異世界のお祭りは大人のものである
ノイの街は異様な熱気に包まれていた。たなか農場のあった山を下りたところの街のお祭りより、圧倒的に派手だ。町には紙でつくられた花が飾られ、太鼓が鳴り響き、それこそギテトが大音量で歌われている。出店を用意し始めると、ノクシが周りのテキ屋さんに、
「おーノンさん。久しぶりだねえ。畑の牢名主になってたんじゃないのか」
とか話しかけられ、それにいちいち反応するので作業が進まない。やっぱり僕が一人でコンロを設置し、大量の鶏肉の入ったクーラーボックスを開けて串刺し作業ののこりをやった。
祭りが始まるのは昼。輿にのった首領が館を出て、街を見て回るところから祭りは始まる。祭りが始まってすぐノクシも手際よく鶏肉を焼き始め、ちらほら買う人が出てきた。
「すごい、たなか農場のゆで玉子は黄身が黄色い。黄身が黄色い玉子は特別においしいって噂になってるよ」
そう言って買ってもぐもぐする人から銅貨二枚をもらう。焼き鳥一本銅貨二枚ということは、高くても銅貨三枚のルサルカは本気で主食にする値段なのだ。
ずっと遠くに、輿が見えた。人ごみに隠れつつ、輿の上には見事に男の正装をしたイルミエト公、つまりイルミナ姫が座っている。目は伏せがちで、なにか思いつめた顔だ。
ついに、僕らの屋台のすぐ前に、イルミエト公の輿がきた。
すっと書状を出す。
「……稔?」
僕は無言でうなずき、書状を押しやった。イルミエト公はそれをとり、懐にしまった。
イルミエト公がちいさく頷くと、輿は動き出した。
祭りはますます熱気を帯び、歌姫たちも流行りの歌でなくギテトを歌っている。輿の通り抜けた後には、輿にすがろうという人々がぞろぞろつながっている。
「あれどういうこと?」
僕がノクシに尋ねると、
「あの人たちは直訴状を渡しそびれた人たちです。この日は首領にだれでも手紙を渡せる日ですから、お隣の若夫婦が毎晩うるさいとか、向かいの家が草むしりをしないとか、そういうことも直訴できるんです、ほぼ受け取ってもらえませんが。若が成功したのは面識があったからですね」
「だからその『若』っていうのやめてって何度言えば」
「お? ノンさん新しい親分みっけたのかい? 前の親分のとこ、指詰めて破門だもんな」
「いえいえ。親分でなくリスペクトできる上司です」
ノクシは白い歯をみせて笑った。テキ屋さんは肩をすくめる。ちらりと見ると、どうも的当ての出店らしい。なんだろう、あのきれいな模様のさかさまの花瓶みたいなやつ。
「それなんです?」
ノクシがいるので問題なかろうと思い、素直に尋ねてみた。
「これかい? 今話題のたなか農場で牛の種取りの道具っていうのが発明されて、それを人間用に作り替えたんだ。お兄ちゃん欲しいかい?」
要するに、そのものズバリ、オナホールである。
「いらないですよ! そんなむなしいのごめんです!」
「そうかい? まあそういう王子様みたいに背が高くてきれいな顔だ、必要ねえわな。モテモテなんだろ?」
「そういうわけでは……」
隣のテキ屋さんは意外と陽気なひとだった。的当てをやっているのは大人ばかりだ。どうやら、仮宮の例祭は子供が喜ぶタイプの祭りではないらしい。みなこういう時しか飲めないらしい酒瓶をもってふらふらしている。向かいの出店には、「チョソジュース」の文字。
とにかくノイの街は異様な盛り上がりで、人々は食べ、飲み、歌い、人生を謳歌していた。
ふと思い出す。大学生のころ、生まれて初めてカラオケに行ったときのことだ。僕は田舎育ちで、農場を出た下の街にはカラオケボックスはなく、中学高校のころもカラオケボックスというのは名前しか知らないものだった。
初めてのカラオケボックスで、僕は歌える歌がなくて「津軽海峡冬景色」を歌った。
僕が小さいころまだ免許を返納していなかった祖父ちゃんが、本人歌唱のカセットテープを軽トラのオーディオにぶちこんで聞いていたので、覚えてしまったのだ。
当然、カラオケに誘ってくれたやつも、うまくいけばいただきますできたかもしれない女の子たちも、ドン引きしていた。それでもフリータイムだったのでもっと歌おうとなって、「荒城の月」とか「あわてんぼうのサンタクロース」とかを歌った。まさにドン引き。それ以来カラオケに誘われることは一切なくなってしまった。
ガンダムが好きならアニソンでも歌えと思う方もいらっしゃるかと思う。だがガンプラは好きだったが、アニメは放送局の関係でちゃんと見たことがないのだった。
我が家では流行歌の番組をあまり見なかったし、ラジオもニュースだの投稿川柳だの、そういうのばっかり聞いていたので、しょうがないっちゃないのだが、とにかくドン引きされた。
あの世界は流行りの歌が歌えなければモテなかったけれど、この世界はギテトをうまく歌うことができればそれだけで男前なのだそうだ。となりのテキ屋さんの商売ものにお世話してもらわなくてもいいように、ギテトを練習しなければ。
とにかく仮宮の例祭はすさまじい熱気のなか進み、空が暗くなったら出店はつぎつぎと灯りをつけ、ときどきトップレスの女の人ややくざ屋さんがうろつき、なんというか世紀末の様相を呈してきた。
「これいつまで続くの」
「明日の朝の夜明けまでです。いまごろから飲み始めるひとが多いので、これから忙しくなりますよ」
ノクシの言葉通り、僕とノクシは次々ハツだのスナギモだのボンジリだのを焼き、それらはかたっぱしから売れていった。気が付けば夜明けで、気が付けば鶏肉もほかの食材も終わっていた。
「はあ……つかれた……帰ろう」
「まだです若。ゴミ拾いがあります」
「ご、ゴミ拾い?」
ワールドカップかよッ。普段の「インドかよッ」はどこにいったんだ。どうやら仮宮の例祭に参加するテキ屋さんは全員やらねばないらしい。必死でゴミを拾い、太陽が高くなったころ、ようやくノイの街は平穏を取り戻した。
迎えに来た父さんの馬車にのり、たなか農場に帰る。僕はまたしても馬車のなかで、小さな子供が暴れすぎて電源が切れるみたいに眠りこけてしまった。
帰ったらいつもの業務が待っている――目が覚めたら仏間に大の字で寝ていた。目が覚めたら、麦子祖母ちゃんの遺影と目が合った。
むくりと起きて頭を掻く。
どうやらふらふらでここまで歩いてきて寝てしまったらしい。
時計をみる。もう夕方をかるく過ぎていて、やべ、と思って体を起こし、家を飛び出した。
「作業ならぜんぶ終わったわよ?」
母さんのサラダせんべいなみに軽い宣告。あちゃあ、とやっていると、
「大丈夫。一人二人欠けたってなんとかなるわよ」
と、変な励まし方をされた。
もう夕飯のルサルカが焼けたところだった。ため息交じりに夕飯の食卓につく。ルサルカ、やっぱりおいしくない。白い飯が食べたい……。
ノクシがきのうの僕の武勇伝を語っていた。いや武勇伝というほどのものではない。大学の学園祭の焼きトウモロコシで鍛えられただけの話だ。
夕飯を食べ終え、さて寝るかと立ち上がると、山道を一騎の馬が駆けてくるのが見えた。二つの月に明々と照らされたその馬上には、整った身なりの人物――イルミエト公。
「稔はおるか!」
イルミエト公はそう叫んだ。僕は平伏し、
「ここにおります」
と答えた。
「急ぐぞ。イチゴとチーズを持て」
「イチゴ……と、チーズですか。どうされたので」
「レオ帝陛下に、直談判しにいく」
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