第69話 理想の相手



 ◇ ◇ ◇




 あの頃、幼いアンドレアは兄達の膝の上に座って、絵本を読んでもらうのが楽しみだった。


 二人の兄もおしゃまで可愛い妹がねだれば、いつでも一緒に遊んでくれたのだが、絵本の読み聞かせにも根気よく付き合ってくれたものだ。


 代わる代わる優しい声で、いくつもの物語を朗読してくれる兄達がアンドレアも大好きだった。


 その中に特別、彼女が気に入っていた絵本があった。


『竜の花嫁』という題名の、挿し絵が綺麗な一冊で、繰り返し読んでもらっていても飽きないくらい、物語の世界に惹かれていた。


 当時の彼女にとって、とても大切な宝物だったのだ。





「ふふっ。アンドレアは本当に、このお話が大好きだねぇ?」


 その日もお気に入りの『竜の花嫁』を読んで欲しいと差し出されて受け取ったジェフリーは、微笑ましそうに妹を見つめながら言った。


「うん、ジェフリー兄様。このご本ね、アンドレア、大好きなのっ」


「そっかぁ。でも、どこがそんなに好きなの?」


 こてんと小首を傾げて、興味津々に問いかける。


「だってとっても一途なんですもの。生涯でただ一人だけを番として選んで愛するなんて……ステキですわ」


 ポッと可愛らしく頬を染めながら答えるアンドレア。彼女が気に入っていたのは、美しい挿し絵よりも、ロマンチックなお話の内容だったらしい。


 はにかむ姿は可愛らしいけれど、妹の一番を取られたようで、ちょっとムッとしてしまう兄達。


「僕達だって、君のことが大好きだよ」


 アンドレアのキラキラと輝く瞳をまっすぐに見つめながら、ユージーンが真剣に思いを伝える。


「わたくしもですわ、兄様たち」



 欲しかった言葉を聞けて、一気に機嫌が直った二人の顔がぱぁっと輝く。



「じゃあ、大好きの一番は僕達でいいよね?」


「それは……駄目ですわ」


「アンドレア!?」


「なぜ? 僕たちが嫌いなの?」


 ちょっと焦った様子で、駄目だという妹に詰め寄る兄達。


「あのね、わたくし聞きましたのよ。わたくしは将来、父様ともにいさま達とも結婚できないんですって! びっくりいたしましたわ」


「……へぇ。誰がそんな事を君に教えたんだい」


 余計なことを、と舌打ちしたくなるのをこらえて妹に聞いてみるものの……。


「それは乙女の秘密ですの。兄様達には教えてはいけないんですって」


「えぇ、そんなぁ。でもこっそりならいいでしょ?」


「ジェフリーの言う通りだよっ。ね、アンドレア。こっそり兄様に教えて?」


「うふふふっ、駄目ですの。シーッ、ですわ」


「「ええぇ~」」


 兄達に問い詰められても、いたずらっぽく口元に人差し指を立てて、ナイショだといって答えない。


 不満そうな兄達をよそに、ニコニコと幸せそうだ。


「ですからわたくしの一番は、竜の花嫁さんですの。憧れですわ!」


「……ふ~ん」


 溺愛する妹にうっとりした声でそう告げられ、兄達は内心、とってもおもしろくなかった。ジェフリーなんかはちょっとふてくされている。


「それに我が国には、守護聖獣として神竜様がいらっしゃるんですもの。竜に縁があるお国柄、きっといつかわたくしにも、ステキな竜の君がお迎えに来てくださいますわ」


 絵本に描かれている綺麗な竜とその花嫁を撫でながら、夢見るように言った。




 妹の嬉しそうな顔を見て、兄二人は気づかれないように視線を交わした。


 彼女には言えないが、アンドレアの将来にほぼ自由はない。


 まだ五歳にもなっていないとはいえ、王家に王女が生まれていない今、彼女は次の聖女候補にも、王子達の妃候補にも名前が上がっているのである。


 聖女に関しては聖属性の素質が必要なのだが、アンドレアは王家の血を引いているがゆえに期待されているのだ。このところ魔力が強まってきているのも、その期待に拍車をかけていた。



(今くらいは夢を見せてあげたい……)



 もうすでに可愛い妹の一番から外されてしまったのには全然納得いかないけれど、それが兄達の本心だった。


「よし、じゃあその時が来たら、君をかけて竜と勝負してやろう。どうだい、ジェフリー!?」


「そうだね、ユージーン兄様。僕達の妹をしっかり守れる奴か、ちゃんと確かめないといけないもんね!」


 張り切る二人の様子がおかしかったのか、思わずと言った感じでアンドレアが笑った。


「まあ、兄様たちったら」


「アハハハッ」


「うふふふっ」


 妹を笑顔にするのは、ずっと自分達の役目だと思っている。


 だから竜に負けるのはちょっぴり悔しいけれど、妹の嬉しそうな顔にまあいっかと一緒に笑ったのだった。




 ◇ ◇ ◇




「……そんなこともあったね。だけど、夢物語だとも思っていた。それでも君の心を軽くしてくれるなら……と」


「本当にそうですわね。あの頃の兄様達との想い出は、今でも大切な宝物ですわ」


「うん、私もジェフリーもそうだ。同じ想いだよ」


 柔らかく微笑みながらいうアンドレアに、ユージーンも懐かしそうに頷く。


「だから、びっくりしたんだ。こんな奇跡が起こるとはね」


「……実をいいますと、わたくしもまだ実感がわきませんの」


「そうだろうねぇ」


 聖女に決定したと言う喜びの手紙が届けられたばかりだったのだ。


 その上、更に竜の半身に選ばれるとは、彼女達の想像を越えていてた。


「驚きもあるだろうが、最強の守護者がついてくださっていると思うと心強い限りだ。違うかい?」


「ええ、ユージーン兄様。 恐れ多いことですが、とても大事にしてくださいますし」


 兄の問いに控えめに答えるアンドレアだが、とても大事というか、周りが見えなくなるほど大切に、そして彼女がいなければ生きていけないというかのように情熱的に愛してくれている。


 絵本の中の世界のまま、竜から一途に愛される彼女は、結果的にこれ以上ないほど、身の安全を保証されたといえるだろう。


 緊迫する情勢の中で、これほど心強いことはない。





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ヒロインに悪役令嬢呼ばわりされた聖女は、婚約破棄を喜ぶ ~婚約破棄後の人生、貴方に出会えて幸せです!~ 飛鳥井 真理 @asukai_mari

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