第2話 1560年2月『茶室』(1)
夢……だよな。
気が付くと俺の眼前には、マウスが接続されたノートパソコンが一台乗った、OAデスクとOAチェアが置かれている。
周囲を見回せば天井や壁はおろか床さえも無い、何もない真っ白な空間だ。
あるのは目の前に置かれたノートパソコンとマウス、OAデスクとOAチェア。
ボウっと眺めていても仕方がないのでOAチェアに座ってパソコンの画面を覗き込んでみると、『ようこそ、
その下には『茶室』と書かれたボタンが表示されている。
やはり夢だよな。
戦国時代にノートパソコンやOAデスクなんてあるはずもない。
この三日間の出来事が夢だとしてもこんな真っ白な、何もない空間にノートパソコンとOAデスク。
あまりにもシュールすぎる。
それに表示されているのが『ようこそ、竹中重治さん』だ。
夢以外に説明がつかない。
「取り敢えずクリックしてみるか」
つい漏れてしまった独り言に気恥ずかしさを覚えながらも、マウスを操作して『茶室』と書かれたボタンをクリックしてみる。
クリックと同時にノートパソコンの画面が変わった。
『竹中重治さんが入室しました』の文字が表示される。そしてその下に『現在六名の方が入室中です』と表示され、俺を含めて六名の戦国武将の名前が表示されていた。
最上義光:おっ! 今度は有名武将じゃないかっ! 何と竹中半兵衛重治さん。
安東茂季:え? あの有名な竹中半兵衛? すげー、羨ましい
北条氏規:挨拶が先でしょう。また一条さんのときと同じになってしまいますよ。
最上義光:そうだった、すまん。はじめまして、どうやら最上義光に転生しちゃったみたいです。
北条氏規:はじめまして、竹中さん。同じく北条氏規に転生というか、憑依でしょうか? しちゃいました。竹中半兵衛なんて羨ましいなー。
一条兼定:はじめまして。一条兼定です。挨拶しておいて何だけど、一条兼定って、誰かよく分かってないんだけどね。誰だか分からない武将に転生して不幸を満喫中です。
(いや、一条兼定くらい知っていろよ。この中で真っ先に死にそうだな、この人_)
安東茂季:はじめまして、安東茂季です。どうやら安東愛季《あんどうちかすえ)の弟です。どうせなら兄の安東愛李に転生したかったよ。もうね、すげー陰険な兄なの。死んでくれねーかなー
伊東義益:はじめましての伊東義益です。
(嘘だろう? それが正直な感想だ。夢? いやいやいや。そんな生易しいものじゃない)
俺は一言も発する事が出来ずにそこで会話される内容を目で追うのが精一杯だった。
北条氏規:あれ? 反応無ありませんね。やっぱり混乱していますか?
一条兼定:お願いだからログオフしたり電源をOFFにしたりしないでね。出来るかどうか知らないけどさ。
最上義光:取り敢えず何か書き込んでみなよ、竹中さん。OK?
伊東義益:そうですね。先ずはやってみる。これが大事ですよ。
北条氏規:慣れているように見えるかもしれませんが、私たちも今日が初めてですから、この『茶室』。
(初めてだって? 嘘だろう? 熟練者の香りが漂ってくるぞ)
伊東義益:私たちは協力して戦国の世を生き残ろうって方向で話が進んでいたんだけど、どう?
竹中さんは天下を目指す派? それとも生き残って天寿をまっとうする派?
最上義光:そうなんだよ。平成日本の知識とここでの情報交換。これだけの条件が揃えば不利を跳ね返して生き残れるんじゃないかと思っているんだ。
北条氏規:誰か適当な、無茶しそうにない人に天下を取ってもらう。そして私たちは楽隠居を決め込む。理想ですね。
安東茂季:反応ないね。大丈夫ー? 竹中さん。
(そうだ、このまま茫然と見ていても
俺は恐る恐る入力を開始した。
竹中重治:はじめまして、竹中重治です。まだ戦国に転生して三日目です。というかこの三日間、風邪みたいので寝込んでいました。
最上義光:おお、反応してくれた。改めてよろしくー。大丈夫、私たちも三日目だから。そして全員三日間寝込んでいました。同じ日に転生して、同じように寝込んでいたみたいだね。
一条兼定:よろしく。竹中さんは戦国の知識とか平成の知識とかは豊富?
北条氏規:よろしくお願いします。その前に、天下を目指す派ですか? 生き残り派ですか? 天下を目指すなら私たちでサポートしますよ。
安東茂季:よろしく。俺は天下を目指さないけど、陰険な兄の愛季を亡き者にしたいから協力頼む。このままだと俺が殺されそうだよ。本当に戦国って
(いや、安東茂季は暗殺されないだろ、
伊東義益:よろしくお願いします。私も生き残り目指しているのですが、すぐそばに島津がいます。もうね、泣きたい。
竹中重治:皆さん、よろしくお願いします。私も生き残るのが最優先課題です。とはいえ、こちらもすぐ隣に織田信長がいますから、どうやって生き残るか思案中です。よい知恵があったら貸してください。
一条兼定:そうかっ! 信長が
北条氏規:竹中さんのところはこれから荒れますね。今年の五月ですよね、桶狭間の戦。
竹中重治:そうです。五月です。今が二月中旬だから、後三ヶ月ちょっとですね。このまま桶狭間で信長が勝つと次は美濃が狙われますから、何とか干渉したいところです。
安東茂季:いっそ、信長の配下になって生き延びたら?
最上義光:それは苦労しそー。俺なら嫌だなー、信長の配下。
一条兼定:ところで、俺って誰なの?
最上義光:それそれ、さっきの続きだけどさ。四国の武将で名門ちゃ名門だけど、
一条兼定:ちょっと、俺死にたくねーよ。助けて。
北条氏規:一条さん十八歳ですよね?
一条兼定:継いでいるよ。俺、当主だよ、当主。
北条氏規:まだ時間に余裕があるので地道に内政やって、お金儲けたら鉄砲の大人買いが一番堅実ではないでしょうか。石高上げるための知識とか、お金になる農作物とかを皆で知恵を出し合って試してみましょうよ。
竹中重治:ここで知恵や知識を出すのは賛成です。一条さんの妹さんが伊東さんに嫁ぐはずなので近い将来義兄弟になります。知識の出し合いとは別で協力したらどうですか?
地理的にも近いし義兄弟になるのだから二人は一歩進んで、万が一のときの援軍の体制とかを整えたらどうだろう?
伊東義益:え? 義兄弟になるの? てか、嫁さんをさっさとください。お兄さん。一条さん。
安藤茂季:凄いじゃないの、竹中さん。マジで軍師だ。
最上義光:マイナー武将の婚姻関係とかよく知っていますね。これからも頼りにさせてもらいます。
一条兼定:頼もしいぞ、弟よ! っていうか、妹ってあの娘? うわー、何だかもの凄く勿体ねー。
伊東義益:おお! 期待出来る? 期待しちゃってもいい? 援軍出すかどうかは妹さん次第ね。
(何だ? 伊東さん、さっきと人格変わっていないか? こっちが素なのかな)
竹中重治:いや、それよりも目先に迫っている桶狭間の戦いだけど、どうしたらいいと思いますか? 意見を頂ければ助かります。
安東茂季:静観でいいんじゃないの? 竹中さん、西美濃というか、関ヶ原でしょう? 桶狭間遠いじゃん。
(まあ、確かに遠いよな。余計な事をせずに国力増強と、何れくる稲葉山城奪取に向けて国力を養うか? 一番現実的だよなあ)
最上義光:竹中さんが今川の首を取ったら? 歴史に名前が残るよ!
一条兼定:よく分かんないけどさ、信長が大きくなるのが嫌なんだから、信長の嫌がらせをして今川が助かるようにしたら? 奇襲の情報をリークして生き延びさせるとか?
(それって、信長の恨みは間違いなく買うよなあ。いや、ばれなければ大丈夫か)
伊東義益:竹中さんには
(今さらだけど、このチャットルームとこのシステム、俺以外の武将にも転生者がいるってことを普通に受け入れちゃっているな。何というかこのチャットルームの、のほほんとした会話と慰め合いが居心地良すぎてダメ人間になりそうだ)
最上義光:竹中さん、悪い。後で桶狭間対策を再開するから。話は変わるけど、このチャットルームって今回が初めてでしょ? またこんな風に話が出来るのかな?
一条兼定:どうだろうね。毎晩こんな感じで情報交換できればいいんだけど……
伊東義益:何となく今後もありそうな気がするけど、今回が最後でもいいように協力をし合う約束と知識の共有をしましょうよ。できれば火薬の作り方と石高増、お金になる農作物の情報なんてあると助かるな。
竹中重治:賛成です。出来るだけ今日決めちゃいましょう。
そのとき、突然新たな武将が入室してきた。それはよく見知った戦国武将の名前だ。
北条氏規:お隣さんの今川さんか。これは一条さんと伊東さんみたいに協力し合える隣人ができそう、かな?
最上義光:竹中さん、今川さんと協力すれば桶狭間の戦いを利用出来る形で乗り切れるんじゃない?
竹中重治:そうですね。何だか光明が見えてきました。理想は信長と家康を大きくさせずに彼らの配下をごっそり頂く、でしょうね。
北条氏規:それ、いいですね。私も出来るだけ協力するので配下のスカウトに参加させてください。
一条兼定:近くの人が羨ましい。俺も信長とか家康の配下になるはずの人材スカウトに行こうかな。
伊東義益:信長と家康にこだわらなくても、在野の優秀な人材を平成日本の知識を活かして獲得に行けばいいんですよ。
竹中重治:皆で協力して家康と信長の配下をスカウトしませんか? 彼らを弱体化できれば私も嬉しいですし、竹中の家だけでめぼしい人材をスカウトしきれませんからね。家康と信長に関わらず、人材のスカウトについては恨みっこなしの協定を結びませんか?
(家康と信長を弱体化出来るなら、多少の人材流出は目をつぶろう。いや、ここで欲をかいて早死にするくらいなら、少しでも彼らに利益を提供して今後につなげたい)
最上義光:賛成! 気前がいいね、竹中さん。
一条兼定:竹中さん太っ腹だね、賛成だよ。
北条氏規:賛成です。皆で協力して家康と信長を虐めてやりましょう。
伊東義益:私も賛成です。皆で一緒に家康と信長を涙目にしてやりましょう。
安東茂季:それ、面白そうだね。俄然やる気になってきたよ。家康と信長の陣営をカスだけにしちゃおうか。
(良かった、皆やる気になってくれた。まあ、自分たちに危険も無く人材が確保出来るんだからやる気にもなるか)
まだ挨拶のない今川氏真に続いて、また新たな武将が入室してきた。
(うわー、またなんとも気の毒な人がきたな)
一条兼定:八人目だ。誰? この人? 知らないんだけど。
伊東義益:小早川、とあるので
竹中重治:
今川氏真:はじめまして、今川氏真です。
小早川繁平:はじめまして、小早川繁平です。
(さて、今川さんとは上手くやらないとな)
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