異世界では政治家の機密情報が衛兵にダダ漏れである

 だが問題がある。貴族の言っていたことをそのまま信じていいのだろうか。派閥とか、そういうのあるだろうし、だいいち本当にロラク卿はイルミエト公を失脚させたなか農場を潰すつもりなのだろうか。


「裏を取る必要があるな」

「どうやって」

「ロラク卿をつける。それ以外あるまい」

 父さんよ、そんな気軽に言わんでくれ。というわけで、次の日僕は強制的にノイに連れていかれ、ロラク卿について調べて回ることになってしまったのだった。


 まずは、いつもお世話になっているノイスポ本社にお邪魔し、政治経済部の記者のひとに聞いてみたところ、「うちの記事は八割でっちあげなんで」と、またしても「インドかよッ」だった。いやインドでもでっちあげを新聞に書いたりはしないだろうけど。ネットニュースの早バレなみにたちが悪い。


 ノイスポがアテにならないのは想像していた。ノイ曙光新聞社のビルにそのことを訊きたいと尋ねていったら、受付のお姉さんに笑顔で追い返された。やっぱりそういう情報は社外秘なのだろう。


 途方に暮れた。ただお腹がぐーぐー言って、ひたすらしんどい。太陽の位置から想像するにそろそろ昼だな――そう思ったら噴水の広場に面して建っている建物のからくり時計が動き、昼を告げた。この間の定食屋に一人で入り、ルサルカと野菜の塩漬けをバリバリ食べていると、奥の個室から誰か出てきた。なにやらノイのひとの服とは違う服を着た人と、――ロラク卿だ。こんな庶民的な店でランチミーティングなんかするのか。意外に思って、これは好機だとそっとあとをつける。


「やはり安い店は安い値段の味しかしませんな」

 異国の装束の人がそう言い、ロラク卿は頷いた。

「仕方ありますまい。ふだん食べている店にはハダカ新聞やカストリ雑誌の記者が虎視眈々とスキャンダルを探しておりますからな」

 ハダカ新聞。カストリ雑誌。いつ時代だよ。いやこの世界ではいまなのか。


 つまりそういうものの記者にばれてはまずいことを話していた、ということではあるまいか。


 つけていくと、ノイの街にしては静かな一角にたどり着いた。立派な屋敷が建っている。どうやらロラク卿の邸宅のようだ。門の前には衛兵がいて、主人の帰りをきりりと迎え入れた。

 ロラク卿と、異国の人が入っていったあと、衛兵たちは地面にマス目をかいて○×ゲームを始めた。なにやらぼそぼそ、愚痴を漏らしている。耳を凝らす。

「ついてないよなあ。あのイーソルからの使者が来てる間だけっつってもさ、いつもより鎧だって重たいしさ、なーんも楽しいことないよなー」

「それより聞いたか? きのうロラク様が酒の席で使者に『いずれ愚かなイルミナ姫を引きずり降ろしてごらんに入れましょう』って言ってたぞ? いいのかねそういうこと言って。できるかも分からんのに。レオ帝陛下はイルミエト公の贈り物に喜んでるんだろ?」

「でもそれでイルミエト公は諸侯からの恨みもかってるらしいぜ。ゆくゆくは潰されるんだろ。どうあがいたってイルミナ姫だ」


 酒の席。酒を飲むとつい本音が出るのは誰だって知っていることだ。というか、宴会で言ったことがぜんぶ衛兵に漏れているが大丈夫なんだろうか。


 とにかく、これでロラク卿がギルティであると判明した。早く帰って書状にしたためたい。しかし夕方までまだしばらくある。ここから広場に戻るころになるのかな。迷子になりかけながら広場に戻り、いつぞやの浮浪者をちらりと見つつ噴水のへりに座って待っていると、父さんが馬車にお客を乗せてやってきた。お客が降りるのを手伝い、

「ばっちし掴んできた」

 と言って馬車に乗る。

「どういうルートで?」

 のんびりそう尋ねられ、なんとなくイラっとした。僕が必死で慣れない探偵業をしている間に、父さんはのんびりとお客の世話をしていたわけでと思うと、なんだか腹が立ってきた。


「だからさ、まずはノイスポとかノイ曙光新聞社とか回ったけどノイスポはでっちあげだっていうし曙光新聞のほうは社外秘だっていうし、仕方なくお昼を定食屋さんで食べてたらたまったまロラク卿とイーソルの使者がいて、そっとつけて迷子になりかけつつロラク卿の邸宅まで行って、ロラク卿の邸宅の……」

「お、おう、わかった。すまんすまん」


 僕は完全に、早口の激怒モードで喋っていた。そうだ、インターネットを家に引いた時だって父さんはのらりくらりして結局セットアップはほぼ僕がやった。ワイファイの古いルーターが壊れた時だって、ほぼ僕が対応した。


 僕がこういう喋り方をしているときは、だいたい怒っている時だと父さんも学習したらしい。僕はなだめすかされて、はあ、とため息をついた。


「でもこれでロラク卿がイルミエト公を転覆させようとしてるのはあきらかだ」

 僕はそう言い、馬車の椅子にかけた。

「というか、レオ帝の支配下の諸侯たちからも、イルミエト公は疎まれているらしいんだ」

「……そうか。イルミエト公はうちの農場にとてもよくしてくれた。なんとか助けねば」

「……きょうの農場、どうだった?」

「盛況だったぞ。イチゴ牛乳は母さんが回した。お土産のカッテージチーズやゆで卵もよく売れたし、イイ感じだ。歌姫もきたぞ、なんだっけな……バキュームとかいう女の子の三人組で、キレッキレに踊りが上手いんだ」

「へえ……にぎやかなようでよかった。あぁ……なんだかすごく疲れたな」

「寝てろ。着いたら起こしてやる」


 そのまま、僕は馬車の座席に寝転んで、スヤァ、と眠ってしまった。変な夢を見た。イルミエト公が僕に求婚してくる夢だ。アレーアが迫るならまだわかるが、なぜイルミエト公が。許嫁とかいるんじゃないの、そういう身分のひとなら。夢の中でそんなことを考えた。


 目を覚ますともう農場だった。夕方の作業が待っている。

 作業しているとついに作業着の肘がぬけてしまった。ワークマンに行きたい。発熱素材のTシャツとか、厚手の作業着が欲しい。あと軍手もだいぶぼろっちくなってしまった。新しいのを一束買いたい。

 母さんが裁縫箱からアップリケを出してきて肘を補修してくれたが、僕が幼稚園のころの、きかんしゃトーマスのアップリケである。ちょっと恥ずかしい。アレーアは、

「……なんか気持ち悪い顔だね」

 と素直な感想を言った。確かにきかんしゃトーマスは機関車というものを知らない人にはいささか気持ち悪い、というのは理解できる。


「なんか別のなかったの母さん」

「あとは電気ネズミとかしかないわよ」

 電気ネズミってひどい言い方だな。ちゃんと名前で呼んでやんなよ、と言うと、

「あとはミッk」

「それはそれ以上言っちゃだめだ」

 ということになった。


 ため息をひとつつく。それから万年筆を出してきて、コピー用紙に走らせる。イルミエト公宛の書状だ。仮宮の例祭で渡すのである。

 仮宮の例祭がどんなものかは分からないが、まあめでたいお祭りであろう。屋台で売るものはなにがいいか協議し、焼き鳥を売ろうということになった。


「や、焼き鳥ってことはあのニワトリたち絞めるのけ……?」

「そういうことになるな。いささか雄鶏が増えちゃったからちょうどいい」

「いささかなんてもんじゃないよ、仮宮の例祭はものっすごい人が集まんだよ。そりゃもう、ノイの周りの村々からかたっぱしから集まんだよ。おっかねえんだよ!」

「じゃあなにか別の食べ物も売ろう。なにがいいかな――ネギがあればなあ。ねぎまが売れるのに」

「ねぎ?」

「知らない? こう細くて長くて、白と緑色で、歌姫が振り回すやつ」

「さあ、さっぱりわかんないねえ」


 最後の「歌姫が振り回すやつ」はあきらかに蛇足だったがまあいい。野菜もまだ食べられるほど育っていないし、イチゴを串刺しにするわけにもいかないし、うーむ。発酵学とっとけばよかったな。本物のチーズが作れればチーズタッカルビなんかも売れたのに。


 まあ大学時代の怠慢を嘆いても仕方なかろう。ゆで卵を切って串にさすことになった。名付けて親子串だ。たれはないので塩のみ。ニワトリは内臓にいたるまで全部使う。


 そのあと、アレーアの口から、仮宮の例祭というのはなんと三日後だと判明した。そういうわけで、みんなでせっせとニワトリを絞めることになってしまった。すまないニワトリよ、この農場の運命がかかってるんだ……。


 みんなニワトリノイローゼになりかけたころ、ようやくお祭りの日になった。物置から出してきたバーベキューコンロや備長炭、そういうものを馬車に積み、僕は作業服の中に書状をしっかり持った。父さんとノクシと僕とでノイに向かう。アレーアはハラハラした顔で僕を見送った。

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