第49話 1560年6月『茶室』(1)
よし、『茶室』だ。
俺の眼前に現れたOAチェアとOAデスク。そしてデスクの上には 『ようこそ、竹中重治さん』と表示されたノートパソコンが置かれていた。
冷静になって考えれば、これ程不思議な光景もないだろうな。
だが、俺はその光景に、四回目となる『茶室』が開催されることに懐かしさと安心感を覚えている。
俺が『茶室』に入出すると、伊東さんと一条さん、小早川さん以外の人たちは揃っていた。
竹中重治
こんばんは、皆さん。またこの『茶室』に顔を出せてホッとしています。
北条氏規
こんばんは。稲葉山城を落とした事、伝わってきましたよ。史実通り十七人で落としたのですね。お見事です。
稲葉山城の奪取と北尾張の制圧は、関東どころか、安東さんのところまで届いているそうですよ。
最上義光
東北にも伝わって来ました。一晩で稲葉山城を落として美濃を制圧、さらに尾張半国を切り取った。そんな風に伝わってます。
安東茂季
そうそう、神算鬼謀に加えて、一人で二十人とも三十人ともつかない兵士を切り伏せたそうじゃないですか。
今川氏真
稲葉山城と北尾張の攻略、おめでとう。まさか本当に史実通りに十七人で落としたんじゃないよね?
『何だか、滅茶苦茶尾ひれ背びれが付いているな。稲葉山城の話は後回しにして、先ずは今川さんだ』
竹中重治
今川さん、今回はいろいろとお願いを聞いて頂き、ありがとうございます。
今川氏真
いいって。気にしないでよ。
それに俺としては、今川義元の首級と佩刀を取り返してもらった恩に比べれば、小さい、小さい。
竹中重治
首級と佩刀はお役に立ちましたか?
今川氏真
大いに役に立ったよ。それ以上に竹中さんからの手紙が役に立った。
『俺が今川さんに宛てた書状は、竹中家と今川家が同盟し協力し合う事が書かれていた。共に織田を攻めるという軍事面だけでなく、非課税の交易と港の使用制限の撤廃などの経済面、さらには技術提携まで列記してある』
竹中重治
お役に立てたようでホッとしました。
『もっとも、この時代の人たちでは経済面や技術提携についてどこまで理解できたかは怪しい。当面の敵である織田家を協調して攻略出来る事が役だった要因だろうな』
今川氏真
これがさ、最初は酷かったんだ。美濃の小領主と同盟を結ぶなんて頭おかしいんじゃねぇのか? みたいに言うヤツラが続出。
ところが、岡部元信が戻るのと、稲葉山城を十七人で落とした噂が伝わってくると、手のひら返して称賛しやがんの。あいつら名前を控えてあるから、いつか冷や飯食わせてやる。
『稲葉山城奪取はもとより、美濃の内情について『極秘』と釘を刺した上で正確に伝えていた』
竹中重治
岡部元信さんに稲葉山城を奪取した事と、美濃の大半を制圧下に置いてあることを伝えたときの驚いた顔を思い出しましたよ。
今川氏真
岡部元信の爺さん、首級と佩刀を俺に返しに来たときは、竹中さんに泣いて感謝していたよ。
それで、稲葉山城と美濃の話になったら興奮してべた褒めだったな。俺も今川義元の首級と形見の三好左文字を受け取った直後だったんで、神妙な顔をするのに一苦労したよ。
安東茂季
主君である今川義元の討ち死と敗戦。混乱しているところに、主君の首級と佩刀を無名の竹中さんが取り返す。
よくよく聞けばその無名の竹中さんは、その直前に稲葉山城を落として美濃と尾張の半分を制圧かあ。
うわー、何となく想像出来るだけに、岡部元信の反応を現場で見たかったなー。
今川氏真
岡部元信、ものスゲー興奮していたぜ。
北条氏規
しかも、後から後から凄い話が伝わってきますからね。間違いなく岡部元信の中で竹中さんは稀代の英雄になっていますよ。
今川氏真
稀代の英雄は北条さんもだよ。
うちの家臣たちの間でも北条さんと竹中さんの評判は鰻登り。
最上義光
おや? 新当主の立場がありませんか?
今川氏真
ところが違うんだよ、これがっ!
その北条さんと竹中さんと、誰にも先駆けて強固な同盟関係を結んだ『先見の明のある名君主』、と俺の評判も鰻登り。駿府に逃げ帰った直後は冷たい対応していた連中まで、今じゃ俺のご機嫌伺いに日参する始末。戦国の世って思ってた以上に世知辛いねぇ。
竹中重治
まあ、いろんな意味でお役に立てたようで嬉しいです。
最上義光
竹中さん、こっちまで伝わっている話だと尾ひれ背びれが付いているだろうから、稲葉山城を落とした時の話を聞かせてください。
竹中重治
分かりました。皆さんがそろったら掻い摘んでお話しします。
私としては、北条さんが今川さんを助けに駆け付けた話を詳しく聞きたいですね。
安東茂季
松平元康を討ち取ったのって北条さんって聞いてるよ。
北条氏規
いえ、私ではありません。私の配下です。>安東さん
そうですね、後程、皆さんが集まったら簡単にお話しします。 >竹中さん
今川氏真
いやー、北条さん、恰好良かったよー。女だったら惚れているレベルだね、あれは。
騎馬軍団で突撃を仕掛けてきたんだ。たった三回の突撃で松平元康を討ち取っちゃったんだよねー。
『北条さんが松平元康を討ち取ったのかっ! 初めて知る大手柄。狙い通りと言えば狙い通りだが、僥倖だ』
竹中重治
松平元康を討ち取ったんですね、大手柄じゃないですか。これで織田信長は同盟者を失った訳ですし、今川さんは裏切り者を事前に始末して、配下の動揺を未然に防いだことになります。
安東茂季
これで、織田に続いて松平元康の配下武将をスカウトできるのかな?
今川氏真
スカウトは前に取り決めた通り、早い者勝ちでいいよ。俺も織田の配下武将のスカウトにもう動いているしね。
最上義光
北条さんが直接討ち取ったの? 凄いな。
北条氏規
討ち取ったのは部下ですよ。上泉信綱が討ち取りました。
安東茂季
剣豪怖いな
今川氏真
部下の手柄は上司の手柄だって。それに北条さんだって恰好良かったぜ。騎馬で先頭切って突撃してきただろ?
『騎馬で突撃? それも先頭を切って? 何だろう、『茶室』のイメージと随分と
北条氏規
今川さん、やめてくださいよ。おだててもこれ以上は何も出ませんよ。
最上義光
騎馬で突撃って、よくやりましたね。日本の馬だとどうしても切り結ぶタイミングで足が止まるでしょう?
北条氏規
ええ、そうですね。ですから、切り結ばずに突撃で歩兵の隊列を崩すのと、混乱させて士気を減退させる事に主眼を置きました。
最上義光
なるほど! 騎馬の突撃にそんな使い方があったのか。勉強なります。
安東茂季
東北は騎馬が多いから、利用するシーンが多いかもね。
最上義光
ここぞ、というところで使わないと、他で真似されそうですから気を付けてくださいよ >安東さん
伊東義益
皆さん、こんばんはー! いやー、世界が輝いて見えますよ。
今川氏真
やたらテンション高いですね。今回の桶狭間の戦い、そちらにも凄い話として伝わってるの?
竹中重治
伊東さん、海賊の手配、ありがとうございます。もの凄く助かっています。
一条兼定
こんばん。桶狭間の戦い、詳しく聞かせてよー
竹中重治
一条さん、海賊の手配ありがとうございます。先程、伊東さんにもお礼を述べましたが、本当に助かっています。
一条兼定
海賊、役に立っていますか?
竹中重治
ええ、もの凄く役に立っています。ただ、そのう、頑張ってくれているのですが、違うところで頑張りすぎている人たちが、多少なりともいるようです。
伊東義益
もしかして、ご迷惑をお掛けしていますか?
竹中重治
いえ、もの凄く助かっています。信長を封じ込める一翼を担ってくれているのは間違いありません。ただ、伊勢にまで出張する方がいるようです。
一条兼定
あー、やっちゃいました? もしかして? とは思ったけど、調子に乗って伊勢にまでちょっかい出しちゃったかー
伊東義益
海賊は独立心がまだまだ旺盛でこちらの言う事を、そうそうは聞いてくれないんですよ。
最上義光
海賊、言う事聞かないのか。これは海賊を家臣として取り込むのを急いだ方がいいかも知れないね。
伊東義益
すぐ家臣に出来ればいいですが、ここまで折衝した感触で言えば、今の状況で急ぐのは得策ではありません。ですが、彼らも人間です。愛情を持って接すれば分かってくれるでしょう。
一条兼定
あいつ等、怖いんだよなー。乱暴者の集まりだし、海賊に比べたら武士なんて甘ちゃんだよ。
竹中重治
下手に出て、増長させる事になるのも嫌ですから、ゆっくりと取り込みましょう。その辺りの事も話し合えると助かります。
伊東義益
ええ、何でも言ってください! 今の私は誰にでも優しくできそうです。
『先程から伊東さんのテンションがおかしい。何があったんだ?』
今川氏真
伊東さん、さっきらテンション高い気がするけど何かあったの?
伊東義益
よくぞ、聞いてくれましたっ! 何と、つい先日、結婚しましたーっ! 一条さんの妹さんです。阿喜多殿です。
『今回、海賊対策を練ろうと思っていたんだが、頼りの伊東さんがこれでは、無理かもしれない』
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