その女、がばいばあちゃん

新巻へもん

死ぬこととみつけたり

 九州は修羅の国である。


 遠く戦国時代においても過酷な世界だったが、21世紀になってもそれは変わらない。九州の一般家庭には拳銃が普通にある。博多ラーメンの屋台を出しているおっちゃんの家にもあるし、熊本の美容院のお姉さんの家にもある。そして、フツーではない職業の事務所には自動小銃があったりする。


 善良な方には拳銃と自動小銃の違いは分かりにくいかもしれない。小銃とかいう字面から似たような印象を受けるがはっきりと違う。拳銃は懐に隠せるが小銃は特殊なものを除きちょっと難しい。違うのは大きさだけでなく、威力も違うし、自動小銃は自動というだけあって引き金を引くと連射ができる。


 さらに、大手のところにはバズーカ砲があったりもする。日本にあるものなら大抵のものは一発で吹っ飛ばしてしまう恐ろしい代物だ。そういうものがありふれている場所は現代の平和な日本の中に他にそうそうない。まあ、近畿地方のとある県のことはこの際置いておくことにしよう。


 ここは九州一の盛り場である天神。夜になると人相のよろしくないあんちゃん達がヒャッハーとか言いながら歩いているの注意が必要だ。観光地の気分で島外の人間がうろついていると暗い路地に連れ込まれて金やら何やらを取られてしまう。そして、今も……。


「何すんの。やめてよ……」

 半分涙声で抗議する若い女性の上に男が3人襲い掛かっていた。一人が手早く女性の口の中に布を突っ込み、両腕を押さえる。別の男が女性の脚の間に割り込んで、カチャカチャとベルトのバックルを外し始めた。もう一人の男はムービーカメラを回していた。

 

「うひゃひゃ、たまんねーぜぇ」

「兄貴、早くやって代わってくださいよ」

 兄貴と言われた男は女性のスカートをたくし上げるとその奥のちっちゃな布切れに手をかけようとした。


「そこまで!」

 路地裏に塩から声が響き渡る。男たちが驚きの表情で振り返るとそこには一人の小柄な人影があった。逆光で良く分からないが、どうやら老婆らしい。

「なんだよ。大事なところなんだから邪魔をしないでく……」

 カメラを持った男がうんざりした声を出したが、その声が途中で止まる。


 キン。甲高い金属音と共に手にしたカメラが二つに割れて地面に落ち、ガシャンと派手な音を響かせる。

「うっ!」

 次いで鳩尾に当て身をくらったカメラ男はその場にくずおれた。


「ちょっと、どういうことだよ。そうシナリオは聞いてねえぞ」

 女の脚の間にいた男が立ち上がる。ブリーフの先からでかい物がはみ出していた。それもでかいが体もでかい。身長190センチ、体重100キロはありそうな巨体だった。


 慌ててズボンを引き上げようとする大男の隙を老婆は見逃さない。すっと間合いをつめると足払いをかける。足元にスボンが絡まった状態の大男はたまらずバランスを崩して派手に倒れ、空中高く舞い上がった老婆の踵が鳩尾に決まり、大男もカメラ男と同様伸びてしまった。女の腕を押さえていたチャラ男もアッと言う間に他の男達の仲間入りをする。


「ちょっとどういうつもりよ」

 若い女性が地面に座ったまま声をあげた。老婆は少し離れた場所に佇み返事を返さない。

「撮影を滅茶苦茶にしてくれてどうしてくれんのよ、このクソババア!」


 老婆の目が細くなる。

「私にはちゃんとした名前があるんだ。ババア呼ばわりはされたくないね。お嬢ちゃん。山本常子。聞いたことはないかい?」

「げ、無許可撮影つぶしのツネコ。あの女はがばいって……」


「そうさ。撮影をしたければスタジオを借りてやるんだね。無許可路上撮影はご法度さ。その男達にも言っておきな」

「覚えてやがれ。このクソ婆あ。いつかぶっ殺してやる」


 山本常子は振り返り低く笑う。

「上等だよ。いつでも相手してやる。死ぬ気でかかって来るんだね」

 颯爽と去っていく山本常子。後には唇を噛みしめ悔しそうな顔をする女が残されていた。


-完-

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