たなか農場、異世界の領主に気に入られる

 ――さて。

 お客さんが安定的に農場に来てくださるようになってちょっと経った。

 アレーアもノクシも、すっかりたなか農場の暮らしに慣れた。しかしまだノクシは僕のことを「若」と呼ぶ。だんだんなじんできたが、それでも物騒な感じがする。


 ただ我々がもっと慣れねばならんのはルサルカである。どんだけ食べても慣れないほどまずい。ニシンってもっと脂がびっちりついておいしい魚じゃなかったっけ。ルサルカはぱさぱさするしもそもそするし、そのくせとんでもなく魚臭い。骨もすごいし、内臓まで残ったまま干してある。おいしいわけがないのだ。


 カレー粉も七味唐辛子も尽きてしまい、味のある食べ物があんまりない。

 僕らがすごくおいしくない顔でルサルカを食べるなか、アレーアとノクシはおいしそうにルサルカを食べている。どういう味覚なんだ。

 コロもルサルカを食べている……と思ったら、なにやらノクシに懐いている。ノクシは皿で手元を隠してこっそりコロにカッテージチーズを食べさせていた。なんてもったいないことをするんだと卒倒しそうになるが、その夕飯のあとそっと理由を聞くと、

「どうにもカッテージチーズって苦手でして……捨てるよりならコロさんに食べてもらえたらと思って」

 という返事だった。コロは尻尾をぶんぶんしている。……まあ、コロはこの農場の守護神みたいなもので、コロがいるから魔物はこないわけで、長生きしてもらうに越したことはない。


 夕飯の片付けを終え、部屋に戻る。

 あーあ。異世界に転生したのに、ハーレムにはならんのか……。

 僕はあの葬式のギテトを歌ったとき、本当にこの世界に転生したのだと思った。だから、異世界生活をなるだけエンジョイしてやろうと思っている。


 その一歩目が異種族ハーレムだったのだが、亜人種というものはこの世界には存在していないし、だいたいハーレムになるほど好かれるとも思えないし、そういうのに使うチートスキルはない。僕らのチートスキルというのは、農業技術だけなのだ。

 しかし物置から出てきた野菜の種は芽を出さなかったし、だんだん配合飼料や灯油も限界が見えてきた。なんとかする方法を考えなくては。

 とりあえず喫緊の課題は、牧草地である。


 牛たちがすっかり草を食べてしまい、もとから痩せてあまり栄養のありそうな草の生えていなかった牧草地はもうほとんど裸だ。

 堆肥をすき込んでみたけれど、それですぐ回復するわけではないし、もともとたなか農場はクローバーやチモシーがびっしり生えているところだったので、あんまりそういうことを考えたことがなかったのである。当然、この世界で牧草の種なぞ手に入らないし、……どうしたものだろう。

 手っ取り早いのは、農地を拡大することである。電柵の向こうにはデデラ草だけでなく、様々な葉っぱが青々と茂っている。しかしそれだって許しがなければできないのだろうし。ううんと考え込む。


 考えたって仕方がない。下手の考え休むに似たりだ。さっさと寝よう。

 翌朝、その話を作業しながらたなか農場の面々に言う。父さんが、

「確かになあ……雪は降らないそうだからたくわえることを考える必要はないけれど、いまの放牧地はいささか手狭で植物も減ってきたな……」

 と、真面目な表情で考える。

「土地を広げるのって勝手にやっちゃダメなんですか?」

 僕がノクシにそう尋ねる。ノクシは首を横に振る。

「ここの土地はすべてイルミエト公のものです。こうやって突如出現した農場を安堵してもらえるだけで奇跡ですよ」

「そうかぁ……」


 そのとき外から、

「たのもーう」

 と声が聞こえた。なんだなんだ。僕が出ていくと、立派な身なりの男が、書状をもって立っていた。


「たなか農場の稔殿宛に、御屋形様から御手紙である!」

 かしこまってその手紙を受け取る。男は帰っていった。なんだろう。開いてみると、どうやらノイにある領主の館にこい、という呼び出しの手紙のようだった。

 

 牛の世話を終えた父さんらがやってくる。手紙を渡すと、

「なんだ、お白洲に引き出されたか」

 と縁起でもないことを言われた。理由は分からないがノイに行かねばならないらしい。せめて理由を書いてほしかったが、まあそんなこと言ったって「インドかよッ」クオリティの世界である。無理というものだ。


 そういうわけで、馬車に乗りノイに向かった。噴水の広場で父さんと別れて、一人領主の館に向かう。だいたいRPGの街と同じ仕組みで、街の中央通りをまっすぐ一番奥まで進んだところに、領主の館は立っていた。


 分厚いレンガ造りの建物で、見るからに立派である。でもレンガはきちんと接着してあるわけでなく、ところどころ抜け落ちている。

 もしかしたら、ハバトの地の経営というのはかなりカツカツなのではあるまいか。


 入口で番兵が槍を交差させて僕を停めた。手紙を見せると、

「我々は読み書きができんのだ」

 と言われた。識字率! 識字率!


 入口でわちゃわちゃもめていると、館から家臣のロラク卿が現れ、僕を一瞥して渋い顔をした。それから、

「御屋形様がお通しするように言っている」

 と番兵たちに声をかけた。無事に通してもらえて、ロラク卿にお礼を言ったのだけれど、無反応だった。なんだこの人。悪役かよ。


 館の中に入ると、ほわっと暖かい。レンガの壁は二重になっていて、壁の中で火を焚いているようだ。案外狭い館の中を、若干挙動不審しつつ進む。


 やっぱりRPGなんかと同じで、一番奥が謁見の間だった。手紙をロラク卿に確認してもらい、謁見の間に進む。跪いて頭を下げていると、例の少女の声で、

「面をあげよ」

 と、命令が飛んだ。


 顔をあげると、イルミエト公が、女の子のなりをして豪華な椅子にかけていた。

「相変わらず背が高いなお前は」

「恐縮至極です」

「べつにそんなくだらんことでかしこまらんでもいい。お前たちの農場の噂が耳に入ったものでな、気になって呼びつけたのだ。迷惑だったか?」


 ハイ迷惑ですと答えたかった。だがこらえて、いえそんな、と言えた。

「そうか。お前たちの農場のおかげで、ノイの市民は栄養状態がずいぶんよくなったらしい。私も主食がルサルカの生活ではいつまでも後進国だろうと考えておる」

 後進国。現代日本じゃ聞かなくなった言葉だ。発展途上国、という言い方のほうがなじむ。だがそれをいちいち言っていては話は進まない。


「農場の調子はどうだ。牛は餌を食べておるか」

「それが、その……草の生えている土地が足りず、牛の乳が減っております」

 牛の乳が減っている、というのはちょっと盛った。イルミエト公はふむ、と考え込む。それから、控えている従者に、


「地図を持て」

 と命令した。三十秒も経たぬうちに、地図が出てきた。それをひろげて、

「たなか農場はこのあたりだな?」


 と、魔物が描かれている山のあたりを指さす。よくわからないが、地図は中世ヨーロッパの地図に似て、四隅には息を吐いて風を起こす天使が描かれ、海には某海賊漫画の海王類みたいなやつが泳いでいる。

「ええ、そのあたりかと」

「この辺の土地は大した産物もなくほったらかしになっている。そうだな、農地を広げる許しを出そうではないか」

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