2:はじまりと終わりの街(4)
聖堂前の広場へ、多くの人が集っていた。整然とした横並びの列がいくつあるのか、数えるのも面倒なほどに。
数人の聖職者が前の列から順にその前を歩き、祝福の済んだ者は広場の外へと出ていく。
朝からずっと
「では、わたしはここで」
「分かった。適当にうろついてから、酒場で待ってる」
空けられている広場の真ん中を通って、シャルは聖堂に入っていった。トロフでもそうだったが、いつでも戦闘の出来るあの格好を取り繕う気はないらしい。
クレフは広場を囲む段差に座り、もの珍しそうに眺めるミラと共に、時間潰しをすることとなった。
串焼きはもう一本も残ってなく、味の染みた串をミラは齧り続けている。
「これは何をしておるのじゃ?」
「ああ、日曜だからな――」
「日曜?」
七日間をひと括りとして、その日は休日とする。
そんな誰でも知っていることを、少女は知らないようだ。土地が違えば暦も違うのだろうと、納得は出来たが。
「この国じゃ、七日に一度は休みと決まってる。今日がその日だ」
「ほう、奇遇じゃな」
「奇遇?」
人の動きに合わせて首を動かし、聖堂の高い尖塔を見上げていた目がクレフに向く。
その時に意識を向けている物に、躊躇なく向けられる赤い目が眩しいと思う。
「昔、な。時間を共にしておった者が居る。儂には仕事があったが、毎日やるのは面倒じゃった。三日に一度の休みを提案すると、そやつは十日に一度で十分と言った」
貴族のように教師を雇って学問をさせる例は別として、子どもにも仕事はあって当たり前だ。
幼くとも例外ではなく、家事くらいはどこの家族もさせるだろう。
しかしその前提で言っても、共に時間を過ごした相手というのはよく分からない。
「話し合った結果、七日に一度と決まった。奇遇じゃろ?」
「奇遇と言やあ奇遇だが、そいつがこっちの暦を知ってた可能性もあるな。三日に一度も休まれたら敵わんから、そう仕向けたのかもな」
幼いミラの言う昔とは、いつのことか。ともかく遡って確かめることも出来ないのだから、半分はからかって言った。
けれどもミラは謀反に遭った君主のような、愕然とした表情を浮かべる。
「なんと……してやられたわ」
「いや、どうだか知らんけどな」
その時を思い返してだろう、ぶつぶつと愚痴のようなことを呟き続けた。
なぜそこまでとは思うものの、それほどショックを受けたのなら悪いことをした。クレフは思い、慰めの言葉を探す。
「あぁっと、それはだな――」
「良いのじゃ! 儂がその程度のこと、気に留める筈もない!」
見事なふくれ面で、説得力は皆無だ。
――仕方ねぇ、また食い物の屋台でも探すか。
食べることに目がないらしいミラには、それが特効薬となるに違いない。
「じゃあ何か食いに……」
「それよりもじゃ。あれは何をしておるのか答えんか」
八つ当たりの怒気が、言葉にこもっていた。その質問に答えるだけで晴れるのなら、クレフも全くやぶさかでないけれども。
「いちばん前で、ずっとうだうだ喋ってるのが司教だ。神さまのありがたぁい教えを、説いてくださってる」
あどけない少女に教える為ではあっても、聖職者を語るのに平静で居られる自信はなかった。だから自然、語り口が小馬鹿にしたものになる。
「それで集まってる信者たちは、献金をする。回ってる司祭が天秤を持ってるだろ? あれに載せるんだ」
「面倒な。皿や袋で良かろうに」
「だな。でもあれが奴らには大事なんだよ」
天秤の片方には、
献金の方に天秤が傾けば、その証として聖印の刻まれた特別な銀貨。
逆に錘の側へ傾いたままであれば、銀貨はもらえない。献金は別の侍祭が持つ袋に入れられた。その信者には祝福も与えられず、代わりにお説教がある。
「今週のあなたの因果は、良くないものだったのでは? ってな」
「因果か。その者の行いが良くなかったから、天秤が傾かなんだと言うのか? 馬鹿馬鹿しい。そんなもの、重さ次第ではないか」
ミラの言う通りだとクレフも思う。特に、馬鹿馬鹿しいという部分が。
一週間という時間を過ごす中、不平不満を言わず、人を傷付けず、虫も殺さなかった。そんな人間など居る筈がない。
「それがなぁ。同じ枚数でも、傾くときと傾かないときがあるらしい」
「なんと。それは面妖じゃな」
「まぁ日によって、錘の重さを変えてるとかだろうけどな」
「イカサマではないか」
またもその通りだ。
与えられた銀貨をどうするのかと言えば、それを百枚集めることで、聖印入りの小さな金貨。
さらにその金貨を百枚集めれば、免罪符と交換してもらえる。
信者は女神に認められ、死後にその戦列へ加えられる為に足繁く通うのだ。
「うまい商売を考えたもんさ」
クレフは何も、ミラにまで聖職者を憎ませようと考えてはいない。しかし子どもだからと、真実を覆い隠して伝えることはしたくなかった。
いま話したのは全て、信者であっても少しひねくれた者なら、酒場などで愚痴っていることばかりだ。
だが。二人の声が大きかったのか、あちらの耳が良すぎたのか。神聖な儀式の現場で語る内容ではなかっただろう。
「そこの者たち。女神アマルティアを愚弄した疑いにより、話を聞かせてもらおう」
クレフとミラの座る背後に、五人の聖騎士が迫っていた。
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