び付いた。


 どよめきの中、光秀が口調を強めてさらに続ける。


「――ですが問題もございます。与力として古渡城へ詰める河尻秀隆かわじりひでたか村井貞勝むらいさだかつの両名とは接触出来ておりません」


「一戦はあるが、城内に手引してもらい内部から叩けるという訳だな」


「河尻秀隆と村井貞勝の部隊が少数なら城の内と外から仕掛けた方が早そうだぞ」


 列席する武将の間から声が上がるがそれが収まるのを待って光秀が説明を再開した。


「三河遠征軍では織田信長に付いて出馬した堀秀重ほりひでしげ殿と話が付いており、百地丹波殿の手の下と連携して逐次情報が入ってきます」


 光秀の説明に安藤守就あんどうもりなり殿が口元を綻ばせる。


「古渡城が落とせれば他の城は容易いな。少々手こずるとしても、熱田くらいのものか」


 光秀が『仰る通りです』と安藤殿を持ち上げてさらに説明を続ける。


「先ず津島をはじめとした伊勢方面ですが、織田信長の領地としての体をなしておりません。離れ小島のような状態で常に当家と北畠からの脅威に震えているような場所、二つ返事で当家へ下りました。古渡城落城の報せを持って我が方に付きます」


 案の定、『古渡落城まで寝返りを表明しない』津島方面の守将たちに渋面を作る者が多い。

 代表するように氏家卜全うじいえぼくぜん殿が吐き捨てる。


「古渡城落城までは日和見を決め込むのか、意気地のない奴だ」


「まあ、そう言わずに。古渡城を落とせば後はろくな抵抗勢力はない。今川家が織田信長を三河に釘付けにしているうちに尾張を統一しよう――」


 俺の言葉で国人領主や土豪、家臣たちが幾分か落ち着いたのを確認すると、南尾張で古渡城に次ぐ抵抗が予想される熱田に付いて話を振る。


「――光秀、問題の熱田方面はどうなっている?」


「殿のご指示通り、来月生まれて来る予定の赤子へのお祝いの贈り物として、領地と社の安堵、さらには海賊との和睦を取り持つ事を約束して参りました」


 室内がどよめくのを止めずに


千秋季忠せんしゅうすえただ殿は喜んでくれたか?」


 と軽く問う。


「はい、大そうお喜びになり、『万が一三河出馬を言い渡されても、桶狭間の戦での傷が癒えていない事と、海賊から熱田を守らなければならない事を理由に何としても残る』との事だと、報告を受けております」


 室内を見渡せば、列席者の士気が上がっている事が見て取れる。戦の前に十分な工作がされている事に勝利を夢想しているようだ。

 さて、次は油断してつまらないミスを起こさないよう、皆の気を引き締めるとするか。


 尾張侵攻の号令はその後だな。

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