異世界にもお祭りはある

「あれ?」

 先に風呂から上がっていた母さんが、リモコンをぽちぽちいじっている。


「どしたの」

「急になんにも映らなくなっちゃった。ニュースすら映らないわ」

 僕は、ああ、もうこのテレビは役目を終えたな、と悟った。僕らが死んでしまい、焼かれ、埋められるところまで映して、テレビはこの世界における役目を終えたのである。


 電気の無駄なのでコンセントを抜いておく。


 僕は部屋に帰り、ベッドにぼふっと転がった。もう、元の世界とはなんのつながりもない。厚弥伯父さんが金の無心にくることもFXを勧められることもない。

 実家が離農した友達に、「やっぱ農業で食べてくって無理だよ」みたいなことを言われることもない。なぜなら僕らは死んでいるから。


 仏間からおりんの音がした。むくりと起きていってみる。祖父ちゃんが、真面目な顔で仏壇に手を合わせていた。

「麦子。俺の戒名、どんなだべな」

 戒名て。でもあれだけ大規模な死者が出たら、それこそお寺は大忙しだ。戊辰戦争並みである。中学のころ総合的な学習の時間とやらで近所のお寺に行って、語り継がれている戊辰戦争の話を聞いたのを思い出す。あのお寺の住職さん、生きてるかな。


 祖父ちゃんはしばらくさみしそうに仏壇に手を合わせた後、すっくと立ちあがり、

「明日は久々に育苗ポット使うどぉ。楽しみだ」

 と、死んでいる人にしては随分と明るい調子でそう言い、寝室に向かった。僕もさっさと寝よう、と部屋に戻ろうとして、一瞬壁にかけられている祖母ちゃんの遺影を見上げた。祖母ちゃんは、一番いい着物をきて、にこにこしている。僕のお宮参りのときの記念写真から切り抜いたやつなので、亡くなった当時よりかなり若い。


 僕にも「なんとか居士」みたいな戒名がついているんだろうか。それはそれでおもしろいな。

 小さく笑い声が出た。部屋に戻って、ひどく大笑いした。大笑いした後、涙が一筋、頬をつたった。


 目をごしごしして寝間着に着替えた。早く寝よう。起きてるからこうやって感傷的な気分になるんだ……。

 布団に潜り込んで目を閉じる。

 早く明日になれ。


 さて、「早く明日になれ」なんて望んだせいで、いや望まなくても明日はくるわけで、僕は相変わらずの農作業をしていた。牛たちはすっかりここの気候に慣れてきたようで、元気いっぱいである。


 父さんが街からお客をピックアップして帰ってきた。きょうも満車である。祖父ちゃんはノクシに育苗ポットを見せてびっくりされている。母さんはカッテージチーズを作り、僕はアレーアに読み書きを教えながら、ドラゴン飼育のハウツーをノートにまとめている。


 ドラゴンには人を食う種類と、岩を食う種類とがあるらしい。イーソルの先帝が飼っていたのは後者で、祖父ちゃんが撃ち落とそうとしたのも後者だ。人を食う種類でなくて本当によかったと、いまさらのヒヤリハットにぞわっとする。


 アレーアはどうしても「R」が書けなくて苦しんでいる。やっぱり大人になってから読み書きを覚えるってつらいんだなあ。お客がきたので、アレーアは立ち上がりイチゴハウスに向かった。僕も文献とノートをしまって、イチゴ牛乳スタンドに待機する。


 この間、飲みそびれて駄々をこねていた男の子がやってきた。出してやると、目をきらきらさせながらイチゴ牛乳を口にした。やっぱり作ったものを食べているところをじかに見るのは気分がいい。


 きょうはどこかの娼館からやってきたご一行というのもいて、派手ないでたちの女の子たちが、日ごろの鬱憤を晴らすようにニワトリレースに興じている。そのうちの一人が近寄って来て、


「ここ、チョソの実ってある?」

 と尋ねてきた。あるわけがない。あれ要するに覚醒剤でしょ。そう突っ込みたかったが穏便に、

「うちでは扱ってないです。ごめんなさい」

 と答えた。彼女はふーん、と言い、ほかの女の子から分けてもらってバリバリやり始めた。そんなまるでレッドブル飲むみたいに食べるのよくないと思うよ……。


 僕はふと(デデラ草の葉を干して煎じた汁に、チョソの実を配合したら、ちょっとした麻薬ができてべらぼうに儲かるのではなかろうか)と、やくざ屋さんみたいなことを考え、いやいやと首を振る。それは農業ではない。鬼畜の所業というものだ。


 イチゴ牛乳は今日もたくさんはけた。あっという間に終了のお知らせだ。

「あれ。イチゴ牛乳終わっちゃったの?」

 身なりのいい男の人がやってきた。いかにも貴族っぽい。

「はい。終わりです」

「そっかあ残念。それにしてもここ、ずいぶんと賑わってるね」

「これが本来農業のあるべき姿です。囚人に強制労働としてやらせるのはいかんのです」

「うむ確かに。強制労働からおいしいものがとれるとは思えないしね。ロラク卿はここをお取り潰しにしたくて仕方がないみたいだけど」


 ロラク卿。また出てきた。もう顔を忘れかけているのに悪い人のイメージで頭にインプットされている。

「ロラク卿は、ここをお取り潰しにしてイルミエト公を失脚させるために、イルミエト公の周りの人間にここをヨイショさせてドラゴンを飼わせようとしてるらしいよ」

「……はい?」


 びっくりした。てっきりイルミエト公が自ら決めたことだと思っていた。

「そんなこと頭フワフワのお姫様が思いつくかい? ドラゴンだってイルミエト公は岩を食べる種類を連れてくるつもりでいるんだろうけど、ロラク卿は猟師ギルドに火竜の卵を探すようイルミエト公の名前で命じたってもっぱらの噂だよ」


 火竜というのは人間を食べるタイプのやつだ。口から高温の炎を吐き、都市を壊滅させるほどの力を持つという。

「でもなんでそれでイルミエト公が失脚するんです?」

「イーソルのレオ帝は属国が武力を持つことを嫌う。それで機嫌を損ねる。そしたらハバトの地のまつりごとはイルミエト公に任せることをやめるって寸法さ」


 もしイルミエト公が失脚したら、ここの食べ物の味を知る人がハバトの地の為政者でなくなる。そして権力を手にしたロラク卿はここを潰そうとするだろう。ロラク卿は、食糧生産は囚人の強制労働で充分だと思っているに違いないからだ。


 やばい。

 語彙力の崩壊はさておき、なんとかイルミエト公を守らねばならない。

 なにか手立てはないだろうか。


「ところでさ、仮宮の例祭にここもなにか屋台とか出すの?」

「かりみやのれいさい?」

「ああ、ここのひとは異国人なんだっけ。毎年ノイで開かれる祭りでね、輿にのって首領が街を練り歩くんだ。道沿いには屋台がずらーっと並んで……ここもさ、そういう屋台とかやりそうな人いるでしょ」


 ノクシのことだな。納得して、仮宮の例祭というのは初めて聞いた、これから検討する、そう答えた。その貴族は、申し込みとかなしで好き勝手に屋台を出せる旨を話し、帰りの馬車で帰っていった。


 父さんが帰って来て、夕方の作業をし、その「仮宮の例祭」の話をした。

「面白そうだな、たなか農場を庶民の人にも知ってもらういい機会だ」

 父さんは乗り気である。母さんや祖父ちゃんもニコニコしている。

「でもそういう屋台って基本的にこっち側の人間の仕事で」

 と、ノクシが不安げに言う。やっぱりこの世界でもお祭りの屋台はやくざ屋さんの仕事らしい。アレーアもものすごい勢いで首を縦に振っている。


「だったらノクシが屋台をやってくれればいいじゃないか。稔に手伝わせるから」

「勝手に決定しないで。ちょっと待って、それともう一つ言うことがある」

 ロラク卿のたくらみについて説明する。


 一同困った顔になる。そう、イルミエト公はこの農場にとてもよくしてくれた。ロラク卿のたくらみに気付いていないとなれば、それを知らせるのが筋だ。


「じゃあ。祭りの輿がきたとき、文を渡せばよいのでは。仮宮の例祭で回ってくる首領の輿に、文を渡すのは自由です」

 決定である。仮宮の例祭の日、イルミエト公にロラク卿のたくらみについての文を渡す。

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