第10話 寺の仕置

 どうも先程死体を見てしゃがみ込んでから信用がない。


 善左衛門ぜんざえもんが『殿は病み上がりなのでしっかりと護衛をするように』と数名の家臣に言い含めて送り出してくれた。

 俺には一言の相談もなしに、だ。別にいいんだけどさ。


 俺はその護衛の家臣数名に囲まれたまま、住職と僧侶たち、ついでに小僧たちを閉じ込めてあるという寺の一部屋に案内をされた。

 野盗たちを住まわせていた寺にしては掃除もよく行き届いて小奇麗な状態にしてあった。


 華美ではないが欄間らんまや天井、柱には装飾が施されている。

 広さも十分で部屋の奥、中央には仏像が祭られていた。


 本堂じゃネェか、ここ。


 寺の本堂に住職と僧侶たちを縛り上げて転がしてある。

 住職や僧侶たちにしても不甲斐ない事この上ないだろうが、こちらも罰が当たりそうだ。


 俺は一先ず、住職と僧侶たちの心情は忘れて彼らの猿ぐつわを外させるとすぐに本題に入った。


「さて、この度の仕置しおきを行う!」


 強い口調でそう切り出すと住職と僧侶、小僧たちが『ヒッ』と小さな悲鳴を上げて身を強ばらせた。

 どうやら自分たちが悪事を働いていた自覚はあるようだ。


「この寺は武力により野盗に占拠されていた。住職たちが野盗に協力していたがそれも不本意な事であった。という見方が一つ。この場合は情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地があるだろう――」


 そこで一旦言葉を切って住職や僧侶たちを見回す。

 思いもよらない展開だったのだろう、その表情には希望が見える。


 そして俺の後ろではいつの間にかやってきた久作が、『さすが兄上、寛大です』とつぶやきながらうなずいている。


「――もう一つの見方。野盗と手を組んで孤児たちを働かせていたばかりか、座の権利を利用して利益を上げていた」


 俺の言葉に先程まで見せていた希望は失せ、涙と絶望が浮かんでいる。

 そんな彼らを睨みつけたまま、久作に問う。


「久作、この場合はどのような罰が適当か答えてみなさい」


「はい、全員死罪しざいかと思います」


 おいおい、小僧まで死罪かよ。さすが戦国時代だ、人の命が軽すぎる。

 だが、人の命が軽いと思っていない人たちもいた。


 眼前で縛り上げられている住職と僧侶、小僧たちが泣きながら何かを訴えている。


「お、お助けくださいっ」


「脅されていたのです! 逆らえば殺すと言われて我々も止む無く手を貸しておりました。決して望んでやった事ではございません!」


「そ、そうです。脅かされただけです!」


「悪いのは野盗たちです。私たちは何も悪くありません!」


 清々しいくらいに自分たちの事しか考えていない僧侶たちだ。

 いったいどんな経典を学べばこのような僧侶になるのだろう。


 俺は住職以外に黙るように言うと、住職に向けて語り掛けた。


「住職。たずねるが、今回の騒動の原因は何だと思う?」


 突然の話の展開に一瞬キョトンとした表情を浮かべる。

 有無も言わさずに死罪となることが無くなったと思ったのか、安堵の色を見せて答える。



「やはりあのような無法者むほうものがはびこっているのがいけません。早々に討伐すべきかと」


「ほう。つまり、他界した父や私の統治に問題があると言いたいのだな」


 俺の反応に見事なまでに顔を蒼ざめさせる住職。

 そして何やら抗弁しているが、無視して住職の隣にいる若い僧侶に話し掛ける。


 先程、命乞いこそしたが野盗たちのせいにしなかった者のうちの一人だ。


「お前はどうだ、今回の原因は何だと思う?」


「申し訳ございません、欲に目がくらんでしまいました」


 そう言うと縛られたままガタガタと震えボロボロと涙を流している。


「欲に目がくらんだか。では何故なぜ欲に目がくらんだ? 何故このような事が起きた?」


 命が掛かっていると思っているのか、即答をせずに必死に考えている様子だ。

 この絶望的な状況でも必死に生き延びる道を探そうとする、


 お前みたいな人間は嫌いじゃないぜ。

 俺は思案する男から視線を外し、明後日の方向を見ながら久作に話し掛ける。


「俗世を離れた僧侶とて人、たまには贅沢もしたくなるだろう。特に隣の寺が贅沢していればなお更だ。では、何故こんな事が起きるのか、それは寺が自分たちで金を稼ぎ出す事を当たり前のように考えているからだ。だからもっと金が欲しいと思う。もっと金を得る方法を考える。そして行き着いたのが今回のように野盗と組んで悪事を働くことだ」


「素晴らしい! 兄上の言われる通りでございます」


 よし、実に良い反応だ。

 俺と久作のやり取りを皆がキョトンとして聞いている。


 かなり強引だが、この雰囲気なら大丈夫だ。言える!


「座と関、この二つが諸悪の根源である!」


 そう言うと俺はポカンとして聞いていた先程の若い僧侶に視線を向ける。

 すると打てば響くように俺の意を汲んだ回答がその口から流れた。


「ご領主様の慧眼けいがん、お見逸みそれいたしました。まさにその通りで御座います。座と関がなくなれば寺を利用しようとするやからもいなくなるでしょう」


 死罪になるくらいならと既得権をあっさり放棄する。

 それもこちらの考えを汲んでの回答だ。


「よく言った! たった今からお前がこの寺の住職だ」


 俺はそう言うと戸惑っている若い僧侶の縄をほどくようにかたわらに控えていた兵士に指示を出す。

 そして何やら必死に訴えている住職だった男を外へ連れ出すように併せて指示を出した。


 泣き叫ぶ住職だった男を引っ立てた兵士がその喚き声に辟易へきえきとした様子で聞いてきた。


「この男はどうしますか?」


「死罪」


 俺の一言に住職だった男の動きが止まった。心

 臓でも止まったか?


 そう思うと、急に叫び出した。


「お、お慈悲を、な、何卒死罪だけは、お許しを……」


「お前らの教えの通りなら極楽浄土に行けるのだし、願ったり叶ったりだろう?」


 縛り上げられた他の僧侶たちに『なあ、そう思うだろう』と問い掛けると、皆が一斉にうなずいた。

 うん、呑み込みの早い連中だ。


 住職だった男の矛先が俺からかつての弟子たちに向いた。


「裏切り者、こ、この裏切り者がーっ! 恩を忘れおってっ!」


「分かった、分かった。死罪は勘弁してやる。強制労働で開墾作業と治水工事な」


 住職だった男の顔に希望が浮かぶ。


「あ、ありがとう御座います。ありがとう御座います、感謝いたします」


 手のひらを返したように泣きながらお礼を繰り返す住職だった男。

 本人が『おかしい』と気付いて騒ぎ出す前に、さっさと部屋から連れ出すように指示を出した。


 野盗たちにしてもそうだが、死罪にしたところで俺にはたいしたメリットはない。

 それなら罪人として残りの人生を強制労働に費やしてくれる方が助かる。


 まあ、強制労働に費やされる残りの人生がどの程度かは知らないがな。

 俺は新たに住職に任命した男と他の僧侶たちに向けて穏やかな口調で告げる。


「では、お前たちの明るい未来のための話し合いをしようか」


 未来を夢見て浮かれている者もいれば、何を勘違いしているのか悲観して怯えている者もいた。

 人っておもしろいよな、同じ状況で同じ言葉を聞いても、受け取り方一つでこうも変わってくるものなのか。


 ◇

 ◆

 ◇


 縄を解かれると僧侶たちはお互いの無事を喜びつつも、周りを取り囲んでいる兵士たちに怯えた視線を向けている。

 小僧などは抱き合って震えていた。


 そんな彼らの意識を俺に向けさせるように少し大きな声で話し掛ける。


「実はお前たちに頼みたい事がある。今回の件はあまりにもひどいとしても、多かれ少なかれ他の寺でも同様の事が行われているのは知っている――」


 これは嘘だ。そんな話、実は聞いたこともない。

 今日はじめてここの事を知って驚いたくらいだ。


 だが、俺の言葉に僧侶たちの間に緊張が走った。


「――他の寺で行われている悪事を知っている範囲で構わないので教えて欲しい」


 僧侶たちの間で微妙な目配せが交わされている。

 知ってはいるが今後の寺同士の付き合いを考えるとしゃべるのは躊躇ちゅうちょする。


 かといって黙っていては俺の気が変わって死罪を言い出されるかも知れない。

 そんな葛藤かっとうが見え隠れする。


 さて、もう一揺さぶりするか。

 俺はゆっくりと部屋の中を歩く。


 僧侶たちの視線が俺を追っているのを確かめると話を再開する。


「もし、ここと似たような悪事が行われているとすれば、幼い子どもや女などの弱者が犠牲になっているのだろうな。或いはお前らの祖父母のように年老いた者たちかも知れない――」


 彼らの間を縫うようにゆっくりと歩きながら一人ひとりの様子を見る。

 罪の意識があるのだろう。


 犠牲者を嘆くような俺の口調も手伝ってか、視線を逸らす者やうつむく者たちが散見される。

 そんな彼らをそのままに話を続ける。


「――それもこれも、寺社の持つ座や関の利権を利用しようとする僧侶やそこにつけ込んでくる道徳心のない輩がいるからだ」


 一人の僧侶の肩を叩いて『どう思う』と問い掛けると、『その通りです』と即答があった。


 同じように二人三人と問い掛けると、最初に答えた僧侶と同じように今の状況を憂いる言葉が返ってくる。

 他の者たちも聞きもしないのにコクコクとうなずいている。


 よしよし。

 俺はわずかに語調を強めてさらに話をする。


「私はそれを正したい。そのためには協力してくれる者が不可欠だし、私は協力者には十分に報いるつもりだ。信賞必罰という言葉がある。功績のある者に報い、罪のある者を罰する。これを怠ったり見逃したりしてはいけないという意味だ」


 話をする間に僧侶たちの顔つきが変わってきた。

 いや、俺の家臣団の顔つきまで変わってきた。


 さすが戦国時代、ドライだな。

 わざわざ聞くまでもない。


 皆の興味は功績に対して領主である俺がどう報いるかだ。


「今回の寺に対する一連の取調べが済めば多くの寺は住職や僧侶が空席となる――」


 気の早い者、勘の良い者はこの時点で顔を輝かせていた。

 そして俺は僧侶たちに向けて締めくくる。


「――その空席には是非とも私に協力してくれた者たちに務めて欲しいと思っている」


 翌日、彼らからもたらされた情報をもとに、主だった家臣たちと対寺戦略と楽市楽座の構想について話し合いをする事となった。

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