London Bridge Is Broken Down

「やっぱりたまちゃんの仕業だったか……」

「撃つぞ」

 陸軍情報部特務課三班所属・冷泉珠稀れいぜいたまき。慧と僕の行動における責任者であり、事前審査の承認権限を持つ人物。呪術師達を退けた直後、彼女の率いる部隊は地下室へ雪崩れ込んできて、春原花純と坂島隆介を手早く保護した。

「その呼び方はやめろと何度も言っているだろう」

「はは。しかしなんで猫探しなんだろうと思ったけど……呪術師ウルラの罠だってわかっててぶつけたね?」

 唯一腑に落ちなかったこと。それは、呪術師ウルラの計画した罠が、何故そんなに上手く慧と僕にまでたどり着いたのかという点。普通ならば動物虐待は普通に所轄に通されて終わりだ。呪術師ウルラ自身も保険程度の認識だったようだし、本当にかかるとは思っていなかったのだろう。それをしっかり選別し、僕らを差し向けた。

「お前達の勝手な目的に大義名分をつけてやっているんだ。文句を言われる筋合いはないな」

「まあそれは……ごもっとも」

 慧の情動は死んでいる。けれど、人間の情動のパターンを学べば、生きているかのように見せかけることはできる。できる限り多様な状況で、多様なパターンを学ぶことができれば、あたかも感情のある人間であるかのように振る舞うこともいつか可能になるだろう。

 それを待たずして慧を自由にしてしまうことを、軍は危険視している。慧の粒子操作の力は桁外れな上、悪意マリスによる攻撃は通じない。秘密裏にノドゥス粒子技術をベースとした社会を作ろうとしている権力者達にとって、慧は歩く兵器のようなものに見えているのだろう。

 分別のある人形。

 悲しいけれど、それが僕らが一旦目指している、慧の在り方だった。

「お待たせカナエ。それとたまちゃん、こんにちは」

 検査を終えたらしい慧が、軍の車両の後部ドアから現れた。

「お前の場合は本当に悪意がないからタチが悪いな……その名前で呼ぶんじゃない」

 呆れながら珠稀さんが言う。

「検査結果はどうだった?」

「再現率20%だよ。前回は18%だったから、少し前進」

 慧のために設計されたテスト。慧の話すパーセンテージは、特定の状況下を想定したときに、平均的な人々と同じ反応を返せるかどうかの合致率だ。喜んでいいのか微妙な上昇幅ではあったものの、確かに前進は前進だ。

「では車に乗れ。部屋に戻すぞ」

 珠稀さんの言葉に従い、慧と僕はノドゥス粒子を遮断する特殊な加工が施された車両に乗り込む。慧の能力を知った上で、珠稀さんのように接してくれる人間は極めて稀なのだ。この車両は、そのまま慧への恐怖を示していた。

「暗号名“スペクター”、回収しました。施設に帰投します」

 軍人の一人が機械的に連絡する。

 何を考えているかわからない人間が、自分の情動に影響を与えうるという恐怖。

 それはどうにも、悪意そのものよりも恐ろしいと思われているらしかった。

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Invincible MetaMind 綾繁 忍 @Ayashige_X

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