異世界の野菜はとてもまずい
互いに真っ赤になりながら、アレーアに案内してもらい八百屋に向かう。
「八百屋って食料品店とは別なんだね」
「八百屋で売ってるもんはお国の管理下だかんねえ。ルサルカは誰でも獲っていいけど、野菜は囚人しか作れないかんねえ」
というわけで八百屋にきた。
どの野菜もひどく貧相だ。キャベツは丸まり方が足りないし、ニンジンは葉っぱばっかり立派で肝心の根がショボい。カブもカボチャも玉ねぎもそんな塩梅である。
これならもし、あの古い種から芽が出て育ったら、品種改良されている日本の種から採れる野菜のほうが圧倒的に栄養価も味もいいはずだ。
ためしにキャベツをひと玉買って広場に戻ると、もうすっかり売り物ははけていて、父さんはニコニコしていた。
「お酢、買ってきてくれたか? それから新聞はどうだった?」
「広告はあしたの朝刊に載るんだって。これお酢。あとこっちがキャベツ」
「は? これがキャベツ?」
父さんは困惑している。確かにキャベツには見えないくらい、葉っぱが丸くない。品種改良の途上なのだ。
キャベツはともかく、売り上げをもってたなか農場に戻った。
ちょうどお昼ができていた。……ルサルカだ。あと自家用のカッテージチーズと、物置から発掘された味噌と大根の頭を水栽培して育てた菜っ葉で作った味噌汁。すごく貧相だが味噌汁は久しぶりで嬉しい。
みんなでいただきます、と作業場のテーブルをかこんで手を合わせて、むしゃむしゃ食べた。カッテージチーズとルサルカをいっぺんに食べて中和しようとしたら圧倒的にルサルカの魚臭さが勝利した。ぜんぜん中和できていない。もったいないので、なるべくルサルカを先に食べてからカッテージチーズをもぐもぐする。
ドッグフードが切れているので、コロもルサルカを食べさせられているのだが、実においしくなさそうに食べている。安いドッグフードに切り替えた時の反応とおなじだ。だがコロはコロなりに、いまはルサルカを食べるほかないと分かっているらしく、おいしくない顔をしながらルサルカをばりばり食べているのであった。
「……肉が食べたい」
僕がそうぼやくと、母さんは、
「自分でニワトリ絞めて羽根むしるなら考えてやっていいわよ」
とハードルの高い注文をしてきた。……ハイ。僕は度胸がないのでニワトリを絞めるのは得意ではない。
「恵さん。稔がキャベツ買ってきたべ、刻んでチキンカツの付け合わせにせばいいってね」
祖父ちゃんが助け船を出す。チキンカツ。いますごく食べたいやつだ。
「うーん……お義父さん、ニワトリ絞めます?」
「なんぼでもやるよ」
祖父ちゃんは昔の人なので精神力がでたらめに強いのであった。
というわけで夕方の乳搾りの前に、祖父ちゃんがニワトリを一羽絞めた。
食卓に並んだのはパン粉がなかったためから揚げだったが、それでも十分豪華だ。アレーアとノクシは完全なるびっくり顔で、
「うわあ。肉料理だ!」
「こんなの赤虎党の幹部と料亭で会食したとき以来だ」
とかなんとか言っている。ここでは肉料理というのは相当なお金持ち料理らしく、二人はおっかなびっくり鶏のから揚げを食べ始めた。
買ってきたキャベツはあんまりおいしくなかった。とにかく青臭いのだ。やっぱり、品種改良が進んでいない。ああ、こうなる前に百均でいいから野菜の種いっぱい買っておけばよかった。
作業場の上のほうでちかちか言っているテレビをちらと見る。地震からだいぶ経つが、まだ全容は把握できていないようだ。山の上のほうがひどい土砂崩れを起こしていて、それに飲み込まれた家屋が少なくないらしい。
夕飯を食べ終え、それぞれドラム缶風呂に浸かってから、寝る時間になった。ノクシはアレーアの部屋からさらに奥の、これまた物置になりかけている座敷を使ってもらっている。
「あの」
ノクシが話しかけてきた。ちょっと緊張気味に、なんです、と応じると、
「あの。すごく言いにくいんですけど、アレーアさんの歯ぎしり、なんとかなりませんか」
と言われた。は、歯ぎしり。アレーア歯ぎしりなんかするんだ。一挙に腰砕けになる。
「ううーん、そればっかしは寝てるわけだし直しようがないですねえ……ふすまんとこに荷物を移動させればいささかマシになるんじゃないですかね」
「ふすまってあの紙っていうか布っていうかそういうのでできたドアのことですか」
「うん。ごめんなさい」
「いえ、寝るところがあるだけありがたいです。それでは若、おやすみなせえ」
まるでやくざ屋さんみたいなことを言い、ノクシは奥の座敷に向かった。
僕も自分の部屋で寝ることにした。部屋に入る。高校のころ凝って作ったガンプラが並んでいて、本棚には漫画がおさまっている。しかし異世界にきてしまったので、その漫画の続きを知ることはないだろう。いや、まだもしかしたら現実世界に帰れるかもしれない。その希望は捨てちゃだめだ。
でも、現実世界に戻ったところで、たなか農場の近辺は地震で交通が麻痺しているわけだしまともに生きていけるか分からない。ため息がでる。とにかく寝よう。
布団をかぶって翌日。実に平和な朝。ああ、きょうのノイ曙光新聞に農場の広告が載るんだ。そう思ってふとんをはい出す。家族全員起きてきて作業着になって働いている。
牛舎を掃除して餌を与え、搾乳し、殺菌・冷却してから馬車に積み込まれた。
鶏舎も片付け、玉子を拾う。まとめて固ゆで玉子にしてしまう。きのう母さんが作ったらしいカッテージチーズも積み込む。
「そいじゃあ行ってくる。くれぐれも牛はきれいにな」
父さんはそう言い、馬車を走らせた。さぶろうもよしみも、走りたいだけ走れてうれしいらしい。
みんなで牛にブラシをかけて、イチゴハウスの水やりをする。
そこまでは構わないのだが、牛もニワトリも、配合飼料が残り少ない。
配合飼料が尽きてしまったら、代わりの魚粉はルサルカ、穀物の代わりに現地調達のサイレージ、そんな感じになりそうだが、ルサルカなんか食べさせたら乳が臭くならないだろうか。それにサイレージといっても、この土地に生えている草にどれくらい栄養があるのか、よくわからない。
ノクシに、この土地では牛になにを食べさせるのか尋ねると、
「草……ですね。ここだと干した草やよくわからない粉も与えてるみたいですが」
というはなはだ役に立たない意見が聞けた。
時計を見る。正午を二十分ほど過ぎた。お客がくるのに備えてみんなで昼ご飯を食べる。じいちゃんが、
「ノクシさん。上半身裸で寒くねえか」
と、超遠回しに入れ墨を隠すように言った。
「寒いですけど、まあ平気です」
ノクシはまるで気付いていない。僕がちっちゃい声で、
「その入れ墨、隠せるところは隠したほうがいいです」
というと、ノクシはさっぱり分からない顔で、
「なんでです? ノイの人はだれだって入れ墨してますよ?」
と、さらっと言ってのけた。
「そうだよぉ。なんで入れ墨を隠さなきゃないのさあ。あだすだってほれ」
そう言ってアレーアは作業着のお腹のところをめくって見せた。へその横に、星の模様の入れ墨が入っている。家族みんなでびっくりする。
どうやら、ハバトの地では入れ墨というのはごくごく一般的なことらしい。アレーアが言うには、たなか農場の人々が入れ墨をしていないのが逆に不思議なのだという。
「稔さんもさ、どっかに入れ墨すればいいよ」
「や、やだよ。痛いし元の世界に戻ったとき危ない人扱いされる」
「なんでぇ?」
「もといた国だと入れ墨はそれこそやくざ屋さんか肉体改造大好きのひとしか入れなかったんだよ……」
そんな話をしていると遠くから蹄の音が聞こえてきた。父さんが帰ってきたのだ。さぞやお客をたくさん乗せてくるだろうと期待していると、父さんは御者台ですごく不愉快そうな顔をしていた。お客は乗っていない。
「どしたの」
「まあこれを見てくれ。広告の紙面は八面な」
渡されたノイ曙光新聞を開く。八面をひらいて、たなか農場の広告を探すも、それはどこにも載っていなかった。
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