異世界の娼館は同じ名前だらけである

「とにかくそういう子はここじゃお門違いだ。西の飲み屋街行ってみな。近所の村から、いろんな女の子が集まってて、公娼通りじゃ満足できない変態のお客がわんさか行くからね」


 大ババアさんのありがたいアドバイスを聞き、ひらりとさぶろうにまたがる。

「お兄さんかっこいいねえ。あと三十若かったら一緒に寝たかったよ」

 そう言う大ババアさんにからかわれつつ、街の西側に向かった。


 街の西側は、居酒屋やレストランを装った娼館が立ち並んでいる。看板を見る限り、女の子を指名して、お酌してもらい、それで気に入ったら追加料金を支払い二階なり奥の部屋なりで致す、そういうシステムのようだ。


 こっちも朝なのでいたって静かである。さすがに寒いので、地面に転がって寝ているような人はいない。

「飲ませ処アレーア」という看板をみつけてドキリとする。そういやアレーアが言っていた。この近辺では、アレーアというのは女の子のとてもありふれた名前なのだと。


 さすがに名前を呼んで探したらアレーアさんの一個大隊が出てくるな。

 ガラス戸のむこうで中年男性が木の実みたいな変わった嗜好品をかじりながら帳簿をつけているのが目に入った。あの、とドアをたたいてみる。


「もう酒場も女の子も営業終わりですよ?」

「いえ、人を探していて。使用人の女の子が家出してしまって、東の公娼通りじゃそういう女の子はとらないって大ババアさんとかいうひとから聞かされて」

「へえ。大変だねえお兄さんも。どんな子だい」

 僕はこうこうこういうひとです、とアレーアの見た目や喋り方を説明した。

「んーと。きのう飛び込みで雇ってもらえないか、ってそんな女の子が来たってかみさんが言ってたな。でもあんまり田舎臭くておぼこいもんで、とてもじゃないけど雇えたもんじゃないって追い返したらしい。えーと、知ってるのはそれくらいだ。お兄さんもこれどう?」


 その中年男性は木の実を勧めてきた。

「なんですこれ」

「チョソの実っていって、かじると頭がさえて元気になる。徹夜のお供に最適」

 エナジードリンクみたいなものなんだろうか。とりあえず遠慮する。


「この西の飲み屋街は東の公娼通りと違って女の子ならなんでもいいって店が少なからずあるからなあ……さすがに逃げ出した時間を鑑みるに客をとらせてはいないだろうけど……探すの手伝おうか? そろそろほかの店も掃除の時間だろうし、ほかの店のひとに聞いてみるかい?」

「いいんですか?」

「帳簿なんてつけるの馬鹿らしいし。どうせ俺がやらんでもかみさんがやるだろ。えっと、アレーアちゃんっつったっけ。俺のかみさんもアレーアっつうんだ」

「本当にありふれた名前なんですね」

「そうだね。海辺に咲く花の名前だ。ノイは港町だからね」


 花の名前、か。さっきからやたらアレーアという名前が繰り返されて、ゲシュタルト崩壊しそうだ。アレーアが名前に意味はないと言ったのは恥ずかしかったからだろうか。

 中年男性が立ち上がると、後ろから巻き毛の髪をロットみたいなので整えた状態の中年女性が出てきた。


「あんた。帳簿つけるの投げ出してどこいこうってんだい」

「い、いや、アレーア。この人が人探ししてるっつうから」

「人探し?」

 僕はまたしてもアレーアの特徴を説明した。中年のアレーアさんはうーんと、と考え込んだ。


「ごめんね、たぶんその女の子、うちの店には似合わないって雇わなかったんだ。帰り道泣いてたから、よほど切羽詰まってたんだろうけど……そっかあ、噂の観光農場から逃げてきてたんだ。なにがあって逃げ出したんだい?」

 昨日の出来事を説明する。


「その子は本島に心根が優しいんだねえ。牛に愛情をかけるってのがよくわかんないんだけど、その子はその牛を、心底可愛いって思ったんだろうね」

 アレーアさんはため息をつく。僕は肩をすくめる。

「うちじゃないとこで雇うとすれば……金髪のほうのアレーアさんとこじゃないかな」


 金髪のアレーア。目の前にいるアレーアさんは黒髪だ。

「金髪のアレーアさん……ですか」

「そう。あたしと、金髪のアレーアさんと、赤毛のアレーアさんってのが三大アレーア。金髪のアレーアさんとこはノイの娘だけじゃなく田舎から来たような娘も置いてるから」


 おかみさんに店の場所を教えてもらって――旦那さんは仕事をしなければならないので結局僕一人だ――そこに向かうと、女の子たちが店内の掃除をしていた。

「あ、あの」

「今日の営業はまだ始まってへんで」

 女の子のひとりがそっけなくそう言う。僕が、

「人探しをしてるんです。女の子です」

 と、真面目にそういうと、女の子たちは顔を見合わせて、

「どんな子ずらか」

「あたしらで役に立つなら手伝うぞなもし」

 などと、あちこちの方言でまくし立てた。


「なんだいおまえら朝からうるさいね。どうしたんだい」

 この人が金髪のアレーアさんらしい。青い目の、ハリウッドスターみたいなひとだ。


「この人が人探しをしてるはんで、手伝うべしって言ってたとこですぁ」

「人探し……ねえ。もしかして、灰色の髪を短くした、やたらおぼこい田舎の子かい。ミネット村の方言で話す」


 ミネット村。そういえばアレーアの出身地なんて聞いたこともなかった。

「ミネット村の方言って」

「こんな感じだっぺ、あだすものまねすんの下手だからサ、伝わっか分っかんないけど」

 間違いない。アレーアだ。この平板アクセントは間違いない。


「わあ、マダム物まねうまい」

 女の子たちが変な方向で盛り上がっている。

「それです。その子です」

「うーん。雇おうか考えはしたんだけどね、どうも水商売やらすにはおぼこいし、なんとなく土臭いし、悩んだけど断ったんだよね……泣きながら入って来て雇ってくださいっていうからさ、雇うべきかと思ったんだけど、ただの家出人だったらご両親に迷惑だし」


 ここでも雇ってもらえなかったのか。捜査は振出しに戻る、だ。

「東の公娼通りならやくざ屋さんの斡旋で身売り希望の娘さんを買い取るらしいけど、あのひどい訛り方じゃ公娼通りで仕事ができると思えないし。そっちは探したかい?」

「ええ。大ババアという方に、そんな子は雇わないという話を聞きました」

「やっぱりか。そうだね、うちは西の飲み屋街でも最底辺の店だ。うちに断られたら行くところなんかないよ。とりあえず私娼にでもならない限り傷物になってるってことはないし、あのおぼこい顔でそんなこと思いつくとも思えない。うーん、家出少女が行くところかあ。ミネット村出身なら港とか海岸とか探してみたらどうだい。ミネット村の娘はみんな海が好きだよ」


 とりあえずありがとうございましたと頭を下げ、海辺に向かう。海沿いには大きな家がたくさんあって、どうやら「ルサルカ御殿」らしい。北海道か。


 浜辺をさぶろうに乗って歩く。まるで暴れん坊将軍のオープニングのごとし。まあさぶろうは農耕馬だし白馬ではないけれど……浜辺を、ゆっくり歩いてゆっくり探す。


「……いのち短し、恋せよ乙女、あかき唇、あせぬ間に……」

 どこかで聞いた歌。

 これ、ゴンドラの唄だ。この世界の人間でゴンドラの唄を歌えるのは、アレーアだけだ。


 顔をあげると、岸壁のてっぺんに、アレーアがしゃがみ込んでいた。

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