第24話 明智光秀
久作を稲葉山城へと送り出した翌日、人材の登用に関して残念な報せと待望の報せが届いた。
残念な報せは山中幸盛の勧誘失敗。現時点で跡取りではないのでいけるかと
次男ではあるが既に武将として頭角を現しており将来を期待されているらしい。
距離もあるしこれ以上時間も人員も割けないので、山中幸盛のことは諦めよう。
山中幸盛を諦めた俺のところに待望の報せが届いたのは、山中幸盛の勧誘失敗の報せからわずか一時間ほど後だった。
明智十兵衛光秀、一族を率いての臣従。しかも当人は一族よりも一足早く、使者と共に到着していた。
久作と入れ替わるようにしての登場。
さようなら久作、よく来た十兵衛ということで、俺は到着早々に明智十兵衛光秀と会うことにした。
◇
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◇
明智光秀とは普段は評定に利用している大広間を使うことにした。こちら側の出席メンバーは俺と重光叔父上、善左衛門の三名。
その大広間に重光叔父上の声が響く。
「殿、こちらが明智十兵衛光秀殿にございます」
「この度はお取立て頂きありがとうございます。率いております一族に先駆けて参上いたしました」
今俺の目の前で平伏しているのは三十二歳の青年武将――明智光秀。年齢の割に髪の毛が薄いのは苦労したからだろうか? 気になったがそこは触れないでおこう。
「明智十兵衛光秀、顔を上げなさい」
促されると、光秀はゆっくりとした動作で居住まいを正した。
俺の目の前には歌舞伎者で派手好きな男はいない。教養豊かな文化人の空気を漂わせる、三十二歳という歳の割には落ち着きがある武将がいた。
俺が部下にと最も望んだ武将であり、その人物像が一番気になっていた武将でもある。ルイス・フロイスには謀略が得意で忍耐にも富んでおり、計略と策謀の達人として評されている。
光秀を観察してしまい無言の時間が流れたのを気にして
「光秀、明智城を取り返せるかはわからない――」
そう切り出すと多少の緊張こそあったものの落ち着いた様子だった光秀に動揺が見て取れた。
「――仮に取り返せたとしても、それをお前に任せるかも約束はできない。それでも俺に仕えてくれるか?」
俺は尾張と美濃を手中にしさらに勢力を拡大するつもりだ。重臣として迎えるのだから明智城などという小さなものにこだわって貰っては困る。
さらにいうなら――
俺の思考を中断させるように光秀の力強い答えが返ってくる。
「この光秀、明智城にも明智郷にも未練はございません。竹中様の下で新たに頂戴する知行を我が領地として励むつもりでございます」
俺の横で顔を強ばらせている重光叔父上と善左衛門とは対照的に、光秀は決意のこもった視線をまっ直ぐに俺へと向けていた。
明智城や明智郷を取り戻すということは龍興に謀反すると言っているようなものだ。
それをこの席で突然口にすれば、重光叔父上と善左衛門もさすがに顔を強ばらせるか。だが、その意味を分かって尚、光秀は俺に仕えると言い切った。
「よく言ったっ! 頼もしく思うぞ、光秀。約束通り、俺の抱える直轄地の三分の一を知行として与える」
俺の言葉を合図に重光叔父上が光秀の眼前へ目録を差し出すと、光秀は中身を確認するどころか受け取ることもなく再び平伏をした。
「大変ありがたいお話ではございますが、何の功績もない、城を追われた者を厚遇で取り立てては家中の不和となりましょう。手柄を立ててから改めて知行を頂きたいと思います。厚かましいようですがそれまでは食べていけるだけの俸禄を頂けませんでしょうか」
光秀が無欲だの清廉だといった歴史的な記述はない。
さて、『この言葉の裏には何があるのだろう?』と少しばかり思いを巡らせるが、俺の頭ではろくでも無い事しか思いつかない。
そんな俺に重光叔父上が小さく咳をして先をうながす。
「光秀、家中への気遣い感謝する。では、代わりといっては何だが相応の金を用意する。それで急ぎ戦仕度を整えろ。手柄を立てる機会はすぐそこまで来ている」
「畏まりました」
短く返答する光秀の表情が固くなる。さて、その内心はどんなものか。近江との戦を想定しているのではなく、美濃への謀反を予想しているのかもしれないな。
そんな風に思いながら光秀へ声を掛ける。
「戦は複数発生する。半月以内だ――」
桶狭間の戦いまで後半月ほど。桶狭間の戦いに便乗して尾張の三分の一を手中に収める。そして稲葉山城の奪取。
気のせいかハラリと光秀の髪が落ちた気がするが、そのまま続ける。
「そこでのお前の軍略、戦働きはもとより、戦の後の調略や次の戦へ備えての策謀にも期待をしている」
「必ずご期待に応えてご覧に入れます」
そう言い平伏する光秀の顔を上げさせると、小一時間ほど光秀のこれまでの身の上を含めた苦労話と彼の得意とする分野について、雑談を交えながら本人の口から聞くことができた。
◇
◆
◇
今こうして明智光秀と会話をしていても疑問は尽きない。
史実では、美濃を追われた身でありながら和歌などに通じ教養も高く、朝廷や将軍家にも出入りをしていた。
そんな文化人・教養人としての側面とは別に策謀や謀略を得意とし、信長配下のときには外見も歌舞伎者のように派手であったという。
将軍家に仕えていたときは教養がある文化人として細川藤孝などと友諠を結んでいた。信長配下では歌舞伎者のように好んで派手な格好をする。
多方面に渡る豊かな知識。機転が利き機知に富む。忍耐強さと実行力も備えている。それらはこうして会話をしていても伝わってくる。
俺の目の前にいる光秀は腰が低く穏やかな青年だ。少なくとも俺の目にはそう映る。
今も言葉を発しながら頭を垂れている。
「――もはや二度と美濃へ戻れるとは思ってもおりませんでした。こうして美濃の地を踏めたのも竹中様のお陰でございます」
俺は光秀のそんなセリフを適当に受け流してひとつの質問を投げ掛ける。
「ところで光秀、歌舞伎者や派手な格好を好む連中をどう思う?」
「さて、意図するところが見えませんが……他者に侮ってもらうつもりなら、ある意味成功かもしれません。ですが他にもっと良いやり方があるので私は思慮の浅い者と考えます」
本当に俺の質問の意図が分からないといった様子で小首を傾げている。
なるほど、今の光秀を見る限り歌舞伎者や派手な格好を好むとはとても思えない。そうすると織田信長に仕えてからの行いか。
平成日本で光秀について調べたときの疑問。将軍家に仕えていたときと信長に仕えていたときとは別人に思えるほど違う。
信長に影響されたのか……或いは仕える主によって自分を変えていたのか。主の目に止まるように、望む姿を映し出す鏡のように自分を変えていた可能性もある。或いは髪の毛が少なくなったので歌舞伎者の恰好をして目をくらませたのか。
俺の眼前にいる男はどうだ?
まだ分からないが、わずかな言葉のやり取りの間に謀略を好む事が感じられた。俺たち三人――俺と重光叔父上、善左衛門とのやり取りを見ていて、おれ自身が謀略を好む反面、主従の間や信用した者との間に隠し事を嫌うのを見て取ったのか?
だとしたら恐ろしいほどに洞察力があり頭が切れる。
頼りにもなるが信長を裏切ったことを知っているだけに恐ろしくもある。
恐ろしい男なら警戒を怠らなければいい。俺は信長とは違う。
俺が望むものを映し出す鏡のような男なら、光秀を見て己を客観的に見て反省する材料にできる。その辺りも含めて存分に働いてもらうとしよう。
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