2-23 勝敗と罰ゲーム
『ど、同時……?』
呆然と、ヤエが呟く声が聞こえた。
詰まっていた息を吐き出し、呼吸を整える。緊張で震えていた手から力を抜くと、何だかドッと疲れてしまった気持ちになる。
画面上では、ヤエと同時にゴールしたように見えた。
けれど、最後の順位が発表された時、どちらが先だったのかが分かる。
結果が表示された。
勝ったのは――あたしだ。
『ッ……!』
ヤエが息を呑むのが伝わって来た。
罰ゲームが決定。
ゲームを始める前から決めていたこと。
――ヤエは、あたしが勝てばVtuberを辞めるのを止めない。
「…………」
『あ、あはは……負けちゃった。流石、ナルちゃんだね』
相変わらず、ヤエはリスナーの前では明るく振る舞おうとする。無理やりにでも笑顔を作り、まるで負けてしまったことを気にしていないかのような素振りで。
だが、微かに言葉尻が震えている。
そのことに気づいたリスナーはいるのだろうか。
『ナルちゃん、やっぱり強いね。私の力じゃ、全然敵わなかったよ』
「いや、ヤエが弱いだけだから。ほぼ全部最下位って、相当だぞ」
苦笑しながら、ツッコむ。
「あたしに勝ちたいなら、もっと他の方法にすればよかったのに。歌なら、あたしには絶対に勝ち目なんてなかったし」
『……それでも、私はナルちゃんとゲームがしたかったんだよ。せっかくなら、楽しみたかったから』
「っ……」
勝つためだけなら、方法がある。
でも、楽しむためならゲームしかない。
ヤエは、最後まであたしのことを考えてくれていた。自分の要求を無理に押し通そうとせずに、一緒に楽しんで最後まで笑おうって思ってくれていたんだ。
『――だからね』
黙り込んだあたしに、ヤエは続ける。
『私、ナルちゃんと楽しめたなら、これでよかったよ』
「っ……!」
『……それじゃあ、ナルちゃん。罰ゲーム、なにするか決めた?』
「……ああ、決めたよ」
決めた、なんて言うのはおかしいだろ。
最初から決まっている。ゲームを始まる前から、それを条件に勝負をしたんだから。
ゲーム機を机に置いて、パソコンに向き合った。机からアームで吊るしたマイクに向けて、罰ゲームを告げた。
『ヤエ……』
「ッ……!」
「そんじゃ、ヤエらーに向かって愛の告白してもらおうかなぁ~!」
『…………え?』
「何だよ、罰ゲームだろ。ほら、さん、にぃ、いち……」
『あ、ちょっ! ま、待って!』
「やだよ、待つわけないじゃん」
急に慌てだすヤエの声が聞こえてきて、あたしは思わず笑いだした。
***
配信が終わってからも、チャットツールは起動したままだった。
チャットツールの向こうで、配信を閉じた凜々花が気まずそうにしている気配を感じた。
『え、ええと……なゆちゃん』
「……凜々花、ありがとうな」
お礼の言葉は、思ったよりもすんなりと口から零れ落ちた。
「あたしもさ、結局はリスナーを見ていなかったんだな。チャンネル登録者の数ばかり気にして、自分には価値がないって思い込んでた。努力してない自分が悪者みたいに感じて、批判のコメントもその通りだなって思っていたんだ」
だけど、応援してくれる人は確かにいた。
そして、あたしは凜々花に勝つことが出来たんだ。
敵ばかりじゃない。
見ていないだけで、味方はちゃんといる。
普通に過ごしていたら、見失ってしまうことかもしれないけど。
応援してくれる奴は、ちゃんといてくれるものなんだ。
「……だから、もうちょっとだけ続けてやるよ。Vtuberも、声優になる夢も、もうちょっとだけ続けてみる」
『……うん』
チャットツール越しに、凜々花の安心したような声が聞こえてくる。
『大丈夫だよ、なゆちゃん』
そして、子供を諭すように、柔らかな声音が響いた。
『誰も応援してくれなくなっても、私だけはずっとなゆちゃんのことを応援してるから!』
「……それ、あたしがいつか誰にも応援されなくなるって思ってるってこと?」
『あっ! ち、違うよ! そんな意味で言ったわけじゃないからね!?』
「あははっ、分かってるって」
凜々花の慌てっぷりをみて、あたしは思わず笑ってしまった。
あたしの相方は、やっぱり純情で、真っすぐな努力家だ。
それでいて友達思いで……。
こんな奴が傍にいてくれるんだから、夢もそう簡単に諦められるはずがないんだよな。
夢を追うことが辛いこともあるけど。
もう少しだけ、続けてみるか――。
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