第12話 第一の犠牲

「────────神野崎 麗子。あんた、私に何か言うことあるんじゃないの?」


屋上での騒動があった翌日。

北原は、廊下ですれ違った神野崎を振り返って呼び止めた。


「あら北原 美嘉さん。『何か』って、何のこと?」


「とぼけんじゃないわよ。

確かに、私にだって落ち度はある。あんたの口車に乗せられて、まんまと催眠にかけられたんだから。

でも、あんたは自分の手は汚さず、私に柳くんを殺させて、私すら消そうとした。

小川さんだって酷い目に…………。

私に、人生最悪の告白をさせた罪は大きいよ?」


「やーね。何を言ってるのかさっぱりわからないわ。失恋する夢でも見たの?欲求不満じゃないかしら」


「あんた。端から私がしくじったら、そうやってシラ切るつもりだったな。暗殺が成功するも良し、失敗するも良し。どちらにせよ、神野崎さんには害がないわけだ」


「ほほほ、北原 美嘉さん。あなた、何か良くない煙でも吸ったんじゃないこと? 一度お医者様に診て頂いた方がいいわ……あら失礼。今のあなたに、医者にかかる権力なんてなかったわね」


露骨に嫌味を言う神野崎に、北原は歯を食いしばって睨んだ。


「何にせよ、神野崎はあなたの妄想のお話なんて知りません──────────だから、上着の裏ポケットに隠している、その陳腐な旧型録音機。電源を切ってもよろしくてよ」


(…………気付かれた!?)


北原は神野崎から、催眠による教唆の証拠を押さえようと録音機を携帯していた。

問い詰めれば口走ることを期待したが、甘かったようだ。


「何でもお見通しって訳か。でも、あんただって所詮は人間。あの催眠にも、今録音機を見抜いたのにも、どっかに種があるんでしょ?

─────あんたの面白手品。絶対ぶっ壊して、その高飛車な鼻へし折ってやる。この、牝猫」


北原は裏ポケットに手を突っ込み、録音機を取り出してスイッチを切った。

途端、神野崎が北原のネクタイを掴んで引き寄せる。


口元が付くかと思うほど近くに、神野崎の顔がある。艶のある唇が、冷ややかに動いた。


「───────使えない。野良犬が」


「くっ……!」北原は神野崎の腕を振り払う。


「いつまでも追っかけ回して、噛み付いてやる……!!」


「神野崎の水晶玉をボールと一緒にしないでくださる?───吠えぐせのある悪いワンちゃんは、口輪を付けてハウスしてなさい」


神野崎はそれだけ言うと、ぷいと北原に背を向けた。


北原は、遠ざかる神野崎をじっと見詰める。

──────────すると、廊下から死角になったところで、何か影が蠢くのを見た。


(あれは……?)


一瞬のことだったが、黒子のような頭巾を被った男子生徒だ。


(待ち合わせてたの?……ということは、神野崎の選挙陣営に居る三年。もしくは、支援者…………でもあんな奴、見たことない……)


慣れ親しんだ学校に、黒頭巾を被った謎の生徒。北原は、何か不吉な感じがしていた。






─────────普段から全く使われていない、西校舎のF会議室。

そこには薗田と、顔面蒼白でやつれた石崎の姿があった。


「石崎先輩。昨日の動画、ちゃんとチェックしてくれました?それなりにいい出来だったでしょう。いいいねも結構沢山ついて……」


薗田は淀みなく自慢気に話をするが、やがて石崎が上の空であることに気付いた。


「……石崎先輩?」


「おい薗田」石崎は立ち上がったかと思うと、いきなり薗田の胸ぐらに掴みかかる。


「は、何すか?」


「お前、データ盗むのとか得意だよな!!」


「いや別に」


「この世界には、至る所に世界民の動向を監視する隠しカメラが設置されている……お前も知ってんだろ?───────いいか、今すぐA-13住宅街の世界営監視カメラにアクセスして、空き地で銃殺のあったあの日、事件当夜の映像を調べるんだ……」


「あの、聞いてました?別に得意じゃないって。てか、それバレたら死刑ですよね」


「そこに帝王学園校の生徒が映ってねぇかどうか……俺が知りたいのはそれだ。わかったらすぐ映像送って教えろ。いいな」


薗田の訴えも虚しく、石崎は言うだけ言って、さっさと会議室を出て行ってしまう。


「…………」


薗田は暫く突っ立っていたが、無言でデスクから椅子を出すと、周りに何も無いのを確認し、部屋の中央に置いた。

そして置いた椅子を、思い切り蹴飛ばす。


「……ったく!!!自分のことばっかかよ!!人の話聞く耳はねぇのか耳は!!お飾りなら削いで口に詰め込むぞタコ!!!!」


一気に捲し立て、また黙り込む薗田。

律儀に蹴飛ばした椅子を起こし、デスクに収めた。


「……さぁやろ」


時折ヤケになるが、遊んでいる外見に反して根は真面目なのだった。




──────────深夜。

薗田は一人会議室に残り、パソコンの画面に釘付けとなっている。

画面には、無数の監視カメラの映像が同時に流れていた。


(被害者三人が銃殺されたのは、午前二時から二時半。その前後、空き地のあるA-13住宅街に現れた人物は被害者を覗いて三人……)


それぞれ別のカメラに映った三人の画像が、画面にアップで並べられる。

どれも鮮明ではないが、高校生でないことは確かだ。


(─────いや、まてよ。これって……)


三人の内、杖をついた老人の映っている画像。その奥───老人の歩く通りにある横辻に、微かではあるが、もう一人の人間の姿があった。


薗田はすぐに、その部分だけ極限まで伸ばし、画質を上げた。

─────帝王学園高校の制服を着た、見覚えのある横顔。


(……………矢吹先輩か?)


薗田の額に、汗が伝う。

薗田は画面を切り替え、A-13住宅街周辺の地図を出した。


(この監視カメラは……この位置。つまり、矢吹先輩は間違いなく空き地に向かってる。

マジかよ……色々噂はあったけど、あの人本気でやべぇ奴じゃん)


薗田は石崎のメールアドレスに、動画と画像の両方を送信した──────────しかし、矢吹の画像は送らない。


会議室の固定電話から、石崎のスマートフォンにかけた。


「……あ、石崎先輩ですか?今送りましたけど、あの時間A-13住宅街には、帝王学園の生徒は一人もいませんでした…………はい。まぁ、そういうことなんで。じゃ」


会議室中の指紋を拭き取り、手袋を装着してドアノブを握ると、会議室の扉を閉めた。


(─────ヒヒヒ、アホじゃねぇの?……相当焦ってたみたいだが、あろうことか俺にこの仕事持ってくるとはねぇ。あの夜、あの空き地で、イキリ恐喝野郎のバックは崩れたわけだ。それより今ヤバいのは、監視カメラの矢吹先輩を見ちまったこと…………これ以上関わってられるかよ、ばぁーか)




───────それから数時間後。石崎 時人は、自宅である豪邸の自室で銃殺遺体として発見された。

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権力至上主義世界の会長戦挙 黒川諒一 @96kawaRyo1

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