第11話 報告(1)

 二月も終り三月に入って一週間が過ぎたのだが、未だに寒い日々が続いていた。

 現代日本にいたころから俺は寒いのが苦手だったが、竹中重治となってもそれは変わらない。こうして部屋の中で厚着をして炬燵こたつの中から出られずにいる。


 そんな俺の目の前では善左衛門が炬燵に入ってぬくぬくとした様子だ。

 いやまあ、善左衛門も炬燵に入りに来たのではなく農地開拓や寺改革、そして人材スカウトその他諸々の経過報告のために来ている。


「この炬燵というものはいいものですね」


 善左衛門も炬燵をすっかり気に入ったようで俺のところへ来ると挨拶もそこそこに炬燵に入り込んでしばらく出ようとしない。


 炬燵といっても平成日本のものとは大きく違う。

 大工の木蔵にテーブルと天板を作らせて、そこに布団を掛けただけのものだ。そして肝心の暖のもとは火鉢。そう、テーブルのしたに火鉢をおいて布団をかけただけのお粗末な物。だが、暖かい。


「そうだろう。だが、間違っても中に潜り込むなよ。息ができなくなって死んでしまうからな」


「それは恐ろしい。ところで、私もこの炬燵を木蔵に作らせたいのですが許可を頂けませんでしょうか」


 こんなものを作らせるのに許可がいるのか? 特許か何かだろうか? まあいい。


「構わないよ。どうせなら十脚ほど作らせて、布団屋に言って専用の炬燵布団こたつぶとんも作らせよう」


「おお、それは良いですな。しかし、十脚は多いのでは?」


「この間の寺の制圧やいろいろと頼んでいる仕事で頑張った人に褒美として渡そうと思う。善左衛門の分はそれとは別に頼んでおくといい。時間が掛かる可能性があるかな」


 褒美として渡した頃には暖かくなって用済みになりそうだ。


「畏まりました。では、炬燵と炬燵布団の手配もしておきます」


「頼むよ、後で絵図を描いて渡す。それで本題は?」


 善左衛門に今日訪ねてきた本来の目的を報告するようにうながす。

 最も気になっているのは人材のスカウト状況だ。信玄も言っているように全ての基本は人だ。次いで桶狭間周辺の流民の確保。一大イベントまで二ヶ月余、さすがに焦りが出てきた。その次は農地開拓。もっともこっちは一日おきに報告が届いているのと、報告を聞く限り順調なので心配はしていない。


「先ず、寺社改革のその後のご報告からさせて頂きます。寺社というか、寺ですな。神社のほうは幸いにして罰するほどの不正を働いていた者はおりませんでした。寺にしても僧侶を騙る野盗紛いの連中が大半でした――」


 領内の寺はあの騒動から三日と立たずに全て改革した。住職にはじまり僧侶や小僧に至るまで、悪事に加担した者は全て罪人となってもらった。

 まあ、蓋を開けてみれば大半は僧侶をかたる悪人だった。知恵が回るというか、寺と僧侶という身分を利用していた。そんな連中なので行き先は強制労働による農地開拓と治水工事。

 

「――領内の寺の改革も時間の経過と共に落ち着きを取り戻しております。むしろ、今までの寺、特に罪に問われた住職や僧侶たちはなんだったのかと批判がそちらの罪人の方へ集まっております」


 善左衛門の報告に、俺の思惑通りに民衆のヘイトが罪人となった住職や僧侶たちに向いている。


「炊き出しは効果てき面だったようだな」


 改革後、後釜に据えた住職や僧侶たちに地域の住民へ向けて炊き出しをさせている。もちろん竹中重治の指示であることが適度に漏れるようにしてだ。

 それと並行して、『何故今までの住職や僧侶は炊き出しをしなかったのでしょうね』などと吹聴して回っていた。


「ええ、領民たちも殿が民のために隠れて炊き出しをさせている、と。その慈悲深さと無欲さ、奥ゆかしさに人気もうなぎ上りです」


「まあ、炊き出しを指示しているのも食料を提供しているのも事実だからそう渋い顔をするな」


 食料は各寺から取り上げたものでほとんどまかなえている。持ち出しは若干あるが許容範囲なのでこの炊き出しは今のペースで続けるのでいいだろう。


「逆に罪人となった住職や僧侶たちへの風当たりが強くなっています。領民たちは彼らが着服横領をしていたと決めて掛かっております」


 人の噂とは怖いものだな。特に悪評は。

 寺とつながって甘い汁を吸っていた勢力が『寺に対して不当な行いをした悪徳領主許すまじ』、と水面下でしきりに動いていたようだがこれで動きも封じることができるだろう。


「着服に横領か、世の中悪いやつがいるものだな。それで、その悪を正した俺の噂はどうなっている?」


「先程の件と相まって急上昇です。今や城下では名領主と持てはやされています」


「それは良かった。この調子ならあと少しで『青びょうたん』は払拭できそうだな」


「まだ何かやるんですか?」


「当然だ。やはり家臣を集めるとなれば領主である俺の評判や噂は重要だからな。今は攻めどきだ」


 半ば呆れて『はあ』などと気のない返事をする善左衛門に先をうながす。


「ではその流れで、農地開拓の報告です。寺改革の際に確保した犯罪者を労働力として活用することと、農地開拓への希望者が殺到しており当初の予定を既に達成しております。現在さらに伸びている最中です。遠からず次の開拓候補地が必要となります」


「治水工事の方はどうなっている?」


 治水工事といっても洪水対策を大々的に行っている訳ではない。そこまでの金銭的労働力的な余裕がない。取り敢えずは揚水機と水車の設置、新たに開墾した農地へ水を引くのが最優先となっている。


「予定通り進んでおりますが、農地開拓の伸びに追いついておりません」


「犯罪労働者を全て治水工事に回そう。それと、農地開拓の次の候補地策定と治水工事の見直しが急務だな。こちらは後で関係者を集めて評定だ」


「農具と揚水機も不足しております」


「そっちは、そ知らぬ顔で鉄蔵と木蔵に依頼書を回しておけ。無理だとか言ったら自分たちで人手を増やすように伝えろ」


 そこまで含めての高給優遇だ。彼らには頑張ってもらおう。


「人材の方はどうなっている?」


「蜂須賀正勝殿へ出した使者が戻ってまいりました。使者は脅されたと言っておりましたが、織田領に根を張っているという事もあり態度保留でした。もしかしたら条件を吊り上げようというのかも知れません」


「領民への呼び掛けはどうだ?」


「使者の報告では態度を保留されてすぐに呼び掛けをしてきたとのこと。実際に使者と一緒に当地へついて来た商人や農民がおります」


 俺は出だしとしては悪くない結果に満足するとそのまま工作を継続するように伝えた。

 そして他の状況をうながす。


「島清興殿、使者と共に当地へ向かっているとのことです。程なく到着するでしょう」


 まるで自分がスカウトに成功したかのようなドヤ顔での報告。まあいい。俺も気分がいいので乗ってやろう。


「おおっ! なびいたかっ! でかしたっ!」


「続いて前田利家殿。織田信長の幼馴染だけあり槍を振り回す前田殿に追い返されたそうです」


 無理だったか。これは奥さんの松殿を通じての攻略も難しいかもしれない。


「分かった。前田利家の勧誘は打ち切って構わない。その人員を他にまわしてくれ」


「前野長康殿はようやく接触ができたとの連絡がありました。詳しいことはもう少し掛かりそうです」


「どれもあまり芳しくないな。結局、島清興だけか?」


 俺の質問ににやりと笑みを浮かべるとまたあの得意げな顔を見せる。


「最後に百地丹波殿、現在使者と共に代表の者がこちらへ向かっているとのこと。直接殿から領地を頂ける旨の言葉を聞きたいそうです」


 こいつ、俺が痺れを切らすのを待っていたな。だが、許そう。いい仕事をするじゃないか。


「慎重だな。書状だけではダメだったか。それで、他はどうだ? もちろん、領内での人材登用も含めてだ」


「本多正信殿には殿からの手紙をお渡ししたそうです。明智光秀殿と山中幸盛殿のお二方には既に接触をしているはずですが未だ連絡がありません」


「まあ、そんなものだろうな」


「領内では家臣たちの縁者を中心に信用のできる者を集めさせております。家臣団としては急速に膨れ上がっておりますが、俸禄と食料がそろそろ心配になってまいりました」


「分かっている」


 農地開拓を進めているが収穫は秋だ。他にもいろいろと栽培を進めているが全て秋。収穫の秋というくらいだから仕方がない。

 だが、金を得る手立てが無い訳ではない。その手立てを口にする。


「売るか、石鹸」


「それは……」


 技術を秘匿したいのは分かる。善左衛門が言葉を濁すので、代案を示そう。


「揚水機や水車を売るよりもいいだろう? それとも火薬にするか?」


 そう、転生ものの例に漏れず、俺も火薬の生産に着手していた。鉄砲の数は然程そろっていないが火薬ならある。


「売りましょう、石鹸」


 こうして売るものが決まった。後は商人を呼び寄せて出来るだけ高く買い取ってもらうだけだ。

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