第12話 神の創造
ああ、もう。これ以上知らんぷりでお散歩なんて不可能ね。ちょっと座らせてもらえるかしら。
──うん。ゆっくり話そう。ここならイーファもアロイスもいないしね。
このやり取り、実のところ一切声に出さずに行われているから本当にびっくりしちゃうわ。私が頭の中で考えてることを、《声》の主は読みとってしまえるらしい。ええ、これだけしつこく話しかけられると、赤ちゃんの声だと認めない訳にはいかないよね。で、頭の中に直接返事が来るって訳。臍の緒での繋がりなんて仮初(かりそめ)のもの、私とこの子は全くの赤の他人なのに、心が繋がってるだなんておかしいとは思うんだけど。マタニティブルーによる幻聴か、私の頭がおかしくなって妄想に浸ってるって方がよっぽどマシだったけどね!
手近なベンチに腰を下ろして、脳、あるいは子宮の奥から聞こえる《声》に耳を傾ける。どんな顔をしていれば良いのか、すごく難しいところだけど。ひとりでにやにやしてても怪しいし、真面目な顔でもしかめっ面でも不審者よね。具合が悪いと思われても面倒だし。自然の美しさに感動してうっとりしてる、って演技でもしてれば良いのかしら。
とにかく――この饒舌なお子様の話を総合すると、大体こんな感じ。
一方で密かに進められている研究がある。それは、どれだけ優れた人間を生み出せるか、というもの、なんだとか。
そもそも第七天の人間のほとんどは受精卵の段階で遺伝子に手を加えることで美貌や優れた身体能力に恵まれてるし、心身の病気の
すなわち、神の創造。
というか、神のように優れた指導者を作って人類を導いてもらおう、ということ。
そんな冒涜的というかアホなことを考えて、しかも実行してしまった研究者のグループがいたらしい。身体的な利点を詰め込むことに加えて、評価の難しいはずの才能やら人格やらの要素を数値化だかして最良の値が出るように調節した、とか。これまたオカルトの域を出ないはずの魂とかいうデータの塊に人類が集積してきた知識や道徳を植え込んで。
こういうマッドな研究を、どう地球の未来に活かすつもりだったのか、正直詳しく問い詰めたいけど。とにかくそんな妄想じみた研究の結実が、私の子宮に送り込まれたという訳だ。
――マリアと話せるのも、精神感応のお陰だよ。
うん、黙ってて。
心中で吐き捨ててから、私は通りすがりのお子様に笑って手を振った。金髪のふんわりした髪の……女の子、かな。おずおずと手を振り返してくれるのが可愛いの。ありがとう、笑う切っ掛けをくれて。貴女がいなかったら、お姉ちゃん、きっと怖い顔をしちゃってたよ。お姉ちゃんのお腹にいる子もね、多分、貴女みたいにすっごく可愛いんだよ。ちょっと変わってておかしなことを言い出したりもするけどね。きっと、ちゃんと生まれてちょっと大きくなって、笑ったり走り回ったりしてたら天使みたいに思えるかもね、きっと。
──マリア、現実逃避してない?
してるよ。悪い?
……現実を直視しよう。《声》の言うことはそれなりにもっともらしいってことも、認めよう。まあ、本当に
だってホルツバウアー夫妻は良い人そうだったし、私だって変態な雇い主はイヤだもの。いや、自分の子供を処女に産ませようとしてる時点で相当といえばそうなんだけど。本気でお子様が神だと思ってるっていうなら、マリアって名前の処女に目を輝かせたのも宗教的なこだわりというかがありそうで――気持ち悪い。いや、マッドサイエンティストとどっちがマシかは、すごく難しい問題になっちゃうけど。
最高の職場だと思ってたのに。この雇い主、実は問題アリだったのかなあ。コリンズさんは、
――さあ、あの人が知ってたかは分からないけど。でも、《地の塩》って良いことを教えてくれたよね。ねえ、イーファたちはひどいでしょ? マリアに黙ってやったんだよ?
あんたこそ、黙っててって言ったよね? 独り言にいちいち応えてくれなくても良いんだって。まったくお喋りさんなんだから!
赤ちゃんの成長を楽しみにしている母親の表情で、私はそっと膨らんだお腹を撫でた。自称「神の子」の声は鬱陶しいけど、公共の場で怒鳴る訳にはいかないし。ルーティンのように、代理母としてやるべき動作をなぞると、気持ちも落ち着く……かも、しれなかった。冷静になってみても、現実は全く変わらないって気付かされるだけだけど。
まったく、出来の悪いフィクションめいた話だとは思う。麗らかな公園で聞く──聞く、なのかどうか──のは、不釣り合いにもほどがある。でも、だからこそ幻聴の線は捨てざるを得ない。こんなぶっ飛んだ話、私の頭じゃ思いつかないもの。信じられない、信じたくないことではあるうけど──ただ、何だかんだで今の人類って自然なものへの憧れがあるよね、っていうのは思う。胎児を清潔なガラスキューブとか家畜由来の人工子宮の中で育てるんじゃなくて、わざわざ生身の──それも、できれば処女の──子宮に戻すとか。だから、例えばすごい性能のコンピューターを作る、って方向じゃなく、すごい人間を作ろうとする方に行くのは、まあ分からないでもない。
だから私が子宮にお預かりしている御子は、次世代の人類の希望となるべき「神の子」ってことを、認めないといけないみたい。癪だけど! 処女懐胎なんて聖母様みたいって思ったのはあながち的外れでもなかったみたいだね! ああ、頭の中で考えるだけでも恥ずかしくなる。
──やっと分かってくれた、マリア?
分かりたくなかったけどね。まったく、なんで話しかけてきたのよ? 知らなければ、気持ちよく美味しいお仕事に従事できたのに!
恨みがましい思いを込めて、お腹を撫でる。検診で、胎児のエコー画像を見せてもらう度に思うんだけど──自分以外の命を身体の中に預かってるって、やっぱり不思議な感じだ。それだけでも一大事だと思ってたのに、それが「神の子」だって? そんなに賢いなら、空気読んでしばらく黙ってるくらいのことはしてほしかったなあ。
お腹の胎児と
だから、しょんぼりとしたトーンの《声》が頭に振って来た時は心底驚いた。
――マリア、ごめんね。混乱させたかった訳じゃないんだ。助けて欲しい。
「──え?」
それも、不穏な単語が混ざっていた気がする。助けるって、どういうこと?
聞き返そうとした瞬間──女の悲鳴が、私の耳に刺さった。
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