Who killed Cock Robin ?
「まだ見つからないのか。あんな病人みたいな野郎に何をそんなに手こずっている」
……遠くで誰かが話している。
「すみません、奴は身体能力は大したこともなさそうなんですが、何故かどんな追い込み方をしてもするりと抜けちまいまして……攻撃はしてこないんですが、こちらの攻撃も全然当たらなくて」
いや、距離はすぐ近くだ。遠いのはきっと、僕の意識の方。軍属時代に少なくない回数経験した、意識回復のプロセス。そのスタートライン。
霧がかった意識の中で、最低限の情報だけは回収する。
慧はまだ捕まっていないようだ。
「起こせ」
という声が聞こえるや否や、いきなり顔に水をぶっかけられる。
「冷た……」
急速に意識が焦点を結ぶ。がらんという音。おそらくバケツが投げ捨てられたのだろう。
「おいあんた、うちの“
椅子に座らされ、両手は手錠で縛られているようだ。場所は……よくわからないが、どこかの地下空間だろうか。反響からしてかなり広く、既に周囲は囲まれている可能性が高い。僕が座らされているところ以外は、照明が落とされていてかなり暗い。
顔を上げると、NPMSらしき装置を顔に装着した体格の良い男と——春原花純。
「春原さん……?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
春原花純は
「彼氏さん……
「——その質問には、私が答えよう」
闇の奥から、声とともに足音が聞こえてくる。そうして現れた人物は、奇抜な意匠が施された衣服に身を包んでいた。頭から足元までをすっぽりと覆う深紅のローブには様々な形状の文様が縫いつけられ、その上に橙、緑、青の帯状の飾りが巻きついている。頭から肩にかけては大きな一枚布で覆われており、顔にも布が下げられていて一切の表情は伺えない。
「
「その通り。けれど名乗りはしないよ。私達の仕事を邪魔する者達がいると聞いてね、いくつも罠を張っていたのさ。一風変わった事件で、かつノドゥス粒子絡みになると出てくるという噂だったし、それらしい演出はしてみたつもりだが……本当にいたのだね。かかるとは思っていなかったが」
布の向こうから、思いのほか明朗な声が返ってくる。おそらくこれも、その衣服と同じく演出だろう。種明かしをすることによる恐怖の増幅。しかしかかるとは思っていなかった?
……
近代における科学の光によって消滅したかに思えた呪術という概念は、ノドゥス粒子の存在によって再発見された。負の感情は、それ自体が本当に他者を害するのだ。不思議なことに、ノドゥス粒子が発見されてから人体における情動の影響は過去に比べて強くなった。信仰の身体への影響を、図らずも最新の科学が支えてしまった形になる。
「あの容器を部屋に転がしたのも、あんたか」
「容器?」
このタイミングで隠す意味はない……ということは、春原さんが本当に使っていたのか。彼氏が眠り子に落ちた、その影で。
「まあいい。君は
「さて、本物のショーをはじめよう。おいでなさい、
坂島隆介が暗がりから歩いてくるが、その足取りはおぼつかない。目は焦点が合っておらず、口元はだらしなく開いている。春原花純は今にも泣き出しそうな顔でその姿を見守っている。
「ここにいる二人は、黒い情動の塊だ。坂島隆介はギャンブルがやめられず、闇社会の金に手を出して
「さらにそこにもう一つ、見知らぬ誰かのスパイスを加えよう……凄惨な動画を見ることで生まれる感情のうち、正義と憎しみはどちらが多いと思うかな?」
立ち尽くす坂島隆介。うずくまり泣き声を上げる春原花純。その二人の周囲に、NPMSによって可視化された蝿のような黒い
「ここに集まっているのは本当に無責任な情動達だ。生み出すだけ生み出しておいて、誰もそれを片付けようともしない。黒い情動は放射性廃棄物のようなものだ、存在するだけで周囲に悪影響を及ぼす。私の結社はね、そんな
そんな詭弁を聞く間にも、
「誰が殺したクックロビン、というやつだ。ではな青年。みんなの悪意で溺れ死にたまえ」
僕から見て部屋の奥、間取り的には入り口があるであろう方角から短い銃声が聞こえ、ドスンという鈍い音がして、そして途絶えた。
同じような音がもう二度ほど聞こえたあとで、その真白い人影が闇の中から姿を現した。
「慧……遅いよ」
「ごめん」
困ったような笑顔を浮かべて答える慧。僕が彼に不平を言ったときに、いつも見せるそのパターン。その手には、黒い革手袋がはめられている。
「ほう……君が噂の白い
「行け」
黒い暴風が生き物のように蠢き、のたうつようにしながら慧へと近づいていく。動き始めは緩慢に見えた動作も徐々にその速度を上げ、やがて一匹の大蛇のような濁流となって慧の全身に降りかかった。
慧は。
いつもの無感動な表情で、変わらずそこに佇んでいた。
「何……?」
「何故だ。何故通じない」
「慧の情動は死んでいるんだよ、呪術師」
過去——軍属時代に慧が遭遇した事故は、彼の脳の一部に大きな損傷を残した。ノドゥス粒子に関する研究は未だ発展途上であり、詳しいメカニズムがわかっているわけではないけれど、彼は何か強い感情を実感したり、他者の感情に共感したりする能力を丸ごと失ってしまっているのだ。皮肉なことに、ノドゥス粒子への干渉能力は残したまま。
慧が日々感じているのは——彼に感情があればという矛盾に満ちた前提が必要になるけれど——果たしてどんな気分なのだろうか。僕にとってそれは、
狼狽える
「君の
慧の周囲で行き場を失ったように漂っていた濃密な
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