第29話 人間として

 腹の底から怒鳴ると、私は鼻息荒くテロリストどもを睨みつけた。今の私に自由になるところといったら、目と口だけだから。でも、それだけでも思いっきり抗って罵倒して、こいつらの屁理屈にもならない欺瞞を暴いてやる。


 私が自分の子宮を売り物にするのは、私の選択。第七天アラボトの人たちも、品定めした上で対価を提案してくれた。そして私はそれに乗った。倫理的にはともかく、これは歴とした商取引だ。でも、こいつらは勝手に私の子宮モノを盗もうとしてる! しかもそれが良いことみたいな顔をして! ドクターも「神の子」も、私の人生設計を軽視してくれたのは一緒だけど、少なくとも説得しようとはしていた。暴力を使って、問答無用で言うことを聞かせようなんて──


「バカじゃないの!? 摂理に反するのはそっちの方でしょ!? ひどいことされた相手に犯されて喜ぶ女がどこにいるのよ! 礼を尽くして平身低頭してお金も積んで、それでも考慮に値するって子がいるなら驚きだわ!」


 私が言いたかったのは、こいつらの所業は何があっても受け入れらないってことだった。でも、テロリストどもはバカで短気で、私の言葉の切れ端だけを捉えて目を吊り上げた。覆面をひっぺがしてみたら、きっと顔は真っ赤になっていただろう。


「結局、金か! 売女め!」

「痛……っ」


 私が口答えするなんて思ってもなかったらしい。喜ぶとでも思ってたなら頭がおかしいけど。頭がもげるんじゃないかってくらい、こっぴどく頬を殴られちゃった。バカにバカって言っただけなのに、理不尽!


「人殺しよりの強盗よりはマシでしょ……!」


 でも、殴られたくらいで私の気は収まらなかった。じんじんする頬の熱さは、痛みというより怒りが燃えてるように感じられた。奥歯を噛みしめて、口の中に満ちる血を苦く味わう。


 今の世界は間違っている。


 ドクターや胎児の言うことが、今こそはっきりと感じられた。命を弄ぶ実験をする第七天もおかしいけど、それを正すための行動がコレだっていうなら、コレを正義だと思ってるなら、狂ってるとしか言い様がない。これならお花畑な理想論の方が幾らかマシだ。


 ――マリア、そんなこと言ってる場合じゃない……!


 そうね、もっと時間を掛けて考えるべきことだった。あんたを交えて、ドクターと話せてたらよかった。でも、こうなったら仕方ないじゃない。私は、手足のついた子宮じゃなくて、人間だった。赤ちゃんを殺そうっていう外道に良いようにされるなんてイヤだ! それに……あんたを見捨てて自分だけ助かるのも。

 あんた、ホルツバウアーさんたちの子じゃないって思ってるんでしょう? パパもママもいないなんて可哀想。……なら、前にあんたも言ってたけど、私があんたのママなんじゃない?


 ――そう。マリアだったから私はこんな考え方になった。だからこそ、君には死んで欲しくない!


 ありがと。でも、私の気持ちも分かってよ。自分で自分をモノ扱いするのは良いけど、他人にされるのは我慢できない。あいつらが私に何しようとしてるか、あんたには本当の意味では分からないでしょ? 女にとって、どれだけひどいことなのか。


 ――だけど!


「聞いてるのか!? バカにしやがって……!」


 それにほら、テロリストの方でももう許してくれないみたい。

 精神感応テレパスでのやり取りの間は、私はぼうっとしてるように見えただろう。一方、テロリストどももずっと怒鳴り続けてたみたいで――無視されて、頭にきてるみたい。良い気味だけど!


「選べ。死ぬか、堕胎するか。他の女もこれで黙った。女が強がってもその程度だ」


 私を睨む、燃えるように怒った目と、真っ黒な銃口。……でも、何て安い脅しだろう!

 なるほどね。他のだって誰も赤ちゃんを死なせたくはなかったんだ。仕事とかお金とか関係ない、それが自然な感情だもの。銃で脅しておいてその程度、なんて笑わせる。結局、あんたたちの理屈なんて誰も受け入れなかったってことじゃない。……あれ、私、本当に笑ってる? おかしいな、もうすぐ殺されるってとこなのに全然怖くないんだけど。


「バーカ」


 言い放ったのは、私自身に向けたことでもある。ほんと、私がこんなバカな死に方をするなんて。助かる道もあるのに、他人を見捨てられなくて殺されるなんて。


 ――マリア、止めて。今からでも謝って。言葉だけでも、見た目だけでも……!


 子供に泣きそうな声をさせちゃってるのも、すっごく辛くはあるんだけど。私のせいで死んでしまう? ううん、どの道こいつらは胎児を見逃さないだろう。

 だから、違う道なんて選べない。赤ちゃんには私しかいないのに、どうして見捨てられるっての? それに、少なくとも「神の子」は私の子供だ。造られた魂だとしても、私を母さんだなんて呼んで話し掛けてきた子。私を通して世界を知った子。それが私の子供じゃないなら何なのよ。


「この子を殺すなら私ごとにしなさい。あんたたちの汚い精子なんかまっぴらよ」

「……望み通りにしてやる」


 忌々しげな舌打ち。屈しなかったのを誇らしく思うのは、きっと自己満足なんだろうけど。でも、笑みを絶やさずにいられる。目をそらさずにいられる。

 引き金トリガーを引く指の動きが、ひどくゆっくりと見えた。そして。


 乾いた銃声が響いた。

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