異世界の最高権力者は意外と気さくである

 一番奥の部屋は、真っ白い壁に真っ白い床、奥にはうすいカーテン、天窓、という部屋だった。まさに美しい建築だ。しかしまだ、太陽の感じから思うに夕食には早くなかろうか。そう思っていると、

「案ずるな。イーソルでは夕食を陽が沈む前に摂る。陽が沈んでからは、水しか飲まれぬことになっている。ゾゾル神の教えだ」

 と、イルミエト公はそう言った。なるほど、だから昼があんなにあっさりしていたわけだ。


 みやびな音楽が聞こえてきた。カーテンの向こうに、純白の衣を優美にまとった男性と、金色のアクセサリーを身につけた、やはり白い装束の女性がやってきた。

「ずいぶん急だのう、イルミナ」

「どうしても急ぎお伝えしたいことがございました」

「そういう堅苦しいことは後でよいではないか。まずは食べよう。陽が沈んでしまう」


 そう言うなりカーテンをばーっと開けて、その人物が現れた。

 見事な金髪に蒼い目、眉目秀麗な美男子。その横には、亜麻色の長い髪を華麗な髷にした麗しい女性。これが、いやこの方たちがレオ帝陛下と、ローサ皇后。

 ごくりと息をのんだ。あまりに麗しい。現実世界の俳優なんてメじゃないし、まるで神々が地上に降りてきたようだと僕は思った。


「酒をもて」

 レオ帝陛下はそう侍従に命じられた。まもなくして、竹筒に詰められた酒がでてきて、次々侍女たちがお酌しに来る。匂いだけなら完璧に高級な日本酒。ごくりと息をのむ。


「これは東方で採れるコメを使った酒だ。これなら酒嫌いのイルミナでも飲むと思うてな」

 イルミエト公をちらりと見る。あからさまに渋い顔だ。レオ帝陛下はハハハと笑われ、

「まあ飲め。うまいぞ」

 と、野性的に言った。イルミエト公は恐る恐る口を付けて、

「初めて酒を美味であると思いました」

 と、そう答えた。レオ帝陛下は陽気に笑って自分でも酒を一口飲み、侍女たちに酌するよう命じた。僕も飲んでみる。う、うまっ。うまい酒は水に似るというけれどまさにそれだ。完全なる、いい匂いのする水。こんなうまい酒、日本にいたって高くて飲めない。


 感激しつつ、しばらくぶりのお酒にぽわーっとなっていると、

「そのものがかのイチゴやカッテージチーズを作っておるものか」

 と、レオ帝陛下はイルミエト公に尋ねられた。イルミエト公は顔を真っ赤にして、呂律の回らない口で、


「はひ。これがあのイチゴを育てておる稔というものです。このものは『観光農場』というものを経営しており、いまノイではこのものの『観光農場』に遊びに行くことが大流行しております」

 と、そう答えた。

「観光農場というと、農業を見世物にしておるのか?」

 何度目かわからない質問。僕はイルミエト公が答えてくれるだろうとちらりと見るが、もはやアルコールが回ってふわっふわになっている。仕方なしに僕が答える。


「そうではなく、農業、すなわち食べ物をつくることの楽しさを味わってもらうのが、観光農場です。イチゴを摘んで食べたり、牛乳やゆで玉子や、そういった産物を味わってもらい、農場ではどのようにして牛や鶏を飼っているのか見てもらうのです。また、歌姫を招いて、音楽を奏でて楽しんだり、ニワトリのレースに賭けたり、楽しい農場です」

「ほう。面白そうだな。どう思う、ローサ」

「ええ、素敵だと思いますわ。わたくしも行ってみたいくらい」

「どうぞお越しくださいませえ~」


 イルミエト公は完全なる酔っ払いになっていた。ダメだこりゃ。

「ははは。相変わらずイルミナは酒に弱いのう。次の膳を持て」

 次に運ばれてきたのはイカの刺身だった。それも、ちょっと熟成された、舌のうえでとろりとなるようなやつ。それに、魚醤をかけて食べる。

 う、うんめぇぇぇ~。涙が出るほどうめぇぇぇぇぇ。


 ルサルカばかり食べていた僕には衝撃的な美味。酒も最高にうまいし、この世界にもこんなうまい食べ物があるのかと感動する。

 イルミエト公もふらふらふわふわになりながら、

「おいひい~」

 などと言っている。イルミエト公もこういうごちそうはめったに食べないのだろう。


 その次は、ニラのお浸しだった。上には魚醤漬けの玉子の黄身が乗っている。ちょっと玉子を崩して口に運ぶ。う、うんめぇ~。


「ときに。従者もろくに付けず急に来たようだが、なにで来たのだ?」

「灯油で動く船です。ノイの錬金術ギルドが発明しました」

「灯油……噂には聞いていたが、燃える水からそういう燃料が採れるのだな」

「そうです。燃える水はさまざまな燃料をつくることのできる優れた産物です」

「ほう……突き返したのが惜しくなってきた。次の膳を持て」


 つぎはメインディッシュだ。マグロの頭を焼いたのがどーんと出てきた。

「西方の海で採れる大きな魚の頭だ。塩焼きにしてある。目玉がうまいぞ」

 レオ帝陛下は、実においしそうにものを食べる人だった。こういう人に食べてもらえて、うちのカッテージチーズもイチゴも嬉しかろう。


「ときにイルミナ。寝所はこの者――稔と同じ部屋でよいか?」

「はひ?」

 うおっ。これワンチャンあるんじゃね。イルミエト公はヘロヘロに酔っぱらってるからなんか変なことをしても気付かないんじゃね。どきどきする。


「別の部屋をお願いいたします」

 イルミエト公はそこだけしゃっきり答えた。ワンチャンネコチャンなかった。

「まあ寝所のことよりいまは魚だ。これも酒に合うでな、遠慮せず食え」

 マグロの肉をへじってもぐもぐしながら、心の中で(うっま)とつぶやく。酒にぴったんこだ。僕は日本一酒の好きな国からきている。これぐらいヨユーだ。


「稔とやら、おぬし、酒に強いのう。いずこより来た」

「ええと。この世界とは違う世界です。そこでも観光農場をやっていましたが、もうその国の人は観光農場よりもっと楽しい遊び場がたくさんあって、そちらに行ってしまうので、いつつぶれるか分からない塩梅でした。その世界では、貧乏人でも酒を飲むことができました」

「ほう。興味深い……いまこの世界で酒を飲めるのは貴族や金持ちだけだ。もっとたくさん作らせて、酒の池でも作ってみようか」

「あらいやだ。陛下、悪趣味でしてよ」

 ローサ皇后はだっきちゃんみたいな子ではないらしい。優雅に微笑み、盃から酒を飲む。


「そうか。ははは――ああ、次の膳で口直しか。持て」

 運ばれてきたのは、カッテージチーズにイチゴを飾り付け、はちみつをかけた、贅沢なデザートだった。見るからにおいしそうでごくりと生唾を飲み込む。


「お前の作っているイチゴやカッテージチーズはほんにうまい。南方の山で産する野蜜をかけて、もっとおいしくしてみた」

 イルミエト公もふらふらしつつそれを食べて、

「おいひぃ~」

 と恍惚の表情である。それを見てレオ帝陛下は笑われ、


「稔。お前の観光農場にいけば、作りたてのカッテージチーズや摘みたてのイチゴが食べられるのか?」

 と尋ねられた。

「はい。いくらでもご用意いたします」

「ふむ。……ああ、ずっと前、イルミナからの献上物として食べた時から思っていたのだが」

「……なんでございましょう?」

「イーソルに産する白馬を、礼として与えたい。再び食べてその思いが確かになった」


 白馬。

 確かにさぶろうとよしみだけでは心もとなくなってきていた。しかし白馬を下賜されるとは、驚き以外の何物でもない。

「いやか?」

「いえ。ありがたくいただきますです。僕らに馬は必要であります」

「よし決まりだ。ソリクス! 牧に仔馬を用意させよ」

「は」

 ソリクスさんのイケオジボイスが聞こえて、レオ帝陛下はご機嫌な酔っ払いの顔に戻った。

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