第3話 1560年2月『茶室』(2)

今川氏真いまがわうじざね小早川繁平こばやかわしげひらの二人がチャットに参加しておよそ十五分、これまでの話の説明を終えてようやく本題に入った。


 今川氏真:何となく分かったよ、サンキュー。俺の場合、堅実に駿河と遠江を守っていれば楽隠居できそうな気もしないでもないな。でもまあ、邪魔者は叩き潰そう。『家康と信長丸裸作戦』に喜んで参加するぜ。


 小早川繁平:これ、夢じゃないんですよね? 現実なんですよね? まだ熱で意識が朦朧もうろうとした状態で見た夢とかならいいんだけどな。


(何とも対照的な二人だ。まあ、立場も対照的だけど。片や今川の御曹司。片や若くして強制隠居状態、というよりも半ば罪人扱いだもんなあ)


 小早川繁平:ところで、私が誰だか分かる人いたら教えてください。お願いします。


(自分が誰で、どんな状況にあるのか知ったらパニックを起こしそうだなあ、この人。というかノートパソコン見るまで自分の名前を知らなかったってどうなんだろう? いくら寝込んでいたからって三日間何もしなかったのかな? そっちの方が気になる)


 最上義光もがみよしあき:先程、竹中さんが何か言っていましたよね?


 一条兼定いちじょうかねさだ:そうそう、何だか不吉な事を言っていた。


 小早川繁平:え! 不吉?


(一条さん、やめてくれ)

 俺は内心で、どうオブラートに包んで説明をしようか思案しながらキーボードを叩く。


 竹中重治たけなかしげはる:若くして小早川家の当主になったのですが、毛利元就もうりもとなりの策略で当主の座を追われて、妹さんと結婚した小早川隆景こばやかわたかかげが当主になっているはずです。違いますか?


 小早川繁平:その辺もよく分からないんですよ。何だか寂しいところに一人で寝かされていて、部下みたいな人もいないみたい。下男とか下女っていうの? 下働きの人が何人かいるくらいです。


(第一線から外れただけじゃなく部下もいないのか……一人二人くらいは旧家臣がいるかと思っていたけど。予想以上に未来が無いな、この人)


 一条兼定:何だか、俺よりも辛い立場だね


 最上義光:いや、一条さんは近くに長宗我部がいるとはいえ、一国の当主でしょ? しかも海を隔てたとなりには伊東さんがいる。恵まれていると思いますよ。


 安東茂季あんどうしげすえ:だよねー、やっぱり当主じゃないと何にもできないよ。兄貴、死なねぇかなぁ。


(怖えーよ。安東さん、あんた兄の安東愛季あんどうちかすえの事を暗殺する気満々でしょ)


 北条氏規ほうじょううじのり:そこに行くと私みたいに五男というか、実兄が氏政(うじまさ)、氏照うじてる氏邦うじくにの三人なので家督相続は四番目。もう相続問題関係なさそうで気楽ですよ。

 領地も貰えているので、それなりに部下を召抱えられますしね。


 竹中重治:北条さん、伊豆で金が取れるはずだから探してみるといいですよ。家中での発言力も高まるでしょうし、自由になるお金も増えるかもしれません。


 北条氏規:おお、それはいい事を。ありがとうございます。


 伊東義益いとうよします:国主は一条さんと私の二人ですね。今川さんがもうじき国主。当主が竹中さんだけと。北条さんはまあ、安泰。最上さんは跡継ぎ。


 最上義光:当主の最上義守もがみよしもりが体調崩しているから、現時点で当主代行だよ。

 小早川繁平:ちょっと、ちょっと。知恵を貸してくださいよ。今の状況を抜け出さないことには殺されてしまいそうな感じじゃないですか。


 竹中重治:史実通りなら出家させられて戦国の世からは隔絶して生きられるはずですよ。


(三十代前半で死ぬはずだけど)


 小早川繁平:それも寂しいですよ。若くして余生をのんびりと過ごすのはいいとしても、せめて結婚くらいしたい。


(結婚するのが当たり前のように……しかもその状況で余生をのんびりとか、見通し、甘すぎるだろ)

 この瞬間、そんな風に思ったのは俺だけじゃないはずだ。


 北条氏規:小早川さんの場合は現状把握に努めるのが先決だと思いますよ。


 伊東義益:そうですね。信用出来る部下がいるかどうかとか、お金はどの程度自由になるのかとか。後、最悪は自分で動くとしても、自由に出歩けるのかも分からないと対策の打ちようがありませんね。


 一条兼定:俺は比較的近くだからさ、小早川さんがその辺りを頑張ったら助けに行けるよ。


 最上義光:俺は遠いから知恵しか貸せないけど、今の状況じゃ知恵の出しようもないよ。


(うわっ! ひどいな。俺も他人の事を言えないけど、みんな何の躊躇ためらいも無く突き放しに掛かっているよ)


 安東茂季:お互い命を狙われているもの同士、協力したいよね。次回のこの『茶室』までに自分の状況を掴んでおきなよ。


(次回もあるのか? この『茶室』。無いのを前提に知恵を出し合っていたはずなのだが……)


 竹中重治:小早川さん向けの対策は難しいですが、全員が共通の対策として現代知識を出し合ってお金を儲けたり、上の者に自分が有用な人間であると知らしめたりする事で暗殺を回避できますよ、きっと。


 今川氏真:そうだな。やっぱり先立つものが大切だよ。お金さえあれば人を雇えるし、裏切らせる事も出来るんじゃないの。


 小早川繁平:そうですね、皆さんの言うように現代知識を利用するのが良さそうですね。分かりました。先ずは自分と自分の周りの調査、それからお金を貯めて人を雇う事にします。


 一条兼定:よし、そうと決まればお金儲けに直結しそうな知識を出し合おうか。


 一条さんのその一言で小早川さん問題が打ち切られ、平成日本での知識で利用できそうなものが次々の挙げられる事となった。

 やはりというか、予想通りに真先に挙がったのが火薬だ。


 一条兼定:戦国時代の新兵器といえば火縄銃。火薬の製造は欠かせないよな。


 小早川繁平:火薬に必要な材料の一つが国内じゃなかなか作れないんじゃありませんでしたか?


 そしてぶち当たる硝石しょうせき問題。


 竹中重治:硝石ですね。家畜の排泄物とかから少量採れますよ。


 安東茂季:家畜の排泄物集めるとか言い出したら家臣団から馬鹿にされそうだな。


 竹中重治:家畜の排泄物からだけじゃなく、植物からも必要な材料は採れます。


 ということで、家畜の排泄物から硝酸カリウム抽出する事と、硝酸植物を利用する実験を各々が行う事とした。

 続いて当面、最も必要な農耕関係だ。

開墾道具としてツルハシとスコップ。田畑関連で田畑の改良から始まって、田鯉農法、ノーフォーク農法、米の二期作と、有効かどうかはさておき、うろ覚えの知識が幾つも出てきた。

 さらに、足踏み式揚水機ようすいき、ポンプ式の井戸、石鹸、塩田、絹の製造で飛び、とさすがに八人もいると実用的なものからそうでないものまで次々と出てくる。


 伊東義益:すぐに着手出来るのはツルハシとスコップかな。それと足踏み式揚水機とポンプ。


 最上義光:石鹸もいけるんじゃないかな。


 北条氏規:私は伊豆に領地を移してもらって金鉱と塩田をやってみます。


 竹中重治:堺や伊東さんの領地で外国から農作物の輸入はできませんか? ジャガイモとかサツマイモとかの単位面積当たりの収穫量が多い作物が欲しいですね。


 伊東義益:外国貿易やっているのか調べてみます。やっていないようなら国策として進めてみます。


 竹中重治:では、堺は私の方で人をやって役に立ちそうな作物を探してみますね。


 小早川繁平:椎茸しいたけってこの時代は栽培していないので高価ですよね? 椎茸栽培とかしませんか? 他にも国内で役に立ちそうな作物あるかもしれませんよ。


 最上義光:そうですね、椎茸は高価なので栽培に成功すれば利益が大きいな。それと私のところは塩田かな。


(海のあるところが羨ましい。この時代、塩は戦略物資だし高額商品かなあ)


 竹中重治:伊東さん、もし貿易が出来るなら木綿というか綿も探してみてください。


(この時代、綿は輸入に頼っているはずだ。栽培できれば領民の生活が一変する。後は何とか絹を生産して貿易の輸出品目にしたい。今のままじゃ輸出するものがない)


 伊東義益:綿ですね。分かりました。そうすると、ニトロセルロースも作れるようになりますね。


(うわ、しれっと怖い事を言うよ、この人。ニトロセルロースなんて製造出来たら火縄銃以上に危険だ。だが、俺たちならこの時代の誰よりも有効活用も出来るはずだ)

 

 一条兼定:食器とかは? ごつごつしていて使いにくいんだけどこの時代のものって。


 北条氏規:磁器ですね。試す価値はありますね。


 俺たちはどれくらいの時間チャットをしていたのだろう。のほほんとした雰囲気の中、脱線しての雑談を多分に交えながらも幾つもの役立つ知識を共有する事が出来た。

 一通りの確認が終わったところで俺は今川さんに桶狭間の戦に関する再確認をしておくことにした。


 竹中重治。:今川さん、桶狭間の戦の件ですけど今川いまがわ義元よしもとを見殺しにするのでいいんですね?


 今川氏真:ええ、それで構いませんよ。桶狭間で死んでくれれば俺が当主になれるからその方が助かるよ。


 竹中重治:では、くれぐれも家康を独立させたりしないようにお願いしますね。


 伊東義益:ここで信長と家康に大きくなられると皆が迷惑しますから、本当に頼みますよ。


 最上義光:万が一の対策を講じておいた方がいいんじゃないかな?


 今川氏真:えー、俺ってそんなに信用無いの?


(いや、今日はじめてチャットで会話したばかりの人間相手に信用なんてある訳ないだろう。ましてや、今後の戦略に関わる大きな出来事なんだ。慎重にもなるさ)


 北条氏規:そもそも、今川義元を討ったってだけで信長が勢いづくんじゃないのかな?


 今川氏真:そんなことよりも、俺が留守にしている間に攻め込まないように頼むよ。北条さん。


 北条氏規:はい、それは何とかします。


 伊東義益:それはありそうですね。勢いっていうのは怖いですからね。


 最上義光:竹中さん、桶狭間に出てくるのは難しい? もし出てこられるなら今川義元を竹中さんのところで拉致らちできないかな?


(実は俺もそれをチラリと考えていた)


 竹中重治:桶狭間に出向くのはかなりリスキーですね。でも、今後の事を考えればやる価値はあると思います。今川義元を拉致したあと、どうしたらいいでしょうね?


(理想は俺のとこで軟禁状態にして生活費と称して多額のお金を今川さんから貰う。次点の案として、武田たけだ晴信はるのぶなり信長なりに売る)


 伊東義益:拉致しても扱いに困りますよね。武田信玄に売ったらどうですか?


 最上義光:武田は欲しがるかな?


 安東茂季:あっちこっちに書状を出して高値を付けた大名に売ったらどうかな?


(酷いな、皆楽しんでないか? それにそんなオークションにかけるような事をしたら俺の評判が悪くなるだけの気がする)


 竹中重治:そうですね、どこか必要としている大名に渡すのはありですね。或いは強制的に隠居させて今川義元の生活費を今川さんから頂くのでもいいですよ。


 一条兼定:今川さんが生活費を見るのが一番良さそうじゃない?


 北条氏規:今川義元が生きて私たちの手中にあるのはいいかもしれませんね。不要になったら始末すればいい訳ですし。


 今川氏真:まあ、仕方がないか。じゃあ、竹中さんよろしくね。


 竹中重治:了解です。では、今川義元の身柄確保のために桶狭間の戦にこっそりと参加出来るかやってみます。


(今川義元か。今ひとつ使い道に悩むカードだな。そうだ、ついでに本多正信ほんだまさのぶをスカウトしよう)



 気が付くと朝になっていた。


 寝起きだからかまだ熱があるのかは分からないが、気を取り直して布団から起き上がって周囲を見回す。

 そこは平成日本の俺の部屋ではなく、この三日間を病の床で過ごした戦国時代の屋敷だ。


 どうやら、竹中重治になったのは熱で浮かされて見た幻や夢ではないらしい。

 では、あのチャットルームは夢だったのだろうか?


 夢にしてはあまりにも鮮明だ。

 いや、問題はそこじゃない。


 チャットルームで得た知識は確実に役に立つ。

 それにチャットで会話した武将たちと今後も協力体制を取れるなら生き残れる可能性だって高くなる。


 自分の中で何かが変わっていた。

 昨日までとは明らかに違う。


 今の俺は冷静だろうか……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る