第2話 面接
「うわ……すごい……」
招待用のパスコードには、面接場所までの地図情報と交通費が付与されていた。と、いう訳で、さほど苦労もなく見つけ出した指定の場所は、いかにも第七天って感じの豪邸だった。口がバカみたいに勝手に開いて、溜息まで漏れちゃうくらい。
だって通りの標示もすごい分かりやすかったし。標識もちゃんと出てたし。手元の端末に目を落とすまでもなく、バスを降りた瞬間にあ、この辺だ、って分かったんだもの。どこに誰が住んでるか隠さなくて良いってすごいなあ。私なんて誰かにつけられてないか女の一人暮らしだってバレやしないか、毎朝毎晩コソコソしてるってのに。
いやいや、ひがんじゃダメだ。そんな生活から抜け出すために応募したんじゃないの。後ろ向きな気持ちなんて見せちゃいけない。あくまで朗らかに、にこやかに。時間も、ちょうど約束の五分前。几帳面なところを、アピールしなくちゃ。
ぱし、と軽く頬を叩いて気合を入れて。私はチャイムに手を伸ばした。……今時輪っかを加えたライオンのデザインってどういう趣味なんだろ。古典的、懐古趣味……というか成金趣味? って言うのも何だけど。うん、でもきっと良いお品、なんだよね?
「お邪魔、しまあす……」
輪っかに恐る恐る指先が触れた瞬間、軽やかなベルの音が鳴り響いた。あ、骨董っぽいのは見た目だけで、触れたらどっかに通知が行く仕組みなのかな。合成されたものと分かっていても聞き惚れてしまう柔らかなメロディー。同時に、何かすごい彫刻の扉の鍵ががちゃりと開く機械音も聞こえてくる。セキュリティシステムが連動してるのかな。やっぱり中は最新の設備が揃ってるみたい?
まるで魔法のように、扉が開く。ここは天国だから神の御業とでも言うべきなのかな。とにかく、ここの何もかもが私の住んでる世界とは違うと見せつけてくるみたい。
「――面接の人ね? 時間通りに来てくれるなんて、素晴らしいわ」
扉の中から声がする。豪邸の主、私の雇い主になるかもしれない人の声だ。天の国に相応しい、上品な声。発音も、言葉遣いも、合成したアナウンサーの声みたいに完璧そのもの。初めて掛けられた天使の声は、まるで人間のものではないように思えた。
そして室内に通されて分かったのは、雇い主様が人間離れしているのは声だけじゃないってこと。背は高く、スタイルもすらりとして。整った顔立ちは彫刻のような、なんて陳腐な言い回しがぴったり来てしまうほど。完璧な金髪碧眼は、遺伝子操作によるものか、それとも絶滅危惧種のコーカソイドの血脈を後生大事に守っているお宅なのかしら? どちらにしても選ばれし者の
「どうぞ。お口にあうと良いのだけど」
「ありがとうございます、いただきます」
「マリア・チャーチさん……? 良いお名前ね」
「恐れ入ります」
教会育ちだからチャーチ。孤児に一律に与えられる姓は陳腐ってレベルじゃないけど、敬虔なイメージを持ってもらえるならラッキーだった。恐れ入ります、って噛まずに言えたよね? 慣れない言葉遣いは疲れるなあ。
だって、通された客間はどこもかしこもぴかぴか、勧められたソファも、乗せたお尻がどこまでも沈んでしまいそうな柔らかさなんだもの。だからお茶を出されても味わうなんてできやしない。私の薄給が吹き飛ぶ額のカップやソーサーや茶葉なんだろうというのは分かりきってるし――それに、マナーも受け答えも、審査対象に決まってるんだから。
「そんなに硬くならないでちょうだい」
おお、天使が微笑みかけてくださった。彫刻が動いたみたいで、見蕩れるというよりは生きてるんだ、っていう驚きが強い。あまりにも綺麗な微笑みすぎて。この人は、求人広告のデータによると、イーファ・ホルツバウアー女史。職業は――何か、研究職だっけ。頭良い人なんだ。第七天に住んでるなら当たり前だけど。
金髪碧眼は、ゲルマン系の名前のイメージとも合致する。採用に際して人種的差別はしてはならないということになっているけど、名前の系統は良いヒントだったみたい。私の見た目も色素が薄い白人系だ。そこのところも、多分加点してくれてるはず。こういうのは、自分と同じ人種の方が良いって人の方が絶対多いはずなんだから。
「お招きしているのは書類上の条件に合った人だけなの。だから、あとは性格と相性の問題。だから、ね、素の貴女を見せて欲しいの」
ホルツバウアー女史の仰ることは、私の予想をある程度裏付けてくれた。何人候補がいるかは分からないけど、私は良いところにつけてるらしい。
でも、一方で嘘を吐いている、とも思う。素の私、なんてこの人が求めているはずがない。下層出身の孤児、それなりにずる賢くて小狡いこの私の、素なんて。この人は知りたくもないし知る必要もないはず。今この場で求められているのは――多分、調子に乗らないで節度を守って振舞うこと。その程度には賢いし空気が読めるってアピールすること。
「そうですね――」
だから私は思っていることなんておくびにも出さないで笑顔を作ると、世間話っぽいものに花を咲かせることにした。この人と私じゃ世間が違うからね、本当の世間話とは言えないんだけど。
当たり障りのない――でも私にとっては緊張することこの上ない時間がしばらく過ぎた。そしてついにその時が来る。私が待ち望んでいた質問が投げかけられる時、私が切り札を見せることができる時が。
「お子さんが、いるのよね? お幾つかしら。採用した場合、保育所や学校はこちらで手配することになっているのだけど」
かちゃ、と。私は間を持たせるためにカップをソーサーに置く。何か動作を挟まないとがっついて答えてしまいそうだったから。もっと、ゆっくり。緊張して、言いづらそうに見せかけなくちゃ。
「あの、そこなんですけど……子供について、書類には嘘を書いてしまったんです」
「え?」
「私には子供はいません」
「……どういうことかしら」
ホルツバウアー女史の青い目が光った……気がした。嘘を咎めるものではなくて、私の真意を探るものだと思いたい。子供がいないのにこの仕事に応募する意味。下層で噂になっていることが事実なら、私はきっと採用される!
「こういうの、本当は良くないって分かってるんですけど……あの、私、処女なんです」
「…………!」
がちゃり。音を立ててカップを置いたのは、今度はホルツバウアー女史の方だった。私よりも大きな音がしたのは、彼女の驚きを示しているんだろう。きっと、本来ならそんな無作法をする人じゃないはずだから。青い目に浮かぶのは驚き――でも、嘘に対する嫌悪はない。
「……もう少し詳しくお話を聞かせてくれるかしら?」
「はい。喜んで」
それどころか、ホルツバウアー女子の声音はやや低く改まって、目つきも変わっている。子供を相手にしているような、どこか上から目線の優しいものから、こちらを値踏みするものへと。つまり、本気の商談をする気になったってこと。ここからは、多分条件とかを詰める話になるはず。
ああ良かった。やっぱり噂を信じて良かった。
高価なはずの、でも味の違いなんて分からないお茶を口に運びながら、この時私は採用されることを確信した。
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