第6話 変容

 ところが勘右衛門の目が優しく笑った。上から見ると額から月代を剃った艶の良い頭の頂点まで見える。そして不気味な姿に似合わない精悍な声で言った。


「只今の御つばき、行く水につれてうたかたの間もなく消えるいのちが惜しく、すくい上げて飲み干してしまいました」

 そしてにっこり笑った。わざとだ!と思いつつ、これほどまでに詩的な受け答えをされれば三之丞の胸がきゅんとなったことも頷ける。


 方丈記の、

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」

 流れ行く水とうたかた(泡)とうたかた(短い時間)の固唾の「命」。このフレーズと場面の結合は西鶴先生の真骨頂であろう。


 物語はこの後、お互いに何度も屋敷まで送り送られして衆道の恋を深めていくのだが、この出会いがあったからのことであろう。


 と、勘右衛門の策略を知りつつ、三之丞は仕組まれた芝居に乗って衆道の契に至ったというのが私が自然に受け入れられるシナリオのように思える。


令和二年元旦

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る