レイドバトルの時間です

狼二世

地球時間にして22:56

 闇があった。

 そこには、夜よりも湿った暗闇が広がっていた。

 触れれば溶かされてしまう闇は、締め付けるように世界を覆っていた。

 暗闇の中に足音が響いている。土を踏みつけ、殻を踏み潰すような軽く空虚な音が積み重なっている。

 闇に包まれているため足音の主の姿は見えない。足音の重さから相当の重量を持つ生物であると分かる程度だった。

 存在の輪郭を照らす光は遥か先。光源は闇の中に浮かんでいる。


 どれほど足音を重ねた頃だろうか。不自然な程に秩序めいた空間に、変化が生じた。

 風を切る音がする。蟲の翅音だ。


「やあ、追いついたぞ!」


 不意に、無邪気な子供のような声が響く。幼い声は男のモノか女のモノか判断は出来ない。ただ、敵意はなく、好奇心のみが込められた声であることが分かった。


「……お前か」


 低く重みのある声がそれに応じる。足音の主のものだ。


「警告はしたぞ。これより私が進むのは修羅の道。引き返し戻って来たモノも居ない場所。危険は明らかだ。それでも……私の旅路を追いかけると言うのか?」


 足音が一つ、翅音が一つ、ただただ並んで続いている。問いの答えを待つ間もなく続いていく。

 暗闇の世界には不自然なほどに無邪気な声を連れて足音は止まることなく続く。意思なき者を置き去りにするように。


「当然だよ。見届け人が必要だろう。愚かな存在が命を散らすのは微塵も興味はない。けれどね、その血が流れ、肉が削れていく様は物語になるだろう」


 足音の主はそれを黙って聞いている。ただ歩き続けている。

 否定も肯定もしない。


「せいぜい、見届けさせてもらうよ。青白い肌のオークさん、アンタの旅路を誰かの耳に届けるのが僕の役割さ」


 ようやく灯りが届いた。輝く爪のような岩が大地から生えていた。

 ガス灯のような不確かな光の中に浮かび上がったのは、黄金の翅をもつ手のひらほどの小さな蝶。

 足音の主は、ゆうに二メートルはある程の巨体を持つ半人半豚の怪物。

 人間の物語に当てはめるなら、蝶はフェアリーであり、半人半豚の怪物はオークと呼ばれるだろう。


 二匹の見上げる先には、林の様にそびえたつ巨大なキノコと茶色の水が溜まった水たまり。生物の気配は僅かにしかない。

闇と微かな灯だけが存在する世界。その遥か彼方には真っすぐにそびえる一本の塔があった。



◇◇◇


 その大地に空はない。

 地に這う存在が上を見上げた時目に入るのは闇。そうでなければ、岩と土、巨大な茸の笠くらいだ。

 地底の世界。八方を岩と土に囲まれた大地だった。


 太陽のかわりに大地を照らすのは岩だ。大地から生えた輝く爪のような岩がガス灯のような不確かな灯を放ち、世界の輪郭を闇の中に浮かび上がらせる。

 鳥が居たらのならば、キノコの林と泥水の川の合間に輝く岩を星と評しただろう。けれどこの世界では蝶がその代わりを果たす。

 この大地に、生物と呼べるものは我々人間の知るような存在はない。

 鬼、悪魔、そして巨大な蟲や凶暴な野生動物。どのような進化を経て至ったかは定かではないが、人の空想上の存在が生きていた。

 彼らは狭い大地の上で微かな灯を頼りに、泥水をすすり僅かな食糧を奪い合って生きてきた。

 楽しみと呼べるものはせいぜい流血の決闘のみ。ただ苦しんでいき生き、ただ無意味に死んでいくだけの世界。

 

 けれど、この世界には伝承がある。

 世界の中央にそびえ立つ塔を登りきれば、空が見えると。

 そこには透明な水と甘い果実の実った木々。そして温かい太陽がある。


 伝承の真偽は誰にも分らない。ただ、確かに塔だけはあった。円筒状の空間の中心、世界を支える柱の様に上へ上へと延びる塔が。

 その果ては闇に包まれて見えない。ただ、天井に突き刺さった輝く岩たちが、果てがあるとだけ存在を主張している。


 多くの若者が伝承を信じて塔に挑んだ。

 その結果は分からない。

 けれど、挑む人は消えない。今日もまた一人、オークがその地へとたどり着いたのだ。


◇◇◇


 オークとフェアリーは長い付き合いと言う訳ではない。オークの旅の途中、たまたま出くわしただけの関係だ。

 地球の時間で言えば二日ほど前の事だ。フェアリーは地底に生息する狼に襲われていた。

 この世界にも生物には大きく分けて二種類の生物が居る。共通言語を理解する生物と、それ以外だ。

 言語を理解する生物は曲がりなりにもコミュニティを作り、わずかであるが交流もある。だが、意思疎通が不可能な集団は敵でしかない。それは相手にとっても同じだ。結局は、弱者が強者を食らう。

 脆弱な肉体しか持たないフェアリーは野生生物にとっては捕食対象でしかない。追い詰められ、いよいよ死を悟った時、オークが助けに入った。

 片腕ほどの大きさの石斧を振り回し、瞬く間に狼は肉塊となる。

 フェアリーは突然の乱入者であり救い主であるオークを見上げる。オークは斧から血を拭う間もなくフェアリーに告げた。


「邪魔をしたな」

「いや、何をさ!」


 あとで分かったことだが、照れて適当に言った言葉だったらしい。

 それがキッカケとなり、フェアリーはオークの旅を追いかけることとなる。曰く、興味を持ったからだと。

 オークが何度も事情を説明しようと、フェアリー後を追う。引き離すのは無駄だ、と悟ったのはようやく先程の事だった。


「……いいだろう、お前が生きて帰れたのなら、後に続く奴らの道標になるだろう。情報の一つでも持ち帰れれば、助けになる」

「へえ、他人の心配なんてするなんて、アンタは本当に変わってるね」

「当然だ。我々が言語を用いて交流することが可能であるのならば、情報の蓄積は積極的に行うべきだ。たとえば、塔の中に敵がいるのならば、その特徴を伝えれば対策が出来る」


 オークは同族の中でも知恵が回る個体であった。教育などと言う概念が存在しないこの世界において、知識と情報の重要性について理解をしていたのだから。

 だからこそ、フェアリーも興味を持ったのだ。


◇◇◇


 点々と灯る牙を幾つも通り過ぎ、足を動かし続けて十日程。ついに二人組は塔の前へと辿りついた。

 目の前で見ると、その存在は異質としか言いようがなかった。

 闇へ向かって、石造りの巨大な柱が伸びているのだ。地底にはこのような巨大な建造物を作れる技術を持った生物は居ない。

 塔の入り口は開け放たれていた。白い石の壁にはオークが限界まで手を伸ばしても届かないほど高く、広い穴が穿たれていたのだ。

 いや、穴と言うのは正解ではないだろう。両端は精巧に切り揃えられ、明らかに整備された道であるのだから。


「何か仕掛けがあるかと思ったけど、拍子抜けだね」


 異質な存在であるが、好奇心の塊であるフェアリーにはいささか物足りなかったようだ。どうやら、罠の一つも期待していたようだ。


「遊び場ではない。行くぞ、油断をするな」


 無駄口をたたくフェアリーを差し置き、オークは塔の中へと一歩踏み出す。

 待てよ、と慌てて黄金の翅がクルクルと飛び回りながら続いた。


◇◇◇


 塔の中は、不自然と言えるほどに整備されていた。

 磨かれた石の床には泥も土もない。壁には等間隔に外と同じような発光体が埋め込まれている。それどころか、入り口のすぐ近くには食料となる茸と水まで置かれていた。


「おかしい。絶対におかしいって」


 声を上げるフェアリーに、オークは首だけで同意を示す。


「確かにわかる。だがせっかくだ。ひとまず、確保だけはしておこう」


 獣の皮で出来た背嚢を下すと、オークは慎重に茸をしまう。続いて水筒を開けようとしたとき、フェアリーがそれを遮った。


「いや、止めとけって」

「もっともだ。だが、茸は外でも見られるモノであり、水は泥水ではなく澄んでいる。自分でも迂闊ではあると思うが、外の泥水よりも信頼できそうだ」

「腹壊しても知らねえからな」


 半ば無視しながら補給物資を確保すると、オークはいよいよ塔を登り始めた。

 入り口から入り真っすぐに進むと、外周を回るように階段が続いていた。よく整備された階段で、一段も欠けることなく延々と弧を描きながら続いている。


「絶対誰か管理してるだろ、こんな場所」

「ああ、油断はするなよ」


 オークはすでに塔に入った段階から愛用の石斧を構えている。いつ敵が表れてもいいように、その剛腕を振りぬけるように。

 気配こそ感じないが、何者かがこの塔を管理していることに間違いはない。そうであれば、それが味方である保証はなかった。


◇◇◇


 しかし、警戒をよそに塔の内部は静寂に包まれていた。敵対者はおろか、罠も無い。

 最初の数時間こそ一歩足を前に出すのも慎重になっていたのが、やがて雑に大股歩きになってくる。それも、どんどん雑になっていく。


「不味いな……」


 警戒をしながら歩いて半日。オークは自分の精神力が摩耗していることを感じていた。四六時中警戒をしながら塔を登るのだ。並大抵の負担ではない。


「おい、あれ」


 そんな時、運が悪いことに異常が訪れた。

 三つ程先の灯りで階段が途切れていた。そのかわりに、塔の内側の壁に黒い石の扉がある。ご丁寧にその脇には食料と水までもある。

 何かがある、と言わんばかりだ。

 オークは足早に階段を上り、扉の前で止まった。豚の鼻から荒い息が漏れる。珍しく息を切らしていた。停滞した状況に変化が訪れた。それが、オークを珍しく興奮されたのだ。


「どうする?」

「開けてみよう」


 迷うことなく扉を開け放つ。彼らしくない行動だ。

 そして、それは間違いだった。


 岩の扉を力任せに引く。石がこすれる音が断続的に響き、道は開かれた。

 扉を開いた先に広がっていたのは、円形の広い空間。端まで走るには十分はかかるだろう。

 この時、オークは失念していた。なぜ塔から帰ってくる者が居ないのか。餓死でも枯死でもなく、挑戦者が敵対者によって殺された可能性があることを。 


 危機は迫っていた。獰猛な赤い瞳が天井に浮かび上がる。しかし、オークは気が付いていない。


「上だ!」


 だが、フェアリーは違った。天井に這う赤い瞳を見逃さなかったのだ。

 声とともに、気配と殺気が落ちてくる。オークの頭部を狙い、巨大な蜥蜴が落ちてきたのだ。

 オークは反射的に腕を振る。石斧が唸り声をあげて閃いた。そして、肉がつぶれる音がした。

 奇襲を仕掛けた蜥蜴は断末魔をあげることなく、真っ二つに切り裂かれた。


「危なかったな」


 どこか嬉しそうなフェアリーとは対照的に、オークは、冷や汗をかきながら敵対者を眺めている。

 敵対者の腕の先には鋭い爪。おそらく、容易に喉を切り裂き脳漿を抉り出すことが出来ただろう。


「礼くらい言えないのか?」

「……感謝している」


 息を深く吐き、音を立てて床に座る。そうしてようやく、オークは既に冷静さを取り戻した。

 冷静になると同時に、異変にも気が付いた。


「おい、蜥蜴が」


 倒した蜥蜴が、白い砂となって崩れていく。肉も、骨も例外なく砂となって崩れていく。

 蜥蜴から生み出された白い砂は風もないのに舞い上がるとオークを取り囲んだ。そして、溶けるようにオークの肉体へと吸い込まれていった。

 同時に、オークの肉体にも変化が起こっていた。


「オーク! 肌の色が」


 青白い肌が、蜥蜴の表皮と同じように黒くなっていた。


「悪いところはないよな」


 珍しく心配するような口調のフェアリーに、どう答えたものかとオークは思案する。


「肉体に、変化はある」

「おいおいおいおい!」

「落ち着け、悪い意味ではない。良い方向でだ」


 詰め寄るフェアリーを左手で抑えると、斧を持った左手を握りこむ。

 筋肉が盛り上がり、腕が広がる。


「以前より、力が増している」


 オークの肉体は、より頑強になっていたのだ。


「はあ……わかった。それより、どうする? このまま先に進むか?」

「いや、休憩しよう。私も集中力が落ちている」


 このまま進んでも、不注意で危機に陥りかねないことを、聡明な彼は十分に理解をしていた。


「ならさ、茸と水をよこせよ。お前より先に食う!」

「かまわないが、なぜだ?」

「毒見だよ! 悪くないかくらいは、見てやるよ!」


 誤魔化すように喚くフェアリー。それを見るオークは口の端を僅かに緩める。


「そうか、感謝する」


 先ほどよりも、ずっと素直に感謝の言葉が出た。


◇◇◇


 十分な休息の後、探索は続く。

 部屋を抜けると再び階段が円周上に続いていた。半日ほど登れば、また階段は途切れ、扉と食料が用意されている。

 扉を開ければ、再び戦闘となる。

 襲撃は例外なく毎回発生した。

 だが、オークも二回目からは完全に警戒をしていた。疲労していれば休憩をし、決して無理はしない。

 扉を開けたなら、フェアリーと分担して状況を確認する。初手さえしくじらなければ、戦いようはある。


 戦いの度にオーク自身にも変化があった。

 襲撃者が白い粉となる現象は必ず発生した。もちろん、オークの体に取り込まれる現象も。

 襲撃を乗り越える度にオークの肉体は強靭に変化していく。


「……気味が悪いな」


 自身の肉体の変化について不快感を吐き捨てる。牙が生え、鱗が浮かび、爪が伸びる。肉体的な障害は何一つないのが殊更不気味であった。


「確かに見た目は変わったよ。でもよ、変わってないところはあるぜ?」

「ほう、どうしてだ」

「アンタの馬鹿みたいに律儀なところだけは、この塔でも変えられないみたいだ」


 フェアリーの冗談めかした言葉に、オークはわずかに息を吐く。その顔からは緊張が消えていた。


「変わり者と言えば、お前もだ」

「ん、なんだよ」


 思わぬ言葉に、フェアリーはオークの顔の前で止まる。 


「なぜ、飛び続けているのだ。わざわざ飛ばずとも、私の肩にとまるなり、負担を軽くする方法はあるだろう」


 黄金の翅が揺れる。フェアリーはオークから視線を外した。

 この塔に入ってから、フェアリーは常にオークの先を飛び、それとなく注意を払っていた。そして、どれだけ進もうとも自分の翅で飛んでいた。

 フェアリーの体格であれば、疲れたのであればオークの肩なりに乗って休憩が出来る。けれど、フェアリーは自分の都合で休むことはなかった。


「それは、まあ……邪魔になりたくないんだよ」


 オークの大きな鼻から笑い声が漏れた。


「まったく、つまらない意地を張るものだな」

「お互い様だよ」


 軽口を叩きあいながら、二匹は塔を登り続けた。

 時に闘い、時に休み、階段を上っていく。


「一つ、感謝しよう」


 その旅路は過酷ではあった。

 塔を登る度に敵は強くなった。けれど、オークの気力は常に満ち足りていた。


「確かにお前は私以上に非力だ。戦いの役に立たないばかりか、荷物持ちすら出来ない。けれど、孤独からは解放される。感謝するぞ」

「ホント、変わり者だよな」


 オークの重い足音と微かな羽音が上へ上へと続いていく。


◇◇◇


 旅路は続いた。二匹はその後の一つ、二つ、扉を開き続けた。そうして、ついに百度目の扉へと到達する。

 百個目の扉の先で待っていたのは、竜と呼ぶにふさわしい化け物だった。ゆうにオークの倍はある巨体に強靭な四肢と岩のような鱗に囲まれた体。そして、捕食者を逃さぬ鋭い牙。

 幾度もの死闘を乗り越えたオークであったが、今度の相手は強さの次元が違った。竜と組み合ううちに石斧は砕け、オークの鍛えられた肉体は硬い鱗に覆われた腕に吹き飛ばされる。受け身をとる間もなく、壁に叩きつけられた。


「あ、ぐ……」


 痛みで呼吸が出来ず、動くこともままならない。

 床を揺らしながら竜の巨体は迫った。

だが、あと一歩――あと一歩で爪が届くところで、悲鳴のような咆哮をあげてあらぬ方向へ体を曲げる。


「なん、だ?」


 見ると、黄金の翅が――フェアリーが竜の目に突き刺さっている。

 生物の急所である目を攻撃されたのだ。竜と言えでもひとたまりもない。

 混乱か、焦りか、乱暴に爪を伸ばすと、自身の顔に傷を作りながら無理やり引きはがした。

 

 鱗と肉片と一緒に、黄金の翅が散った。

 それを見た時、オークの中で火が付いた。

怒りの炎であることは、彼には理解できない。けれど、その熱は理解できる。

 胸の内で燃え上がった熱はオークの身体を立ち上がらせる。

 床を蹴る。石畳が消し飛ぶと、オークの体は雷光のような速さで竜の首へと絡みつく。


「あ、がぁぁぁぁあ」


 どちらの悲鳴だろう。獣めいた叫びが木霊する。

 やがて、骨が折れる音がした。同時に、竜の瞳から色が消えた。首の骨を折ったのだ。

 巨体が倒れ伏し、塔が揺れた。勝ったのだ。オークは勝ったのだ。

 だが、その顔に喜びの色はない。翅を失い、芋虫のようになった相棒のもとへと色の無い顔で駆けつける。


「なさ、けないな。死ぬの……なら、せめて盾になるとか、絵になる方が、よかったのにな」


 ひゅうひゅうと空気が抜けるような声を出す。


「そんなことはない、お前は十分に戦った」

「へ、へっ、強いアンタに、言われるのなら……そう、なんだろうな。でも、もうだめだよ……アンタの旅は、見届け、られない」

「何を言っている。お前が居なくなれば、誰が私の死を知らせるというのだ」


 既にフェアリーが虫の息であることは、見て取れた。聡明なオークである、そんなことは十二分に理解できている。


「最期によ、頼んでいいか?」


 無言で、オークは頷いた。


「俺を、食えよ」


 黙って、オークは聞いていた。

 最期の生命を燃やし尽くすように、フェアリーの語り口は強くなっていく。


「アンタの一部になるというのなら、アンタの旅路をこの先も見届けることが出来るということさ。伝承者にはなれやしないが、観測者にはなれるよ」


 そして、最後に消え入りそうな声を出す。


「だからさ、頼むよ」


 それを最後に、フェアリーは息絶えた。

 オークは、その肉体を口に入れた。執拗にかみ砕き、肉の一片までも己が内に取り込むように。

 背後で竜が粒子になった。オークの肉体はまた頑強になった。けれど、それを気にするそぶりもなかった。


 そうして、オークは先へと進む。

 死闘の地の扉、そこを開けた先は――


 地球第七再生地区中央、バトルドーム! つまりは『この場所』だぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!

 

◇◇◇


 さあ、堅苦しい語りはここまで! これよりはエンターテイメントの時間でございます。

 今し方、ドームのエレベーターから出現した化け物は、先程までの物語の主役。

 数多の敵を打倒し、その細胞――ナノマシンを肉体に取り込んだ化け物。いやまあ、もうオークの面影なんてありゃあしません!


 ――さあ準備はできましたか!


 先程までVTRと共に私が語りましたのは化け物の物語。果て無き塔の旅路! そこでモンスターが生まれるまで!

 そう、この番組、『レイドバトルショー』で挑戦者が退治するモンスターだ!

 今宵も命知らずの勇士たちが化け物を相手に血沸き肉躍る激闘を繰り広げる戦いの幕があがる!


 せっかくの強敵が、ただ『強い』だけなのは興覚めでしょう。

 ええ、物語の中の魔王にだって事情がある。その事情を知ってこそ、ラストバトルは盛り上がる。

 

 さあ、武器の準備はよろしいですか?

 レイドバトルを始めましょう!!


 さあさあ、改めまして解説を。

 この番組、レイドバトルショーはローマ帝国の時代から続く、戦いをテーマにした伝統的なバラエティ番組でございます。

 地下の牧場で生まれ、訓練場である塔で修業を積んだ魔物を挑戦者の皆様方が退治する! 見事最後の一槍を入れられたのなら賞金を総取り! もう四百回を超える放送は、毎回大盛況でございます。


 おっと、今一撃が入りました。いやー、あのマッチョマンさんは優秀ですね。ボーナスポイントを加えましょう。おっと、そんなことを言ってたら反撃で吹き飛ばされましたね。あれは死んだ、ドンマイ。

 けれど、一撃は大きいですね。二撃目も早い! だけど死体が積み重なっていくのも早い!

 だめだ、第一陣全滅! いやあ、せっかく抽選でいい位置をもらったのに情けない!

 観客の皆さんも憤っている! さあ、さっさと第二陣の突撃だ!


 おっとお、ここで銃器による一斉掃射! ロボットも出てきました! これはたまらない!

 ロボットが百万馬力で押さえつける! 後方で重火器による支援が入る! 連携は完璧だ!

 おっと、化け物から真黒な血が流れた! 肉は消し飛び、膝をついた、ここまでか?


 ん、なんだ。化け物の背中から黄金の翅が……あ、ちょっと待って、ロボットが吹き飛ばされた! 爆発だ! 観客席にも被害が出ているじゃないか!

 防御シールドはどうなっている! この放送席も大丈夫なのか?

 これはいった――


 ――

 ――――しばらくお待ちください。(ボートが川を航行する映像)

 ――


 番組の途中ですが、緊急速報です。

 先ほど人気バラエティ番組、レイドバトルで出現した魔物が、バトルドームを破壊してそのまま逃亡――いや、進撃しています。

 奴が通った先には何も残りません。直ちに避難を――逃げて、すぐに逃げてーっ!!!



《了》

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