第65話 1560年7月『茶室』(1)

 眼前には見慣れたOAデスクとOAチェア。OAデスクの上には『茶室』の文字が浮かぶノートパソコン。

 よし、待ちに待った『茶室』だ。


 毎度の事だが、俺はわずかばかりの安堵と大きな期待を持って『茶室』に入室した。すると俺を除く、メンバー全員の名前が画面を流れる。

 今回は俺が最後か。


 竹中重治

 こんばんは、皆さん。どうやら私が最後のようですね。


 北条氏規

 竹中さん、待っていましたよ。


 今川氏真

 もう知っていると思うけど、今、北条さんのところが大変な事になってるんだよ。


 小早川繁平

 竹中さん、商人を派遣してくれて、ありがとうございます。助かりました。


 最上義光

 一条さん、さっきの話ですが長尾景虎が関東に出てくると、最上家としても他人事じゃないんですよ。

 もう、戦々恐々として動向を見守っています。


 一条兼定

 やっぱり長尾景虎の影響って大きいんだ。


 竹中重治

 小早川さん、お安い御用です。お役に立てたなら良かった。


 安東茂季

 最上さんとは近いけど、うちの方はそれほど騒ぎになってないな。


 最上義光

 安東さん、大丈夫。そのうちそっちも騒ぎになりますよ(笑


 伊東義益

 竹中さん、今回の『茶室』は長尾景虎対策一色なりそうですよ。


 安東茂季

 兄の安東愛季だけでも頭が痛いのに、さらに長尾景虎かよ。


 北条氏規

 なんだか、私の問題に皆さんを付き合わせる形になり申し訳ございません。


 竹中重治

 北条さん、長尾景虎の動きは度合いは異なれど、全員に影響します。気になさらないで下さい。

 それで、どんな感じなのでしょうか?


 今川氏真

 北条さんが全員揃ったら説明するって言ったんで、その間、雑談しながら断片情報と推測で好き勝手に話していただけだよ。


 伊東義益

 言葉は悪いですけど、そうですね。憶測で雑談していたところです。


 北条氏規

 では、全員揃ったので私から状況の説明をします。話し合いはこれまでの『茶室』と同じにしましょう。

 ディスカッション形式です。ご意見や捕捉する情報をお持ちの方は遠慮なさらずに随時書き込みをお願いいたします。


 今川氏真

 OK


 安東茂季

 お願いします


 伊東義益

 それで依存ありません。


 最上義光

 その進め方でOKです。


 一条兼定

 どうぞー


 竹中重治

 北条さん、お願い致します。


 北条氏規

 時期に誤差はありますが、概ね史実通りに長尾景虎が動きました。やはり、というか、長尾景虎は昨年から準備を進めていたようです。

 これは私の父である北条氏康の放った素破が越後に入り込んでおり、継続的に情報を集めていたので間違いありません。


 一条兼定

 北条氏康の放った素破って、風魔?


 北条氏規

 ええ。詳しい事は私も教えてもらえませんでしたが、相当数の素破を送り込んでいた様です。それもかなり前から。口振りからすると最低でも三年は前です。


 安東茂季

 戦国大名、怖っ!


 伊東義益

 さすが北条氏康、と言ったところですね。


 今川氏真

 たぶんだけど、武田晴信も周囲にかなりの素破を送り込んでいるんじゃないのかな。


 最上義光

 竹中さんのところとか? いや、ターゲットは斉藤家か。

 

 今川氏真

 で、今後は竹中家か。竹中さんは今や注目の的だからな。


 竹中重治

 あまり注目されたくはありませんが、やむを得ないでしょう。


『武田家に限らず、諸国から相当数の素破が入り込んでいるのは想定している』


 北条氏規

 話を戻しますね。史実よりも半月程早く長尾景虎が動きました。


 最上義光

 動いた、というのは長尾景虎が出陣したという事でいいのかな? 上杉憲政うえすぎのりまさ里見義堯さとみよしたかが長尾景虎に救援要請を出した、とかじゃなく?


 北条氏規

 はい、長尾景虎が出陣しました。ここからは推測ですが、里見義堯が史実よりも一ヵ月も早く長尾景虎に救援要請をしたのがきっかけでしょう。


 竹中重治

 きっかけは史実通りですね。一ヵ月早まったのは北条さんが正木親子を里見家から引き抜いたからですか?


 安東茂季

 まあ、そうだろうな。


 一条兼定

 他に理由が見つからない、かな?


 北条氏規

 正木親子の引き抜きは後悔していませんが、何らかのケアをしておかなかったのは明らかに私の落ち度です。申し訳ありません。


 今川氏真

 戦力増強をするのは当たり前だよ。俺の方こそ、自分のところで手一杯になっちまって手伝えなくてすまなかった。 


 竹中重治

 結果的に長尾景虎の動きが半月早まったかもしれませんが、我々が先手を打てたのは事実ですし、何よりも里見義堯の戦力を大きく削ぐことができました。

 北条さんの判断は間違っていませんよ。


 北条氏規

 ありがとうございます。


 今川氏真

 まったくだ。比較的自由に動ける俺たちが何とかすべきだった。北条さん、申し訳ない。


 最上義光

 こうして毎月集まって情報交換したり戦略練ったりしている訳ですから、全体責任ってことで。


 伊東義益

 周辺諸国の有力武将を取り込めば、その反動があるのは仕方がありません。それに、正木親子を取り込めたのですから、長尾景虎に対抗する手立てもいろいろと考えられるのでしょう? 北条さん。


 北条氏規

 ええ、その通りです。

 正木親子を私の配下に迎えているので里見義堯に粘られることはないと思います。長尾景虎が到着する前に決着できるでしょう。


 一条兼定

 北条さんが配下に取り込んだのって、正木親子と上泉信綱だったよね。その繋がりでもっと配下を増やせない?


 最上義光

 長尾景虎が厩橋城を落とす前に、出来るだけ味方を増やしておきたいところだな。


 竹中重治

 味方を増やすのは何も北条さんだけの仕事じゃありません。最上さんも周辺の諸勢力を取り込んで、長尾景虎が関東に攻め込んできたときに横合いから襲い掛かってもいいんですよ。


 北条氏規

 味方の話ですが、正木一族の残りを里見から寝返らせることが出来るかもしれません。

 というのも、正木親子から『旧領は不要なので一族を引き入れる材料に使って欲しい』と申し出がありました。正木親子は私から恩賞として手に入れる領地があれば十分だ、と。先祖伝来の領地に未練はない、とも言っていました。


 安東茂季

 それは凄い申し出だな。


 小早川繁平

 正木親子、得難い人材ですね。


 最上義光

 そんな部下が欲しい。正直、羨ましい。


 竹中重治

 正木親子に、まだ引き抜いて半年余りの者に、それを言わせた北条さんの器量が素晴らしい。


 今川氏真

 北条さんは本当に部下からの信頼が厚いんだな。


 北条氏規

 その、私の話はそこまでにしましょう。それよりも、この長尾景虎の関東遠征に対する落としどころです。


 伊東義益

 北条さんはどんな風に考えているのですか?


 北条氏規

 史実通りに小田原城を包囲されても負ける事はないと思っています。それどころか、皆さんの協力を得られれば撃退も出来るでしょう。

 先ずは史実踏襲のパターン。史実通りに小田原城に籠城して足掛け二年の長期戦を行う。

 北条家の国力は疲弊しますが、長尾景虎を長期間関東に釘付けに出来ます。


 一条兼定

 時間稼ぎ? メリットが今一つ理解できない。


 竹中重治

 長尾景虎を関東に釘付けにしている間に我々の国力強化ができます。さらに長尾景虎の領地へ素破を送り込むなどの今後に繋がる工作が可能です。

 

 伊東義益

 同じだけの時間を自由に使えるなら、国力を上げるにしても工作するにしても、我々の方が有利という事ですね。


 北条氏規

 竹中さんと伊東さんの言う通りです。

 ただ、この場合は北条家のロスが大きくなるだけでなく今川さんにも迷惑が掛かります。


 今川氏真

 迷惑だなんて思ってないから俺の事は気にしないでいいよ。


 北条氏規

 周辺の諸勢力を皆さんの力を借りて取り込み、長尾景虎を真向から迎え撃つ。撃退出来れば、関東の諸勢力は一気に我々に傾く。

 ただ、犠牲も大きくなります。


 小早川繁平

 人材って最も貴重ですよね? 


 最上義光

 人材の損失は最小限にとどめたい。


 伊東義益

 長尾景虎はもとより、関東の諸勢力や我々が人材を失って、武田晴信が健在っていうのは面白くないですよね。


 一条兼定

 長尾景虎が弱ったら、武田晴信はどこに向かうかな? ねぇ、竹中さん。


 竹中重治

 間違いなく美濃に目を向けるでしょうね。


 安東茂季

 真向勝負に出るなら、こちらの損失を少なくして長尾景虎と武田晴信を戦わせる?


 最上義光

 その上で、長尾景虎に圧勝する。いいねー、理想的だ。そうなれば東北も随分と楽になる。


 北条氏規

 それはまず無理でしょう。長尾景虎は強いと思います。なめて掛かっては我々の命取りになりかねない。


 小早川繁平

 それでは、史実通りに小田原籠城パターンですか?


 北条氏規

 折衷案というか、どっちつかずの案ですが。

 長尾景虎にはある程度攻め込ませておいて、適当なところで撤退して頂きましょう。


 一条兼定

 どうやって?


 北条氏規

 長尾景虎が関東に攻め込んでいる間、皆さんには朝廷への工作をお願い致します。適当なところで朝廷から和睦の使者を出してもらい、長尾景虎に撤退して頂く。


 竹中重治

 それは名案ですね。朝廷からの和睦の働きかけなら長尾景虎は従うでしょう。


 一条兼定

 おお! いいねー、それっ!

 任せてよ。帝の前に黄金を積み上げるのが今から楽しみだぜ。


 今川氏真

 朝廷からの和睦要請の手紙を受け取ったときの長尾景虎の顔が拝めないのが悔しいな。


 最上義光

 きっと、プルプルと手とか震えてますよ、きっと。


 今川氏真

 そうなると、和睦の使者を送るタイミングをよく考えないとなー。


 一条兼定

 でも、そうなると秋にやる朝廷工作は長尾景虎にお引き取り願うのと、本願寺との面会か。結構な額が必要になりそうだな。


 小早川繁平

 一条さん、今川さん、最上さん、三人とも本当に楽しそうですね。


 一条兼定

 楽しーよー。ってか、今から楽しみで仕方がない。


 今川氏真

 長尾景虎の悔しがる様子が知りたいから、今から忍者を送り込んでおこう。


 最上義光

 おっ! それいいね。私も忍者を送り込もう。



『確かに楽しそうだ。俺も百地丹波に相談して誰か送り込んでおこう』



 伊東義益

 話を戻しますね。

 秋の相場操作で資金を作ってからの朝廷工作になりますから、長尾景虎が撤退するのは早くても来年の春以降ですね。


 北条氏規

 春以降で十分です。

 もちろん、我々は長尾景虎が関東に侵攻してくる前に、出来るだけ周辺勢力の取り込みをします。この場合の我々とは主に私と最上さん、今川さんですね。


 最上義光

 諸勢力の取り込みが明るみに出ると、自然と最上家も長尾景虎から見たら仮想敵対国になりそうだなあ。


 今川氏真

 何もしなくても、敵対国として見てくれるから大丈夫だよ。


 一条兼定

 最上さん、忘れちゃった? 朝廷への献金、我々の連名だから。


 最上義光

 そうだったー

  

 北条氏規

 という事で、先ずは周辺諸勢力の取り込み。その後の朝廷工作。皆さん、よろしくお願い致します。

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