第4話 相談
俺が
昨日辺りから熱も下がって頭痛もなくなり頭もすっきりしている。
身体の方は病み上がりにもかかわらず平成のときよりも調子がいい。
さすがに馬術に槍術と鍛えた戦国の世の十七歳の身体だ。
不摂生を積み重ねた平成日本の三十五歳の身体とは大違いだった。
だが、心身ともに軽いものにしたのは昨夜の『茶室』だ。
あれが熱で浮かされて見た夢かどうかはこの際どうでもいい。
実際に昨夜得た平成日本知識は役に立つはずだ。
今はあれが現実だと信じて行動しよう。
「殿、熱が下がったとはいってもご無理はなさらないように」
俺の目の前に座っていた
その横に座る久作が隣で発せられた大声など気にする様子もなく口を開いた。
あれ?
記憶違いか?
「それよりも、私たち二人を呼ばれたのはどのような御用でしょうか?」
未だ『無理をするな』との言葉に甘えて、病気療養中の俺の部屋に善左衛門と久作にきてもらった。
目的は今の竹中家の美濃における立ち居地の確認と今後のあり方についての相談だ。
「今日は二人に相談があってね。今後の竹中家の事だ――」
そう切り出した俺の言葉に二人の表情に緊張が
「――もちろん、主だった者には後ほど集まってもらうし、話もする。その前に二人の意見を聞いておこうと思う」
年の初めに父の
家中は未だに落ち着いていない。
それどころか、弟の久作が当主となった方が良かったとの声がチラホラと聞こえてくる。
それはまあ、仕方がない。
史実通り『青びょうたん』と噂されている。それを半兵衛本人が故意に流していたのだ。
本来の半兵衛としては狙い通りなのだろう。迷惑な話だ。
俺の生存戦略としてはこの竹中の家を大きくして、どこかの有力大名に良い条件で拾ってもらう。
安定した生活基盤を手に入れたら、後は医者を囲い薬学を発達させて医療を整える。
そして肉体的にも精神的にものんびりとすごして長生きする。
そのためにはこのまま『青びょうたん』の噂が拡散するのは避けたい。
焦って火消しのように噂の
ここは焦らず噂の上書きを緩々としていく事にしよう。
「二人とも私がたくさんの書物を読んでいるのは知っているね?」
二人から当然のように『知っている』と即答で返ってきた。
これは事前に女中のハツに確認済みだ。
二人のみならず家中の者や斉藤家の家臣の相当数が知っていることだ。
俺はさらに続けて問い掛ける。
これは知らないだろう?
そうとでも言いたげに見えるように口元をわずかに綻ばす。
「では、領内を散策しているのはどうだ?」
「それも存じております」
「もちろん知っています」
善左衛門と久作から予想通りの答えが返ってきた。
二人とも得意げな顔をしている。
これもハツから事前に確認をしていることだ。
半兵衛はときどき姿がみえないと思うと、領地内を馬や徒歩で見て回っていたそうだ。
そしてこの二人はそれを知っている。
特に善左衛門などは領主となった今、フラフラと一人で出歩くのを快く思っていない節があるそうだ。
「開墾して農地を拡大する。領内には荒地もあれば野山もある。まだまだ農地は増やせる。もちろん二人にも候補となる土地を一緒に見てもらってから皆には伝えるつもりだ」
実際に俺の目で見た訳ではないが知識として知っている。
この時代なら開墾の余地は十分にある。
俺の話に善左衛門が渋い顔で言う。
もちろん久作も隣で困った顔をしている。
「簡単に開墾と言われますが人手をすぐには用意できません」
俺の考えた生存戦略の第一歩は竹中の家を大きくすることだ。
人口を増やして石高を上げる。人が人を呼び、金が金を呼ぶ。
金さえあれば『青びょうたん』の下でも仕官してくる者が出てくる可能性がある。
何よりも資金が集まれば治水や街道整備などにも着手出来る。
そうなれば『青びょうたん』の噂も払拭出来るだろう。
「別に農民をかり出そうとは思っていない。織田や浅井で田畑を手に入れられない者や国境や川原、山中で暮らす貧しい者たちに開墾させる。もちろん開墾した土地はそのまま貸し与える。新たに村を一つ二つ作るくらいの規模で考えている」
家を大きくするには俺一人が頑張ってもダメだ。
むしろ俺なんかが頑張ったところで何が出来る?
ということで、手始めに貧しい者や未来のない者たち、いわゆる社会的な弱者に頑張ってもらう事にする。
「殿、さすがにそれは――――」
善左衛門から即座に反論が飛び出した。
敵国の者を領内に引き入れるなどもっての外。
川原や山中で暮らす者は野盗の可能性も高く本来であれば討伐すべき相手であると。
それはもう
まあ、予想はしていたけどね。
「開墾による農地拡大は絶対に必要だ。これは譲れない。だが、善左衛門の意見はもっともだ。さすがだと感じ入った。事前に相談して良かったよ。そこで修正案だ――」
竹中家中でも有数の武辺者である善左衛門をひとしきり褒める。
もちろん開墾が決定事項である事は譲らない。
俺は善左衛門の顔が十分に緩んだのを確認すると本来のファーストステップを二人に説明し出した。
「――人手は美濃の国、竹中の領内は当然として、それ以外の農民や商人などの次男、三男から
「まあ、それなら」
「さすが兄上、ご立派です」
善左衛門が顔を綻ばせながらもしぶしぶといった口調で同意をした。
久作に至っては盲信している感じだ。
俺は善左衛門の機嫌のいいうちに次の案を提示する事にした。
人材の確保だ。
ターゲットは『青びょうたん』の噂を気にしない懐の深い者、或いはそれを知らない者だ。
それと
「次に人材だ。今の竹中の家程度の規模であれば十分だが――」
人材不足、などと切り出したら善左衛門辺りが食って掛かりそうだったので先に牽制をしておく。
「――当家はこれから大きくなっていく。当然、善左衛門、お前の所領も増やしてもらわないとならないし指揮する兵士も増えるだろう。そのための人材が必要だ」
とはいっても、良い家臣を手に入れるには『青びょうたん』のままじゃまずい。
へたれのトップでは、下にいい人材が集まるわけがない。
緩々とではるが『青びょうたん』の噂を払拭する事に着手する。
それと並行して、噂の届いていない地域にいる優秀な人物を探し出して配下にする。
この辺りは歴史の知識が役に立ってくれた。
昨夜の『茶室』での会話で既にある程度のめぼしは付けてある。
「確かに殿の言われる通りです。何をさておいても人材は大切ですな」
「さすが兄上、ご立派です」
善左衛門はすっかりその気になっている。いいことだ。
久作は……ちょっと心配だな。
自分の将来に夢を馳せている善左衛門と
「そこでだ! 善は急げと言う。早速、何人かに声をかけてみたい。遠方の者もいるので使者として誰が適当かの意見ももらえないだろうか――――」
俺は次々と有名どころの名前を上げていく。
尾張の土豪崩れというか野盗まがいの集団の頭領だ。この時代、既に
上手くいけば藤吉郎の、ひいては織田信長の弱体化が図れる。
貧乏時代の藤吉郎に味方したくらいだ、俸禄をつめば可能性もあるだろう。
確か
嫁さんから口説き落としてこちらに引き入れるようにしよう。
桶狭間の戦の前哨戦で脚に傷を負うはずだ。武将が脚に傷を負うのは大きなハンデになる。人生悲観して弱気になる事だろう。
その隙に付け込むようで心苦しいが、槍働き不要、欲しいのは智謀だと言えばなびく可能性もある。
忍者だ。武士として召抱える事と俸禄次第でなんとかなるだろう。不安は貧しくとも土豪。加えて遠方となるこの美濃へ集団移動してくれるかだな。
これも尾張の武士。蜂須賀正勝と同じように藤吉郎と接触済みの可能性がある。むしろ蜂須賀正勝よりも高い。侍大将あたりで手を打ってくれれば儲けものか。
今は大和あたりを放浪しているはずだが……もしかしたらどこかに仕官している可能性もある。三成の時代と違って無名なので下手に高い俸禄を出すわけにも行かない。
将来、一軍を指揮出来る人材と見込んでとか
既に戦場で名を上げているはずだ。次男なので家を興させてやるという約束で口説けないものか。無理そうだがやってみよう。
そして最後に
「何としてでも手に入れたい――」
そう前置きをして光秀勧誘の指示を出す。
「――明智の生き残りである光秀。今は朝倉に身を寄せていると聞く。妻子を抱えて肩身の狭い思いをしている事だろう。家老として呼び寄せたい。領地も私の直轄地の三分の一を約束する」
善左衛門が慌てて
「お待ちください。明智の生き残りとなれば斉藤家も黙ってはいないでしょう。それに領地をいきなり三分の一も渡すなど正気の沙汰ではありません」
明智の姓に問題あれば当面別の名前を名乗らせればいい。善左衛門にそう言うと俺はそのまま彼の説得に入る。
「もとをたどれば
明智光秀は大盤振る舞いしてでも欲しい人材だ。
さらに『竹中重治は気前が良い』と噂が広がれば、幾らかでも今後の人材確保の助けになるはずだ。
本来の半兵衛ならともかく俺は平成日本の知識を持った一般人でしかない。
平時では俺の代わりに内政の指揮をし、戦時では俺の代わりに軍を指揮して戦場で戦う人材の確保が急務なのだ。
その手始めが明智光秀だ。
何しろ桶狭間の戦いまで三ヶ月しかないからな。
「殿がそこまでお考えであればこれ以上は何も言いません」
善左衛門がしぶしぶとではあるが引き下がった。久作は何も言わずにニコニコしている。
「さて、続きだ。使者に適任な人材はいないだろうか? 二人の意見を聞きたい」
この寒い中、遠くまでスカウトになんて行っていられない。
何しろ目先でやらなければならない事が山積している。
それに桶狭間の戦いをどう利用するかを本格的に考えないとならないからな。
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