短編集

あき瓶

短編

「そういえば、かれ、死んだわ」

「そうだったの」

なんだか、ちり紙みたいに話すのね。人の死を。

そういうあたしも変わらないのだけど。

「さきちゃん、幾つになるんだっけ」

「今年でジュウク」

「来年成人?」

「そう」

マキちゃんがいう。マキちゃんはここのうちの人で、あたしの祖母の妹にあたる人だ。

「ふーん、なんだか不思議ね、あんなにちっちゃかったのに、凄く背が伸びた。」

何が不思議なんだ。歳を取っただけだ。ただ歳を取っただけなのだ。何も変わりはしないのだ。替わったと言われるが、何も変わった気などないのに。何が変わったのか誰か教えてくれ。そう思っても答えは返ってこない。

「そういえば、マサオさん脱走したんだってね」

トキコちゃんは元気に切り出した。

マキちゃんの目の色がきらっと変わった。

「そうなのよ、この辺でも放送がかかってね、びっくりよ。」

マサオさん、施設に入ってからは会ってない。マサオさんもいつかは亡くなるのだろうか、それでまた、ちり紙みたいに誰かに言葉にされてコトンと音を立てて机の上に置き去りにされてしまうのだろうか。

かっこよかったマサオさんも、いつかは、コトンと。タバコ、好きだったっけ、マサオさん。

 ふとマキちゃんがあたしに話しかける。

ミッと目の横にシワ寄る。この人はいい歳の取り方をした。そうは言ってもきっとこの人も歳を取っただけなのだろう。


 話が一息つくと、トイレに立つ。

個室に入ると冷静になる。黄色い気配が尾を引く感じがして少し頭が引っ張られる。

ここがあたしの場所なのだ。悪いことは何もない。良いことは多い。素敵な人も沢山いる。何が不満なの?自分に聞いてみる。

わからない、わからない、何が不満なの。

おしっこの音がしんしんとする。

ちょっとだけ泣いてみようとしてみる。

相も変わらずあたしの目から涙は出ない。

出したいのに。出れば沢山楽になるのに。


 それでも元の場所にヨッコラと戻ると、積み木が箱に戻されるみたいにピタッとしてしまう。煮物とお酒とおつまみが机にみっちりとのっかっているこの場所に。

奥の部屋の暗がりにマキちゃんが描いた絵が立てかけてある。素敵な花の絵だ。冬の朝のように綺麗で儚げな絵だ。

マキちゃんの目の横にシワがよる。

トキコちゃんも元気そうに死ぬ死ぬと言っている。うんうんと、うんうんと、頷いて頷いて。傾いて傾いて。

 やっぱりここがあたしの場所なのだ。ここは、あたしの場所なのだ。

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短編集 あき瓶 @aita_bottle

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