第2話エピローグ


 なゆちゃんとのゲームから、数日が経った。


 あれから、なゆちゃんの配信頻度は増えていた。以前より増して、なゆちゃんはより笑うことが増えたような気がする。


 ついでに、騒動になっていたリスナーの声も、徐々に無くなっていった。相手にしなかったことが功を奏したのか、飽きてきたのかもしれない。


 なゆちゃんは、無事に元の配信ライフに戻ることが出来たみたいだ。


 ただ、変化したこともある。

 それは、配信の内容だ。


「――なゆちゃん、ASMRの調子よさそうだね」


 配信の準備をしながら、私はなゆちゃんにチャットツール越しに話かけた。以前まではなゆちゃんが一方的に話を聞いてくれていたけれど、今はお互いに作業をしている。


『何か、やってみると面白いんだよな。色々と試しながらやるの、得意なのかも』


 そういえば、なゆちゃんって料理が得意だったんだよね。手先も器用だし、ASMRに向いているのかも。


「じゃあ、私もASMRするときには教えてほしいなぁ」


『もうやってるだろ。ヤエらーへの愛の囁き』


「やらせたのはなゆちゃんのほうだよ!?」


 しかも二回。

 オフコラボの時と、罰ゲーム。


 私の方もASMRの準備はしているけれど、手先が器用じゃないからいい音を出すのに苦戦していた。


 だから、配信でやるのはもう少し先になりそうだ。


 私がそうして止まっている間にも、なるちゃんのほうはASMRでチャンネル登録者を伸ばしているみたい。


 しかも、数倍にも膨れている。


 たった数日で伸びるのは珍しいけれど、それだけなるちゃんのASMRがいいってことかもしれない。


 まあ、普段が荒っぽい感じがするけど、ASMRになるとしおらしくなるからね。そのギャップが可愛いって評判みたいだ。


 そんななゆちゃんのASMR配信には、『silver』ってアカウント名の人がよく来ているらしい。なゆちゃんはその人の心当たりがあるみたいで、嬉しそうに話してくれる。


 あたしも知っている人なのかな。

 教えてくれないからよく分からない。


 けれど、楽しそうだからいっか。


『この間も、ネットのまとめ記事にのせてもらったしな。それでさらに増えてるよ』


「そっか……よかったね」


『うん。だからさ、絶対に凜々花に追いついてやるからな。そんで、二人で夢を叶えよう』


 あのゲームの件から、なゆちゃんは前向きな言葉を使うようになっていた。私もそっちの方が気楽だし、何より嬉しい。


「もちろんっ。……ところでさ」


『ん?』


「パソコンの画面、固まっちゃったんだけどどうしよう……」


『……はぁ。ほんと、凜々花はあたしがいねぇとダメダメだな……』


「あ、あはは……」


 これからも、この相方には何かと支えられることになりそうだ。


***


 もちろん、夢を追うだけで生きていけるはずもない。


 翌日にはちゃんと学校があるし、夜遅くまでASMRをしていたなゆちゃんは当然のように遅れて学校へやってくる。


 そんな姿を見て「もったいないなぁ」と思ってしまう。


 だって、朝早くにくれば隣の席の光景を見ることができるから。


 ちらりと、私はアキ君の方へと視線を配らせた。彼の前には吟君の姿。最近は、この二人がいつも話しているのが日常的な光景となりつつある。


 そんな二人の最近の話題は、専らASMRのことだ。


 特に、吟君がハマっている様子で……。


「ナルのASMRを聞いてさ、初めて推しが出来たって感じがするんだよな」


「吟って、色んなVtuberを見てたのに? もしかしてDD誰でも大好き……」


「ちげぇよ! 本気で応援できる推しができたってことだ!」


 どうやら、Vtuberなら誰でも見ていた吟君に、ガチ恋相手が出来たらしい。


 それもナル……って、なゆちゃんじゃん!

 ややこしいけど、相手が幼馴染みなの知ってる?


 いやいや、知ってたら言わないよね、さすがに。


 ただ、この場になゆちゃんが居たら喜びそうだなぁって思う。


 自分のファンがこの場にいるんだもんね。

 きっと、喜んでくれるはずだ。


 ――相手は幼馴染みだけど。


 ……というかアキ君、いつの間にか吟君のことを呼び捨てで呼んでるし。


 そこまで仲良くなったんだ。

 へえ……。


 私のことは、未だに苗字+『さん』付けなんですけどー?


 アキ君、順序ってもの知らないのかな?

 私の方が先に声をかけてきてくれたよね?

 ん? もう忘れちゃった?


 なんて、圧を掛ける視線を向けても、アキ君はこっちを見てくれない。


 むぅ……何だか、心が落ち着かない。

 どうしてこんな気持ちになるんだろう。


 よく分からない感情が心の底からジワリとにじみ出てきて、私は机に突っ伏すのだった。



***



 放課後になり、昇降口までやってきて足を止めた。


 靴を履き替えたのはいいけれど、外は雨が降っている。このままじゃ、帰れない。


 ――だけど、それは少し前までの私だ。


 ふっふっふ、前回の反省を活かして、今日は折り畳み傘をちゃんと持ってきているのである!


 これなら、濡れて帰ろうとしなくても済むはず――。


「弓削さんも今帰りなの?」


「ふにゃァ!? あ、アキ君!?」


 いきなり後ろから話しかけないで!

 心臓止まっちゃうかと思うから!


 慌てながら振り返ると、傘を杖みたいに持ちながらアキ君がやって来た。アキ君は、私から外へと視線を移して目を丸くする。


「うわぁ、結構降ってるね。傘、持ってきててよかった。弓削さんは傘、持ってるの?」


「あ、えっと……」


 私は、思わず手に取っていた折り畳み傘を後ろに回した。……って、何で隠したんだろう。


「き、今日は大丈夫です。折り畳み傘を持ってきているので」


「そっか。それじゃあ、僕はもう帰るね。帰ってヤエ様のアーカイブ見るんだ~」


「そ、そうですか。私もそうしようかな」


「うんっ、それじゃあ、また明日ね」


 と、アキ君は持っていた傘を広げて私に背中を向けた。


 その純真無垢な顔が傘で隠れて見えなくなり、背中が遠ざかろうとした――瞬間。


「あ、あの……」


 私は、後ろからアキ君の服の裾を掴んでいた。


 アキ君が振り返る。

 優しそうな垂れ目が、私へと向けられた。


 ど、どうして……掴んじゃったんだろう。

 用事なんてないのに。

 このまま、別れてもいいのに。


 でも、明日は土曜日だから。

 来週まで、会えなくなっちゃうから。


 私は、足を踏み出して。

 アキ君の傘へと入って。

 肩が触れ合うほどの距離で、アキ君を見上げて……言った。


「……やっぱり、傘を忘れてしまったみたいなので……入れてもらえませんか?」


 上目で、話しかける。

 そんなつもりじゃなかったはずなのに、思わず口から言葉が出てしまった。


 顔が熱い。

 雨で外の気温は、僅かに下がっているはずなのに。


 私を見つめるアキ君も、少しだけ頬を赤らめている。


 「ええと……」と悩むような素振りを見せる。断られてもおかしくないはず。


 けれど、アキ君は。


「……いいよ。濡れちゃったら、困るもんね」


「そ、そうです。濡れると大変ですからね」


 なんて、私は言い訳をした。


 雨に濡れないように、アキ君に身を寄せる。お互いの肩が触れて、お互いの匂いが混ざり合って、浮ついたような気持ちがこみ上げてくるのを感じる。


 ドキドキと、甘ったるく心臓が鼓動を繰り返す中。


「それじゃ、行こうか」


「……は、はい」


 アキ君に傘を委ねて、私たちは一緒に歩き出すのだった。

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隣の席のオタク男子が、Vtuberをしている私のガチ恋リスナーだった 青葉黎#あおば れい @aobaLy

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