第15話 千客万来(1)
斉藤義龍様への進言と織田信安との会談を終えた俺たち主従――俺の他に善左衛門と数名の家臣は途中で温泉を見つけた事もあって一泊ほど余計に日数を掛けて菩提山城へ帰ることとなった。
俺の領地に温泉があったとは驚きだ。『あの辺りに別荘でも作るか』などと明るい未来を思い描きながらの帰路だ。
もちろん、温泉を気に入ったのは俺だけではない。善左衛門をはじめ、護衛として付いてきた家臣たちにも好評だった。
善左衛門なんて『隠居後はあの辺りに住みたいものですな』などと甘い事を言っている。
そんな上機嫌で戻った俺たちを待っていたのは来客と手ぐすね引いて待っていた家臣たちだった。
いや、正確には俺を待っていた。
そして帰る早々、着替えをする間どころか白湯のいっぱいを飲む間もなく、俺は十名以上の家臣たちが待つ評定を行う大広間へと連れてこられた。
上座に座った俺は改めて大広間にいる家臣たちを見やる。当たり前の話だが全員見覚えがある。そう全員が面倒な仕事を頼んだ者たちだ。そして待っていた家臣に交じって善左衛門がシレっとした顔で皆に交ざって座っている。
「殿、お帰りなさいませ。お待ちしておりました」
俺が恨めしそうに善左衛門を睨んでいると一番前に座った者が切り出した。他界した親父の弟――重光叔父上。留守中に堺から帰ったようだ。
「留守にしていてすまなかった――」
俺は皆に向かってそう声を掛けると重光叔父上に視線を移して静かに問い掛ける。
「――皆からの報告が多数あると聞いている」
俺のその言葉に重光叔父上が『殿、我々の報告の前にお客様がお待ちです。そちらの対応を先にお願い致します』とうながし、来客の名前を告げる。
「来客は島清興殿、蜂須賀正勝殿、百地丹波殿の三名です。こちらへ到着された順番も今名前を上げた順でございます。島殿は三時間ほど前、蜂須賀殿と百地殿はほぼ同じで一時間ほど前に到着されました」
さすが重光叔父上だ。早速時間に対する意識を変えてくれている。
俺が目下家中に浸透させようとしているものの一つが時間に関する意識改革だ。何を行うにも『いつから始めるのか』『いつまでに終わらせる予定なのか』『どれくらいの時間が必要なのか』を事前に明確にするよう改革中だ。
本来なら金銭や成果物を含めての予実管理をしたいのだが到底無理な話だ。この時代、時間に対してあまりにルーズすぎる。
なので出来る事からコツコツと行うことにした。
「分かった、到着した順番にお会いしよう。その三名はそれぞれ別室にお通しして、お待ち頂くように伝えなさい。会談の際には私が部屋を訪ねる」
重光叔父上と善左衛門に同席するよう命じて会談予定の部屋へと移動した。
◇
◆
◇
若いな。島清興というとどうしても年配のイメージを持ってしまうが目の前にいるのは二十歳の青年だ。
俺の目の前に座っている落ち着いた青年が平伏すると穏やかな声音が聞こえた。
「この度は私のような牢人者に仕官のお話を頂き感謝申し上げます」
俺と重光叔父上、善左衛門の前で平伏している男が島清興。平成日本では一般的に島左近としてしられる男だ。
牢人していたのはラッキーだった。
俺は島清興に顔を上げるようにうながし、彼が顔を上げるのを待って話し掛ける。
「島殿、今は多くを約束はできない。だが、貴殿には近い将来一軍を率いてもらいたいと思っている」
「一軍をですか?」
島清興の顔に警戒の色が浮かんだ。
放浪の身で生活に困窮していると事前に知らされていた。何よりも今の島清興には何の実績もない。それこそ『一軍を率いて欲しい』などという言葉聞くとは思っていないだろう。
「もちろん将来は、だ。当面は私の周りで領地改革の手伝いをしてもらう。それと最近はいろいろと不穏な空気が流れていてね――」
俺は陽気な口調から急に神妙な口調へと変えて話を続ける。
「――口外無用に願いたいが、近々戦があるかもしれない。そこでは一軍とは行かないが部隊を任せるつもりだ。戦働きを期待している」
二十歳の青年武将、やはり戦働きと聞いて目を輝かせている。
俺の『どうだ? 当家に仕えてくれるか?』との問い掛けに眼を輝かせていた青年武将は、それでも自制したのだろうゆっくりと平伏すると穏やかな声音で答える。
「是非、お仕えさせて頂きたく」
よーしっ! 島清興、ゲットーッ! 『茶室』が期待通り月に一回の開催だとしたら、次の開催時には自慢できそうだ。
俺は飛び上がらんばかりに興奮していることをおくびにも出さず何でもないことのように語り掛ける。
「ではこれからよろしく頼む。一族や小者など引き連れてくる者はどれくらいいる? それに合わせて住むところをこちらで用意しよう」
「は?」
どうやら身一つで仕官するつもりだった島清興に『そんな冷遇をするつもりはない』ことを改めて伝える。
「――後で別の者を使わすのでそれまでここで休んでいなさい。使わした者に先ほどのことと併せて必要なものを伝えるように」
俺はそう告げると、半ば放心している島清興を一人置いて次のターゲットである、蜂須賀正勝の待つ部屋へと向かった。
◇
◆
◇
さて、蜂須賀正勝だ。一応、土豪だ。尾張と美濃の間をあっちに付きこっちに付きしている独立勢力。つまり質や素行を別にすればある程度の兵力を有している。
そんな即戦力となる蜂須賀正勝はわざわざ訪ねてきたにも関わらず不機嫌そうな顔を隠そうともしていない。
そう、部屋に入るなり俺の目に飛び込んできたのは不機嫌そうな顔をした
取り敢えず陽気に挨拶をしておくか。
「いやー、お待たせして申し訳ない。まあ、それ以上に私は貴方のことを待ちましたけどね。一ヶ月以上になるかな?」
無言だよ、いきなり険悪なムードだなあ。
まあ、喧嘩する気や断る気ならここまで足を運ぶことはないだろうから、条件の吊り上げってところかな? それと一言文句を言いたかったか。
俺は上座に座ると改めて挨拶をする。
「今日はよく来てくれた。当家へ仕えてくれる決心がついたのかな?」
「竹中殿は二枚舌を使われるのか?」
おっと、いきなり切り込んできたよ。報告通り、結構せっかちな人みたいだ。
「さて、何のことを言われているのか分かりませんが?」
「臣従の勧誘と領民の引抜を同時に行うことを二枚舌と言わずして何と言うのだっ!」
「引き抜き? そんなことをした憶えはありませんよ」
「ご使者には少し待って欲しいとお返事をした。それにも関わらず我が領地の領民を大量に竹中の領地へ連れ帰っているではないかっ!」
おーおー、必死に礼儀を取り繕うとしているのは分かるが、それでもすぐにボロが出るあたりは土豪くずれだよなあ。
「蜂須賀殿、誤解があるようですね――」
俺は
「――織田家の領内にて物乞いに幾ばくかの食料を分け与えたという報告は受けている。だが、領民の引抜などは一切していない。この竹中重治、天地神明に誓って嘘は言わないっ」
最後は心外だとばかりに語気を強めた。その迫力に押されたのか幾分か弱腰な様子で蜂須賀正勝が聞き返す。
「本当ですな?」
「無論だ、誓おう。当家の家臣にと望んでいる者を騙すなど、私に何の得がある。それこそ風聞を悪くするだけだろう、違うか?」
嘘は言っていない。領民に竹中領での生活や税率を多少誇張を踏まえて吹聴しただけだ。
後は生活に困窮していた者たちが勝手に付いてきたり領内に移住したりしているだけである。
「『当家の家臣』だと? 斉藤義龍様からの誘いではないのか?」
蜂須賀正勝の目が大きく見開かれ、驚きの表情で俺のことを見ている。
そりゃあ驚くよな。斉藤道三の下に直接付いたこともある蜂須賀家をその斉藤家の家臣である竹中家の下にと誘う訳だ。
いくらガラが悪いからといっても知らない人から見たら小バカにした話だ。もしかしたら怒るかもしれない、と思っていただけに驚くくらいですんで良かった。
「ふ、ふざ、ふざけるなーっ!」
顔を真っ赤にした蜂須賀正勝の怒声が轟いた。
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