7:それは遠い炎の行方(4)
「うぬ、いま一度聞こう。うぬの目的はなんじゃ」
「こいつらみたいなクズどもに、復讐することだよ」
「本当か? それが真にうぬの想いならば、儂も手伝おう」
ミラはすらりと長い腕を伸ばし、握手を求めて歩み寄る。武闘神官たちは迷いの表情を浮かべつつ、道を空けた。
魔神王。いやアマルティアが手伝うなら、強大な力を持つ聖職者たちへの復讐もきっと叶う。
いつだったかそれを願い、いま差し出された手を取れば現実となる。
「儂にはどうも、そうは見えん。以前はそうであったのじゃろうが。今はもう疲れ、休みたいと思うておる。じゃが死んでいった者たちに申しわけが立たんと、自ら胸に刻みつけようとしておる」
父や兄弟、姉妹たちの顔。声。毎日なにを話し、共に何をしていたのか。
それは日に日に、薄れていく。絵に描けとでも言われたら、出来ないだろう。忘れていくことが、自分も聖職者の同類になるように思えた。
命を奪うのは、その人間の人生を踏みつけることだ。忘れるのも同じではないかと。
「憎み、討ち果たすのは良い。じゃが何を憎むのか、考えよ。うぬが憎むべきは、教会とか聖職者とかいう仕組みではない。行く行くそれは、存在を望む善良な者たちを恨むことになる。
――知ってる。本当に邪魔なのは、オレみたいに拗ねちまった人間だ。教会で説教を受けて、救われたって奴はたくさん居る。オレが復讐を果たすより、オレ一人消えるほうが手っ取り早い。
――でもそれじゃあ、あいつらはどうなる。親父はどうなる。聖職者どもが非道に殺したのは、他にいくらだって居る。それはもう、なかったことか。
「ふんっ!」
「ぐふぅっ!」
唐突に何が起こったか、腹の痛みに目が眩んで分からなかった。
強引にまぶたをこじ開けると、緩んだ手からナイフが奪われた。その犯人ベアルは、シャルに突きつけて立ち上がらせる。
「ベアル! てめえまだ!」
「君の事情も難しいようだがね。話に呆けて、注意を散らすのが悪いのだよ」
ベアルはシャルのメイスを捨てさせる。それから、落ちていたベアルのメイスを拾うよう命じる。
しかしシャルは首に向けられたナイフなど眼中なく、断った。
「この期に及んで、あなたの指示に従う意味などありません。それに何です、刃を用いるのは戒律に反しますよ!」
「戒律? それは下僕をつかう為の方便だよ。君にしたところで、ひとつもそれを破らなかったとでも言う気かな?」
思い当たるところはあるようだ。シャルは次の句を継げずに、歯ぎしりをする。その首にはナイフの先が刺さり、血の雫が生まれた。
「アガーテ、無茶をするでない。言う通りにしてやれば良い」
「母さま……」
敵意を剥き出しにしたシャルが、そのひと言で萎んでいく。それでも不満そうにベアルを睨みつけ、渋々とメイスを拾った。
「よし、では先に帰らせてもらうとしよう」
シャルの腕が立つのは、ベアルとて知っている。だからナイフは、ぎりぎり傷が付く程度に向けられ続けた。あれではどんな行動をするよりも先に、喉を突かれてしまう。
「魔神王! お前がどう名乗ろうと、私にはそうとしか見えない! 先に戻り、お前の復活を世間に知らせよう! そうすれば力の弱ったお前など、またすぐに討伐される!」
「勝手にせい。儂はそもそも魔神王でも女神でもない。リプルルに住む、ただのアマルティアじゃ」
今さら人間がどう呼ぼうと、自分が変わるわけではない。ミラは、そう返す。
ベアルは鼻で笑い、シャルを引きずるようにして後退っていった。魔神の傍を通るのには警戒していたが、動かないと見るや素早く去っていく。
「あの野郎、どうする気だ!」
「紅玉は外れただけじゃからな。探して元通りにするのじゃろう」
「何を呑気に――お前はシャルが心配じゃねえのか!」
差し出されたままだった手を叩き、食ってかかる。さらわれたというのに、余裕綽々とも見える態度が苛ついた。
「無論、心配じゃ。儂の可愛い娘に何をしてくれると、少なからず怒りもある」
鉄をも沸騰させる溶岩の熱が、その眼にあった。
だというのに。だからこそ。この上ない寒気を覚える。
「もう一度だけ聞く。儂がこれだけするのも珍しいぞ。それはうぬが、友だからじゃ。これではっきりせんなら、儂もまた友を教会とやらに奪われたことになる。心して答えよ」
神を信じ、救われると聖職者が説く。それで救われる人を否定はできない。
理屈は分かっていても、やはりこびりついた憎しみをなかったことには出来ない。クレフの心に恨みの炎を点けたのは、やはり聖職者なのだ。
「うぬは、あの娘を救いたいのじゃな」
「――あ? ああ、当然だ」
そもそもそれを問うていた筈なのに、たった今は予測になかった。拍子抜けして、素直に答える。
「そうか。あの娘は長きに渡り、儂なぞを神と奉ってきた。聖職者を憎むと言うなら、あれより重症の患者もなかなか居らん。それでもか」
正しい答えを出せと言われたら、無理だ。それが今後、クレフの指針になってしまう。
だがもう半分は言ってしまった。素直な気持ちを。だから続ける言葉には、迷わなかった。
「それとこれとは、話が別だ」
「うむ、それで良い」
アマルティアの笑みが、風を呼ぶ。左の手に収まって、屹立する炎となった。轟々と音を立てるそれは、そのまま剣の姿をとる。
あの矢とは違って黒くはならず、茜に煌めく眩い刃に。
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