第17話 1560年3月『茶室』(1)
来たーっ! 白い空間っ! そして俺の眼前にはOAデスクとOAチェア、そしてノートパソコンが置かれていた。
俺は逸る気持ち抑えてノートパソコンの画面を覗き込む。
そこには『ようこそ、竹中重治さん』の表示と『茶室』と書かれたボタンが表示されていた。
よしっ! 『茶室』だっ!
心拍数が早くなっているのが分かる。自分の鼓動が妙に大きく響いていた。画面の向こうに境遇を同じくする仲間がいることへの安堵と彼らに寄せる期待。
何よりも『茶室が開かれなかったら』という不安と恐怖が一気に消し飛んだ。
「嘘だろう……」
独り言が漏れる。自分の目から涙が流れていたことに驚いて漏れた独り言だ。俺は涙を拭うのもそこそこに半ばにじんだ視界で『茶室』と書かれたボタンをクリックした。
前回と同じようにクリックと同時に画面が変わる。
『竹中重治さんが入室しました』の文字が表示される。これも前回と同じだ。そしてその下に『現在四名の方が入室中です』と表示され、俺を含めて四名の戦国武将の名前が表示されていた。
北条氏規、一条兼定、伊東義益、竹中重治
良かった、無事だったんだ。少なくともこの三人は無事だ。そこに見知った名前を見つけた俺は妙な安堵と連帯感に襲われた。
まだ何をしたという訳でもないのに彼らに対して戦友のような親しみを感じていた。それにおかしさを覚えながらキーボードを叩いた。
竹中重治
こんばんは? でいいのかな? 皆さん、お久しぶりです。
北条氏規
こんばんは、竹中さん。いやー、無事にこうして再会? 出来て良かった
伊藤義益
こんばんは。本当ですね、再会できて嬉しいですよ
一条兼定
こんばんは。これで半分だね。あと四人っ!
竹中重治
わたしも、皆さんと再会できてもの凄く嬉しいです。一人で頑張っている間もまた『茶室』が開催されることをずっと願っていました。
一条兼定
俺も、俺もそうだよ。すげー寂しかったー
伊東義益
ははは、皆一緒ですね。
北条氏規
あれから一ヶ月間、戦国時代で生活してみましたけど、辛いですね。
『どうやら、戦国時代の厳しさを実感しているのは俺だけじゃないようだ。これなら桶狭間の戦いでの方針変更も切り出し易いし、納得もしてもらえそうだ』
そんな具合に再会を喜んでいると残る四名を次々入室してきた。
そして第一声というか、書き込みは挨拶と再会を喜ぶ声。それに続いて戦国の厳しさを嘆く声が続いた。
北条氏規
何だか皆さんのお話を聞いていると予想以上に国内がボロボロだったり、隣国が強かったりするようですね。まあ、うちもそれは一緒なのですが聞いているとうち以上に大変そうに思えます。
最上義光
そうそう、東北で一大勢力を築くから結構楽勝かと思っていたんだけどまったく違った。血縁関係が複雑なんですよ。あっちの顔を立てればこちらが立たず、で頭が痛くなってくる。
伊東義益
私の方は家中よりも周辺の国が恐ろしいです。島津に怯えていましたが実際には相良や大友もいます。それに肝付も意外と侮れません。
安東茂季
ははは、いいね、外に目を向けられて。こっちは家中の取りまとめだけでいっぱいいっぱいだよ。
今川氏真
皆の話を聞いている限り、うちの国内はまとまっている感じだな。そんなことよりも戦の準備で毎日大変だよ。
北条氏規
今川さん、それって尾張侵攻ですよね? うちも同盟の念押しをする使者が今川家から来た、と騒いだ後にいろいろ勘繰っていましたよ。
今川氏真
やっぱり分かっちゃうよね? 武田家にも使者が行っているんだけど尾張侵攻だって分かるよなー
『まあ、戦の準備なんて普通に考えて分かるか。幾ら情報が入りにくい時代とはいっても隣国の情報だ、尾張の織田信長もそれらしい情報を掴んでいそうだな。それに米の価格も上がっているかもしれない』
竹中重治
尾張侵攻の準備ってそんな大っぴらにやっているんですか?
今川氏真
やってるね。米なんかも毎日のように運び込まれてくるよ
『やっぱりそうなのか』
一条兼定
そんなに目立つことして信長にバレないの?
伊東義益
ばれているでしょうね。むしろ、信長が義元を引っ張り出したって説だってあるくらいですから。
今川氏真
あーそれね。尾張との小競り合いがずっと続いていたみたいでさ、『今度こそ決着をつける』とか意気込んでたな、義元
北条氏規
それって、もしかして信長の策略にはまって討たれたんじゃないですか? 今川義元
安東茂季
え? 国力が違いすぎるでしょう。弱小織田と東海一の弓取といわれる義元じゃ
竹中重治
いえ、信長は強いですよ。港町二つを抱える尾張の国力は十分に今川とやり合えます。この一ヶ月で如何に織田信長が強いか思い知りました。
安東茂季
そんなに?
竹中重治
考えてみてください。弱かったら今川にちょっかいを出しませんし小競り合いすら続けられません。北に斉藤、西に北畠、東に今川、西の北畠は工作で押さえて、斉藤をメインに戦争しながら今川と小競り合い。その間に尾張国内を統一したんです。絶対に強いですよ、信長。
最上義光
今川義元を偶然討ち取ったのではなく、計画的に引っ張り出して討ち取ったって考えて対処した方がよさそうだね
一条兼定
やっぱり戦国時代のスーパー武将だけのことはあったんだね
伊東義益
今川さん、義元を見殺しにしている場合ではないでしょ?
『伊東さん、ナイスだっ』
竹中重治
私もそう思うんですよ。今回、皆さんにご相談したかったのが桶狭間の戦への対応です。前回ノリノリで会話した義元拉致とか、私が義元を討つというのは現実味がありません。そもそも桶狭間は西美濃から遠すぎます。
今川氏真
義元が生きていると俺の思い通りに国を動かせないんだよねー。皆も俺が国主になった方がいろいろと便利じゃない? それに俺は史実の今川氏真とは違って無能じゃないから滅ぼされたりしないよ。
『何を言っているんだ、もの凄く滅びそうな気がするぞ。それこそ徳川家康にも嫌われてサクッと暗殺されそうじゃないか。いやまあ、偏見だけどさ』
北条氏規
今川さんの、国主になって自由に国を運営したいって気持ちも分かるけど、実際のところ国主交代なんてことになったら付け込まれるんじゃないのかな?
最上義光
国主交代だけで付け込まれたりはしないだろうけど、桶狭間の戦で有力武将や兵力を失ったらまずいよね。
『その通りだ。有力武将と兵力を失い、松平元康を独立させるきっかけを作った。さらにその後の対応も悪かった』
今川氏真
あのさー、義元ってワンマンなんだよ。北条さん、内政は何か出来た? 武将の勧誘や引き抜きは?
北条氏規
え? 一応、前回皆で話し合った水車や揚水機、それと開墾用のツルハシとスコップを作らせて開墾作業を進めています。武将の方は上泉信綱を家臣に出来ました。
最上義光
おお! 剣聖、上泉信綱を家臣にしたんだ、すげーっ
伊東義益
これ以上望めないくらいのボディガードですね、羨ましい
竹中重治
上泉信綱は羨ましいです。おめでとうございます。
今川氏真
ほらね、いろいろとやってるじゃない。俺なんてさ、何にもさせて貰えないんだぜ。もともとの氏真がよっぽどバカだったみたいで、まったく信用がないの。開墾すら自由にさせて貰えない。
『なるほど、史実の義元はワンマンだった可能性は高いな。加えてこれまでの氏真の愚行がたたったか』
竹中重治
それはお気の毒です。
安東茂季
そんなに大変なんですか?
今川氏真
もうさ、華々しく覚醒したところを見せたかったのに結局は何にもさせて貰えないから毎日ゴロゴロしているよ。部下も無能なやつしかいなくって手詰まりだね
『恵まれていそうなんだが、内情は俺たちが考える以上に窮屈なのか? 或いは足掻く事もせずに愚痴っているのか……激しく後者なきがするのは気のせい?』
小早川繁平
それでも私よりはずっと恵まれているじゃないですか。私も何にも出来ないですが、裏庭で椎茸栽培始めましたよ。椎茸も山に入って自分で探してきました。
今川氏真
俺の方はその椎茸栽培すら、させて貰えないんだよねー。国主にさえなれば一気に改革して伸し上って見せるよ
『さて、これを妄言と取るかどうかだ。俺以外の人たちの反応が知りたい』
その後、ほぼ全員で今川さんの説得に掛かったのだが『義元見殺し』は頑なに譲らない。
当然、俺も今川さんの説得を試みつつ、他の人たちとの個別会話機能がないか画面をあれこれと操作したのだがみつからなかった。どうやら『茶室』では個別の密談は不可能なようだ。
今川さんの言い分も理解できた。
この一ヶ月の間ずいぶんと鬱屈していたようだ。
竹中重治
今川さんの意思は固そうなので義元の救出はしないということで、別の方向で桶狭間の戦に介入して信長弱体の手段を考えませんか? 今川さんも信長が弱体化するのは歓迎ですよね?
『もうこうなったら義元死後の今川さんをあてにしなくても済む方法を考えよう』
北条氏規
竹中さんがそれでいいなら私は構いません。
最上義光
そうだね、この問題で最も影響を受けるのは竹中さんですからね
今川氏真
いや、俺でしょう? 一番影響を受けるのは
最上義光
そうですね。いや、今川さんは当然としてそれ以外ってつもりでした。
小早川繁平
先ずは桶狭間の戦について話し合いましょうか。その後でいいので私の相談にも乗ってください。
竹中重治
はい、ありがとうございます。相談の方は出来るだけ協力するようにします。
『実際のところ、山に椎茸の菌を探しに行って裏庭で栽培を始めるあたり、愚痴だけで何にもしていないようにしか見えない今川さんよりも好感が持てる』
一条兼定
OK 小早川さんとは近いし、知恵だけじゃなく協力したいよ。もっとも、俺も自分の足元固めるほうが先みたいだけど
伊東義益
小早川さん、畑が自由になるなら種芋を届けますよ。その辺りも後ほど。
『種芋? ジャガイモかサツマイモを入手したということか。早いな、伊東さん』
安東茂季
じゃあ、桶狭間の戦への関与をどうするか話し合ったら、次は小早川さんの相談。その後かな? 報告会は
最上義光
報告会も楽しみですね。この一ヶ月の皆さんの成果、是非知りたいです
こうして、桶狭間の戦への関与についての話し合いが始まった。
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