第14話 進言 尾張と近江
計画はとんとん拍子に進んだ。あの日、安藤守就殿の末の姫との結婚を承諾した酒宴の席で俺は思い切って西美濃の尾張と近江に対する戦略を舅殿に語った。
やはりと言うか、安藤守就殿が興味を持ったのは近江の六角家と浅井家との関係だ。
六角家に従属している浅井家が反旗を翻すなどということを信じてくれるか心配したが、俺が国の内外を問わずに人材を集めているのを知っていた事もあってすんなりと話を信じてくれた。
同じ理由から尾張に対する今川家の動きも半信半疑なところはあったが概ね信じてくれたようだ。
そして、三日後には西美濃の主だった国人領主や豪族の前で安藤守就殿に語った、尾張と近江の情勢とそれに対する戦略、国主である義龍様への進言内容を議題として論ずることができた。
そして今日、斉藤義龍様の下へ西美濃の主だった国人領主や豪族の代表者と共に赴いている。
史実通りに義龍様がこの時期に健在であったら西美濃勢はこうもまとまらなかっただろう。人の病気や死を歓迎するようで気が引けるが僥倖だ。
そして、容態の悪さをさらに印象付けるような会話が同行した西美濃勢の間でささやかれている。
「国主様の容態はどうなんだ?」
「十日ほど前にお伺いしたときは急用とのことでお会い出来ませんでした」
「果たして今日も我々とお会い頂けるか」
「私が七日前にお会いしたときは途中で意識を失われました」
「それほどか」
おい本当かよ。そんな状態でも国人領主や豪族と会うなんて立派というか、凄いな。遊び呆けている龍興に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
待たされること小一時間。代表の方々のみお願いします、との言葉に従って俺と美濃三人衆を含めた八名が別室へと案内された。
◇
俺たちが通された部屋は評定等を行う広間ではなく、義龍様の居室だ。二十畳ほどの広さの板張りの部屋で義龍様がいるであろう上座と、俺たちが座る下座との間は衝立で
衝立の向こう側からは喘息のようなぜいぜいとした息遣いが聞こえてくる。
俺は同席した美濃勢から促されると、代表して口を開いた。
「本日はお願いがあり参上致しました」
「許す」
辛そうな息遣いと共に短い言葉が発せられた。
俺は衝立の向こうにいる義龍様へ深々とお辞儀をすると『はい。では失礼して』と話を切り出す。
「お願いは尾張と近江に対する策と備えでございます――――」
そこからは西美濃勢と話し合いをした内容を次々と伝えていく。
はじめは西美濃勢にとって最も関心の高い近江から。
六角と浅井との確執が大きくなっておりそう遠くない将来に浅井側から六角へ仕掛ける可能性が高い。そしてその中核が浅井賢政であること。
国力だけなら六角が圧倒的に上だが当主をはじめ人材が乏しく油断がある。
次いで尾張の情勢に触れる。
今川が戦の準備を進めておりその相手が尾張の織田信長である可能性が高いこと。そして、信長もそれに備えて準備を進めているであろうこと。
それを踏まえた上で、早々に浅井と不可侵なり同盟なりを結んで対六角へ専念させることが得策であること。
「――――さらに今川の尾張侵攻に呼応する形で尾張に仕掛けることが出来れば織田信長は当方に兵力を割けません。上手くすれば信長を弱体化させて例の手紙を事実上無効とできます――」
一旦言葉を切って衝立の向こう側の様子を探ろうと耳をすますが、相変わらず弱弱しく苦しそうな息遣いが聞こえるだけだった。
反応をあきらめて俺はさらに別の可能性を示す。
「――恐らく信長は今川の侵攻をある程度予想しているでしょう。何もしなければ我々の動きを封じるために信長が近江に働きかけて我々をけん制させる可能性もございます。是非とも先手を打たせて頂けませんでしょうか」
俺の話が終わるのを待っていたように衝立の向こう側から弱弱しい声が聞こえてきた。
「竹中重治、お前の話は分かった。龍興とも話し合って判断する。追って結果を報せるのでくれぐれも勝手な行動や無茶はするなよ」
この時代は信長が勢力を拡大して以降とは違う。各国人領主や豪族が割と自由に小競り合いをしていた。
竹中の家にしても一度所領を失ったが、不破一族に勝手に戦を仕掛けて不破を追い出す形で今の領地を手に入れている。それに対しても特にお咎めはなかった。何事もなかったように配下の領主として認められている。
とはいってもあまり勝手なことをされても困るので一応はクギを刺したといったところか。
俺は安藤守就殿に促される形で義龍様へ答える。
「勿論でございます。ご決裁、お待ちしております」
無論、これは嘘だ。それはこの場にいる西美濃の主だった者たちも承知している。
龍興の周りにいる連中の反対を待つつもりはない。水面下で計画を進めておき、反対されたところで西美濃勢に協力を仰いで秘密裏に浅井と手を組む。
仮に美濃が浅井に仕掛けるとする。義龍様の容態を見る限り戦に赴くのは無理だ。そうなれば龍興とその取り巻きが主導となっての戦。
彼らが幾ら戦をする気になったところで、相手が浅井では西美濃勢の足並みがそろわない限りまともな戦になんてなりはしない。
俺は改めて衝立へと視線を向けた。斉藤義龍様は屏風の向こう側でこちらからは見えない。
だが聞こえてくる息遣いと話をする様子から容態が相当に悪化していることが分かる。これは思っていた以上に長くないかもしれない。
◇
その後、部屋を退出すると先ほど待たされていた部屋へと戻った。そして義龍様との会談のあらましを待機していた代表者たちへ伝えた。
皆、一様に渋い顔をしている。
理由は二つ。一つは義龍様の容態が皆の予想以上に悪いということだ。もう一つはこの進言が龍興のあずかりとなってしまったことだった。
誰の顔からも同じような事が読み取れそうだ。『この進言は龍興の取り巻きに潰される』。そんな空気を読んで俺も神妙な顔はしておいたが、内心はしてやったりと心の中でガッツポーズを決めていた。
だが、こんなところで一緒になって意気消沈している場合じゃない。
やらなければならない事は山積している。
次は織田信安との接触だ。
「どうもいけません。私の悪い癖でつい好ましくない想像をしてしまいます。義龍様への進言が聞き入れられたときと退けられたときの両方を考えて準備をしましょう――」
俺は意気消沈している西美濃勢を励ますように極力明るい口調で語りかける。
「――進言を聞き入れて頂いたと仮定して、織田信安殿と少し会話をしておきましょう。進言が退けられたときは尾張だけでなく近江とも一戦あるかもしれません。戦の準備だけは怠らないようにしましょう」
「うん、婿殿の言う通りだ。どうだろう、織田信安殿との会談は氏家殿と稲葉殿。そして婿殿と私、安藤守就に任せてはもらえないだろうか。皆は戻ってすぐではないかもしれないが戦に備えて準備を進めて頂きたい」
進言が聞き入れられるとは思っていない人がほとんどだ。織田信安殿と会うのも時間の無駄と思っただろう、安藤守就殿の案に反対するものはなかった。
登城するときは不安を抱えていたが意気はあった。だが、帰るときは見事なまでに肩を落としている。
これで進言が退けられればこの落差が不満に変わる。後はそれが怒りに変わるきっかけがあればいい。問題はそのきっかけをどうするかだな。まあ、それはさておき、その前に織田信安をどうやってそそのかすかだな。
俺は西美濃三人衆と一緒に織田信安の下へと歩を進めた。
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