6:因果の運び手(3)

「まさか勘違いをしてはいないだろうが、念の為に言っておくよ。献金も因果の壺も、シリンガ司祭は知って手伝ってくれている」

「そりゃあ……」


 やめろと言ってしまったばかりだが、そこは当然そういうことになる。

 所属するメンバーの流儀に差異はあれ、盗賊ギルドは非合法の組織。犯罪組織そのものだ。

 そこからの情報を使ってクレフを選び、脅迫したのは彼女自身なのだから。


「どうしてオレなんだよ……」


 聖職者を嫌っているから、などという理由ではあるまい。表向きに法を守護する教会へ、好意的な盗賊など居ない。

 それだけに。条件は横並びの、数百人は居る盗賊の中から、どうして自分なのか。クレフは問わずにいられなかった。

 恐怖心と疑念。二つが複雑に絡み合い、どんな顔で、どんな声を発すればいいかさえ戸惑いながら。


「あなたが……宝石を盗んだから」


 責めるように。いや実際責めているのだろう。シャルの厳しい眼差しが突き刺さる。


「あなたが盗んだのは、宝物庫じゃない。あそこは因果の間」

「なるほどね、オレは自分で紐を付けちまったわけだ――」


 ギルドは盗賊に仲間を紹介したり、盗品を買い取ってくれたりする。その見返りとして、盗んで得た利益を上納しなければならない。

 クレフは大聖堂から盗んだ宝石の一部を、そのまま渡したのだ。


「わたしだって、あなたが……あなたがトマスだと知っていたら、連れ出したりしなかったのに!」

「…………なに?」


 トマス。

 それはクレフの、本当の名前。

 盗賊などやるには優しい響きで、似合わない。そう思ってずっと、その名を使って生きてきた。

 知っているのは、父親とトクウの村人。それと孤児院に居た者くらいか。ほとんどが死んでしまったが。

 だからもう、偽名も本名もない状態ではある。最近では自分でも、忘れかけていたくらいだ。


「あんた、どうしてそれを知ってる」


 喉の奥を震わせて、涙を堪えたシャル。目を閉じて、返事は首を横に振った。


「何だか複雑なようだけれどね、私もまだ問いたいことがあるのだよ。お嬢さん」


 沈黙に割って入ったのはベアル。メイスを掲げ、いつでも奇跡を呼べる体勢だ。目配せをして、武闘神官たちの包囲も少し縮める。


「因果の糸が見えるようだね。人間ではなかろうと分かってはいたが、やはり尋常ではない。君はいったい、何者だい? どうも嫌な予感がしてならないのだけどね」

「儂か? 儂は見ての通り、どこにでもおる可憐な娘じゃ」


 どこにでも居る可憐な娘は、人を食ったようにニヒルな笑みなど浮かべない。いかにも剛力自慢という武闘神官に囲まれて、「やれやれ」という風に手を振ることもだ。


「儂も、うぬらの世界では見えなんだよ。いささか本調子でないせいもあるがのう」


 給魄の壺から垂れる液体は、もうか細くなった。辛抱の弱い者であれば、空になったと見切りをつけるだろう。

 しかしベアルは、そうでないらしい。最後の一滴までも待ちたいのか、あるいは待たねばならないのか。

 神官たちも、今にも飛びかからんとする姿勢で耐えていた。


「私たちの世界、と? つまりここが、君の居る世界ということかな。魔神王の作った、この大迷宮が」

「いや違う」


 ここは『深きところ』に広がる大迷宮。それはの魔神王が巣くった場所と、誰もが知っている。

 ましてやベアルは、そこで死闘に参加した英雄。討ち果たされた筈の魔神王が、生き長らえていた。そう看破したに違いない。

 だがミラは。己が魔神王だと語った少女は、ここが自分の居場所ではないと答えた。


「違う――?」

「勘違いをしておるようじゃから、教えてやろう」


 先のお返しということか。ミラは顎を少し上げて、いたずらっぽく鼻を鳴らす。


「そもそも儂の住む場所は、リプルル。うぬらの住むワーレルとは、直に繋がってはおらん。ここはその狭間にある通路であって、儂が拵えたものではない」

「なるほど、よく分かったよ」


 顔を険しくさせながら、ベアルは何度か頷いた。それから短く神聖語を発し、守りの為と見える奇跡を武闘神官たちに与えていく。


「君が害悪の成れの果てで、あのときとは比べ物にならぬほど弱っていることがね」


 彼らの戦闘準備が整うとほぼ同時。黒く流れていた因果の糸が、途切れた。最後に数滴、ぽたぽたっと連続して落ちると、潔くもそれきり垂れることはない。

 シャルは壺を持つ腕を力なく落とし、膝を地面についた。そのまま尻もちをついて、クレフを眺めつつ「トマス、トマス」と、名を呼ぶ。

 ただその表情は呆然として、現実を見てはいないように思える。


。巻き込まれないように」


 包囲がゆっくりと、慎重に縮められ始めた。

 クレフの持つ布袋には、まだ黒い液体が残る。まだ動けない。シャルも動こうとする気配はない。


「み、ミラ。どうすりゃいい? このままじゃ、袋叩きだ」

「いや。このままであれば、うぬだけはそうならんよ」


 言っている意味が分からない。「えぇ?」とひと言を返す間に、少女は剣先を突きつけた。


「うぬを切る」

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