第28話 テロリストの救済

 誰もいない病院の中を、引きずられていく。いつもならすれ違うはずの看護師さんやドクター、他の代理母たちはどこへ行ったのか――考えるのも、怖い。彼らの運命は、もうすぐ私のものになるかもしれないから。しかも、私だけじゃなく、お腹の胎児と、口うるさいけどちょっと可愛い「神の子」も巻き込んでしまうことになるから。身体の中に他の命を預かるってこと――私は、今の今までちゃんと分かってなかった! 死んでしまった子の、最期の叫びも聞いていたのに!

 身体の重さも、悪阻つわりもその他の不快や不調や不自由も、なんて言うこともない。生まれる前の命は、とても脆く弱いものだったんだ。私が代わりになってあげることさえできない。私が殺されたら、子供も同じ運命を辿ることになってしまう。


「どこに、連れてくのよ……!」


 私の一挙手一投足に、命がかかっていると思うと、身体が凍る。でも、沈黙も怖くて何度も尋ねてしまう。テロリストどもはもちろん一度だって答えてくれないけど。足を踏ん張ろうとしても、このザマじゃろくに力も入らないし、両腕を抱えられていては無駄な抵抗でしかない。荷物みたいに運ばれるだけ。手足のついた子宮って、自嘲してみたりもしたけど──こんなにあからさまにモノ扱いされたのは第七天アラボトでも初めてよ!

 テロリストどもは、いくつもの扉を素通りしていく。どうやら病院の奥に向かってるようなのが、不気味で仕方なかった。子宮を売ったビッチを見せしめに殺すっていうのでもなく、誘拐して身代金を取ろうっていうのでもなく──嫌な予感だけが、膨れ上がっていく。


『化け物から助けてやる』


 こいつらはさっきそう言った。私のお腹の子――遺伝子を完璧に調整された完璧な赤ちゃん、それに人類の叡智の結晶とやらの「神の子」を捕まえて失礼な。助ける……助けるって、一体どういうこと? こいつらこそが、私を危険な目に遭わせてるってのに!?


「着いたぞ」


 短い言葉と共に、ドアが開く音がする。ここが、テロリストの目的地? 恐る恐る顔を上げて――そして、身体からすっと血の気が引いた。

 無理やりドアを潜らされると、部屋の中央にあったのは、分娩台。私は当分縁のないはずのモノ。ただ、研修の資料で用途や形状を教えられただけのもの。出産の時を思い浮かべるのだってそりゃ怖かったけど、こんな状況で見るとまた違う種類の恐怖が這い上って来る。私を引きずってきた奴らはここで何をする気なのか、何かを拭き取ったような跡は――部屋に満ちるこの厭な臭いは、何なの!?


 竦みあがった私の耳元を、低い笑い声が気色悪くくすぐった。


「お前を待ってる間にも、何人か助けてやったんだ」


 脚を広げさせる、分娩台の形。そこにこびりついた、赤黒くねばついたもの。何をされるかと思うと、ううん、薄々は想像できるからこそ、怖くて崩れ落ちそうになる……けど、腕をしっかりと拘束されてるから完全にテロリストに身体を委ねることになってしまう。助ける。これを、助けるって言うのか、こいつらは! 笑いながら、得意げに言えるのか!


「こんなに育ってるのよ!? 中絶なんて……!」


 身体を捩って、できるだけお腹を庇いながら、叫ぶ。

 バカなことやった娘(コ)たちが騒いでいるとこを、下層では色々見てきた。最終手段として、何をしなきゃいけないか。だから――代理母の研修では触れるはずがないことだけど――私も多少は知っている。どういうことをするのか。胎児を子宮から掻き出すとか。大きくなっちゃったら途中までは普通の出産と同じやり方になるとか、想像するだけでも痛くて怖くて可愛そうなこと。それに、今の私の状況は、中絶するには遅すぎるってことも。


 中絶というよりは、無理やり産ませてから殺すことになるはず。準備ができていないあそこをこじ開けて、赤ちゃんを引きずり出して――想像するだけで子宮が引きつって痛い。このショックで出てきちゃうんじゃないかと思うくらい。


 手足に力が入らないところを引きずられて、分娩台に据えられる。信じられないけど、私を抑えつける男の目は、励ますように笑ってた。


「ここは設備も整ってるし、資格はないが医者もいる。安心しろ」

「できるかバカ!」


 闇医者の施術で子宮とあそこを壊されるなんて冗談じゃない! いや、それだけじゃない、赤ちゃんを殺してしまおうってことを、どうして笑いながら誇らしげに口にできるの!?


 ――マリア、落ち着いて。刺激しないで……!


 あんたは落ち着きすぎだ! あんたも殺されるとこなんだよ!? ぐっちゃぐちゃにされて掻き出されるんだよ!? 赤ちゃんだって、あんたはあんなに守ろうとしてたのに!


 ――私のせいで、ごめん……。


「バカ……っ!」


 あんたが悪いなんて、そんな訳あるか。どう考えてもテロリストの方が悪いに決まってる。赤ちゃんを無理やり、なんて……見殺しにすることもちらっと考えてた私が言えることじゃないけど、頭おかしいよ!


 ――巻き込んでごめん。何もできなくてごめん。でも、マリア、おとなしくしていれば君だけでも……。


 子供のくせに悟ったようなこと言って! 怯えてるのが分からないとでも思ってるの!? 何が神の子よ、子供らしく震えてなさいよ! 自己犠牲精神なんてクソくらえ!


 ――おとなしくしてるから。母体へのダメージが少しでも小さいように……。


 何、もう殺される気になってるのよ! そんなんで命だけ助かっても嬉しいもんか!


「おい、起きてるか」


 と、軽く頬を叩かれて私は我に返った。「声」とのやり取りに気を取られている間に、私の身体は分娩台に固定されてしまっていた。医者役なのか――テロリストの一人が、視線で私を撫で回す。


「代理母なんぞ自然の摂理に反する。まして人間が神を造れるはずがない。――お前も、実験動物じゃなくて自分自身の子供を育てるんだ」

「なっ……!」


 私の胸や、脚の間に注がれる目つきで分かってしまう。私の子ってことはヤることヤってできる子ってことで。それには相手が必要であって。こういう目つきは、どういう女に対して投げられるものか。

 代理母から胎児を引きずり出して、代わりにテロリストの子供を仕込む、って!? そうやって、仲間を増やそうとでも言うの!?

 おぞましさ気持ち悪さ。それに何より、脳の神経が灼き切れるんじゃないかってほどの怒りが、私の口を動かしていた。


「……何、無料タダで人の子宮を使おうとしてるのよ! 労働には対価がいるのが常識でしょう!?」

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