異世界の新聞にも広告欄がある

 ノイの街にゆで玉子だのカッテージチーズだの牛乳を売りに行くぶんには、結構な売り上げがあって、みんなでおいしくないルサルカを食べるくらいの経済的余裕はあるのだが、やっぱりじかに人に来てもらう必要がある。なぜならたなか農場は観光農場だからである。すべり台も、最近出してきたニワトリレースも、人が来なければ無意味だ。


 どこかで広告をぶって、そのうえで交通手段を用意しなければならない。

 そうやってノクシと話すうち、このひとは相当経営学も得意なのだなと思い始めた。詳しいことを聞いてみると、「赤虎党」という無法者集団の経営を担当していたのだということだった。しかし赤虎党って、カープなのかタイガースなのかはっきりしないな。


「なにか交通手段。それから告知手段……」

 そう考えていると、祖父ちゃんが、

「馬そりあるべ。あれさタイヤどごつけて、さぶろうとよしみサつないで乗り物にすればいいってねが。行きは売り物を積んでもよ、帰りはすっからかんだべ?」

 という建設的な提案をしてきた。なるほど馬そり。毎年冬になるとやってたやつだ。

「で、なにで広告をぶつの。この世界って……ああ、新聞はあるんだ。折り込みチラシ?」

「折り込みチラシってば印刷所サ通さねばねーべ。どうすっかな」

「それならさぁ、ふつうに新聞の広告に載せてもらったほうが早いっぺ」


 アレーアがそう言い、一同「?」の顔になる。

「だからさ、ふつうに新聞広告。ノイスポはアテになんないからさ、掲載料は高いかもしんないけど、たとえばノイ曙光新聞とかなら、信頼と実績のノイ曙光新聞だからさ、貴族からふつうの家の人まで見るし、初等学校にもかならず置いてっから、子供さんが見て『お父ちゃんここ連れてって』ってなるかもしんないよ?」


 なるほど。

 そういうわけでその日、夕方の乳しぼりを終えた後にみんなで会議することになった。

 経済状況的には金貨一枚で牛乳飲み放題と、ゆで玉子と、カッテージチーズの売り上げで十分生きていける。広告をぶつなら今だ。ちょうどカッテージチーズにつかうお酢も残り少ないので、明日はアレーアと僕も街についていって、お酢を買い、ついでに広告をのせよう、ということになった。広告に載せる文面は、高校のころ文芸部員だったという理由で、僕が考えることになった。


 会議のあと祖父ちゃんは熱心に仏壇に手を合わせて、

「麦子。稔によくできる嫁ッコがきた」

 とでたらめなことを言っている。

「だから祖父ちゃん、アレーアは嫁じゃねーでば」

「なしてだ? あんないい娘ッコ、嫁にもらわねば損だべ」

「僕にも選ぶ権利くらいあるぞ」

 祖父ちゃんはハハハと笑った。牛乳と丁寧な歯磨きのおかげで、祖父ちゃんは八十近いというのに歯がずらっと揃っている。

「俺のときだっきゃ選ぶも選ばねもねく麦子を嫁にもらったぞ?」

「だからそれは大昔だ。いまはもうそういう時代じゃない」

 祖父ちゃんはまた笑ってごまかすのであった。


 部屋に入って、久方ぶりにパソコンを起動しようとする。

 ……あれ?

 キーボードが読めない。いやローマ字入力をつかっているのだから読めないはずがない。アルファベットの斜め下にある変な記号はなんだろう。……これ、ひらがなだ。ひらがなが読めないってどういうことなんだ。ぞわっとする。


 試しにローマ字で「るさるか」と打ち込むも、やっぱり画面に表示されているひらがなが読めない。るさるか、と打ち込んだことは分かっているからこれがるさるかなのはわかるのだが、ひらがなが読めない。脳みそがバグっている。


 混乱しつつ、手書きで広告の文面を考えることにした。パソコンでは仕事にならない……。


《おいしい牛乳 楽しい果物狩り 愉快なニワトリレース それができるのはたなか農場! 毎朝十一時に噴水の広場より乗り合い馬車を運行します!》

 ……よし。

 それができてからさっさと寝た。


 さて翌朝。いつも通りの農家の朝だ。牛の乳をしぼり玉子を拾う。

 父さんとアレーアとノイの街に向かう。アレーアによれば主人と使用人の立場であれば、未婚の男女が会話しても許されるという。申し訳ないがアレーアにはとりあえず使用人のふりをしてもらうことにした。


 ノイの街はとても大きい。ヨーロッパの都市を思わせるが、教会はないようだ。ノイの宗教についてアレーアに尋ねると、


「そんなもんないよ? でもみんな神様はいるって思ってて、悪いことをすれば神様がバチを当てるし、いいことすれば報いてくださるって思ってるんだあ」


 とのことだった。しかし、南の大陸の大都市であるイーソルでは、ゾゾル神殿という天地の支配者を祀る神殿があり、無数の巫女が仕えているという。

「まあ、なんつーか、……『ケーガイカ』してるらしいんだけどね」

 形骸化。学のないアレーアにしては難しい言葉が出てきた。思わずそれを口に出そうとして、アレーアはアレーアで学がないことを引け目に思っているのだからそんなこと言っちゃあかわいそうだし、とりあえずこのハバトの地において学というものはさほど役立たないことも分かっているので黙った。学がない、というのは、どこにおいても一番嫌われる言葉なのではあるまいか。


 物販をしている父さんを置いて、売り上げの入ったきんちゃく袋をもって、アレーアと買い物に出かけた。ルサルカはとりあえず買わない。お酢を食料品店で革袋ひとつ買う。食料品店といっても、売っているのはほぼルサルカか調味料だ。大きな街なのに、貧しい食生活だな。


 それからノイ曙光新聞社に向かう。噴水の広場からすぐの、超一等地にでーんと建った大きな建物がノイ曙光新聞社のようだ。守衛さんに話して、通してもらう。アレーアはものすごく、キョロキョロしている。恥ずかしいが僕もキョロキョロしている。


「こちらへどうぞ」

 きれいなお姉さんがにこやかにドアを開けて、「広告受付」と書かれた部屋に通してくれた。パーテーションがいっぱい置かれていて、ドラマとか漫画で見る漫画雑誌編集部の持ち込みに対応するスペースみたいだ。


「ええと。受付の名簿には『たなか農場』さま、とありますが」

 きれいなお姉さんは不思議そうな顔をしている。僕が、

「広場で牛乳とかゆで玉子とかチーズを売っているものです。本当はノイの城門からずっと山のほうに、観光農場を開いています」


 と説明すると、お姉さんはノートにそれをすらすら書き留めた。リアル羽ペンだ。


「観光農場というと、農業を見世物にしているということですか?」

「それとはちょっと違って、たとえば牛がどう暮らしているのか見学できる、とか、ニワトリのレースとか、イチゴ……果物の食べ放題とかをやってるんです」

「へえ――すごく面白いですね。果物の食べ放題というのは前代未聞ですが、それで経営は成り立つんですか?」

「はい。ちゃんとしたノウハウがありまして」

「なるほど。それで広告を出したいと」

「はい。観光農場ですから、お客に来てもらわないと果物が腐るだけです」

「わかりました。文面をお預かりしてよろしいですか?」

 僕はきのうの夜書いた書類を渡した。


「では、あすの朝刊に広告のスペースを取らせていただきますね。掲載料は金貨十二枚です」

 結構な額だ。それでもお客に来てもらわねば困るので支払う。

 任務完了。頭を下げてから、ノイ曙光新聞社を出る。


 広場ではまだゆで玉子に行列ができていて、とりあえずほかのものも見て回ろうとアレーアと通りに折れた。アレーアはウキウキの顔で、

「さすがノイ。大都会だあ。大都会で稔さんと二人で買い物だあ」


 とかなんとか言っている。恥ずかしくてぼっと顔に火が点く。それを見たアレーアも、顔をぼっと赤くする。

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