たなか農場の便乗商法が異世界に広まっている
とにかく頭を下げてから店を出る。よしみの周りにはたくさんの人が集まって、素晴らしい馬だっぺ、なんてことを言っている。ひらっと乗ると歓声が沸いた。アレーアの手を引っ張って乗せてやる。
僕はアレーアに提案した。
「……あのさ。ただ帰るのもさみしいから……ノイでなんか買い物でもして遊ぼうか」
「買い物して遊ぶっつう感覚がよくわがんないね」
「じゃあ、この世界の人は、デートするときなにして遊ぶんだい?」
「庶民はデートなんて破廉恥なことしないよ。デートするのは男女で口をきいても捕まらない貴族さまくらいだあ」
「そうなのか。うーん……なにをして遊ぼうかなあ。僕もデートなんてやったことないしな」
「え」
しまった。心の声がだだ洩れになっている! アレーアは驚いた顔をして、
「稔さんみたいにカッコイイひとが、自由な国に住んでたのに、デートしたことないのけ?」
と尋ねてきた。僕はハハハと笑って、ちょっと自虐的に、
「身長くらいしかカッコイイとこがないのさ」
そう答えて、よしみの脇腹を軽く蹴った。
「そんなことないっぺ。稔さんは文句なしで男前だよ。そんな男前なひとの、初めてのデート相手になれて、その……なんつうか、嬉しいよ?」
どきりとした。
アレーアにいちいちどきどきさせられるのはなんとかならないものか。とりあえず門をくぐってノイの街に入る。ノイの町は相変わらず活気のあるところで、僕は、
「なにか欲しいものない? 安いものなら買ってあげるよ」
と、アレーアに言った。アレーアはしばらくもじもじして、
「じゃあ、ビン留めが欲しい。前髪が伸びてきて鬱陶しいから」
と、そう答えた。ヘアピンなら母さんが持ってるんじゃないだろうか。でもそんなの夢が壊れる。小間物屋の店先でよしみから降りて、店先に並べられたかわいいヘアアクセサリーを、アレーアと眺める。
「わあ、これかわいい……でもあだすにはきっと似合わないね」
アレーアはひとつ、ヘアピンを手に取った。イチゴをデザインした赤い飾りがついている。どうやらたなか農場ブームに便乗した品らしい。店主は自慢げに説明を始めた。
「これはね、いま大人気のたなか農場で食べられる果物の」
「イチゴでしょー。あだすたなか農場で働いてるからわかるよー」
「え。お客さんたなか農場のひとなの。そ、そりゃあ失礼」
「これ、似合うんじゃないか? 欲しい?」
「可愛すぎて似合わないよお。恥ずかしい」
「そう言わないの。これいくらですか」
「銀貨二枚……ですよ」
「ほらぁやっぱり高いし。これじゃなくていいよお」
「はい、銀貨二枚」
僕は店主に銀貨を二枚渡し、アレーアの前髪をそのかわいいヘアピンで留めてやった。
「ほら可愛い」
鏡を見せてやる。アレーアはもじもじして、
「恥ずかし……」
と目線をそらした。
「……じゃあ、そろそろ本当に、帰ろうか」
「うん。ありがと、稔さん」
よしみに乗り、アレーアを引っ張ってやる。バイクで二ケツしてデートするのって、こんな感じなんだろうか。アレーアは僕の後ろに座ると、僕の背中にしがみついてきた。
やわらかいアレーアの体。なんだか、すごく、興奮する。
「帰るっぺ、稔さん?」
「うん」
アレーアの北関東訛りも素直に聞いて、僕はよしみを歩かせた。もう、北関東訛りは、ほとんど気にならなくなっていて、アレーアという人間の一部分なのだと肯定できる気がした。
ノイの街を出て、広い平原を進む。ゲームでしか見ないような広い土地を、ゆっくり進んでいく。
農地では相変わらず囚人が働いている。牛馬も懐いているようには見えないが、それでも可愛がってみようということなのか、ブラシをかけようとして馬に蹴飛ばされているのが目に入った。あれ、確実にあばらがいったぞ。
農地を抜け山道をゆっくり進んで、たなか農場についたのは夕方の乳搾りのちょっと前だった。
よしみから降りて、アレーアは洗濯を干している母さんに駆け寄って、
「これ! これ稔さんに買ってもらったんですよお!」
と、さっそくイチゴのヘアピンを見せびらかした。ああ、これ覚えがある。麦子祖母ちゃんが生きていたころ、新しい洋服を買ったらまずは麦子祖母ちゃんにみせびらかして、「いいもの買ったね」と褒めてもらうやつだ。母さんはちょっとびっくりした顔で、
「素敵じゃない。なに、これ稔が買ったの?」
「そうですよお。銀貨二枚もしたんですよお」
「へえー。稔、ひどいモテないクンだったのに。奥手だとばかり思ってたけど、ちゃんとこういうこともできるんじゃない」
地味に僕の心をえぐるのはなぜだ、母さんよ。
とにかくアレーアはそのイチゴのヘアピンを農場の全員に見せびらかした。なんとコロにまでだ。コロはまるで興味なしですやすや寝ていたが、まあアレーア本人がそうしたいならしかたあるまい。というか、アレーアが嬉しそうで、僕も嬉しい。
夕方の乳搾りを始める直前に、ノクシが帰ってきた。手にはいろいろ紙袋が握られていて、どうやら野菜の種のようだ。
この世界にきたとたん、うちの畑に植わっていたものはほぼ全滅していて――土地が痩せているせいだと思う――、この世界に適応した種があればありがたい。ただし、まるで品種改良が進んでいないので、あまりおいしいものではないと思われる。実際ノイのキャベツは鬼のように硬くて鬼のように青臭かった。
乳搾りを終えていつものように夕飯を食べた。テレビデオをつけると、僕らがこの世界に飛ばされたときの地震で亡くなった人の合同葬儀の様子をやっていた。
さすがに特定の宗教のやり方ではなく、集められた遺族が白い菊の花を祭壇に一輪ずつ置いていく方式で、首相が弔辞を読んでいる様子を移していた。
それからカメラは遺族のインタビューを始めた。んん? この人見たことあるぞ。母さんの兄さん、つまり伯父の厚弥さんだ。
「妹の家族が全員、はい。でもきっと天国から見守ってくれていると思うので。大学を出たばかりの甥っ子も」
厚弥さんはおいおい泣き出した。それを、田中家の面々はシラケた顔で見つめた。このひと、田中家では「金の無心にくるくせに『農業なんかやめてさーいまはFXだよ』と、財テク的なことを勧めてくる、面倒なひと」という扱いになっている。FXで稼げるならなぜ金の無心にくるのか。さっぱり分からない。
母さんがぶつっとテレビを停めた。
「あーゆーのは見ないに限るわね」
辛辣にそういうと、母さんはルサルカをもぐもぐ食べ始めた。僕もそうする。父さんも、祖父ちゃんも、ノクシも、アレーアも。
まさか厚弥さんだって僕らがこうして異世界で農業をしているとは思うまい。でも、僕らは確実にあの世界では死んでいて、すでに斎場を通過して骨になっているのだ。
ふと、小学校の同級生のクリスチャンホームで育ったやつを思い出した。聖書のなかに、
「乾いた骨が生きるのです」
という言葉がある、と言っていた。それを聞かされたクラスのみんなは、ドン引きした。
あの同級生は生きているのだろうか。きっと都会に出ていたろう。ものすごくメンタルが強いやつだったし、あいつには聖書というものすごい味方がいた。
高校のころ校舎の前で、ギデオンとかいう団体のおじさんたちが聖書を配っていた。最初に、「おりに適う助け」というページがあって、「病気のとき」とか、「悲しい時」とか、そういうときにそこを開けばすぐ効く話が載ってるよ、というのがあった。テスト前でメンタルが死にかけたときとかにお世話になった記憶がある。あの聖書どこやったんだっけな。ああ、この世界は中世風だけどキリスト教っつうものはないのか。
そんなことはどうでもいい。
明日も仕事だ。夕飯を食べ、ノクシがこっそりコロにカッテージチーズを食べさせているのをちらりと見て、それからドラム缶風呂に入った。さて寝るか。明日も当然仕事だし、どうせテレビは娯楽番組をまるで映してくれない。
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