第68話 幼い頃の夢



「……王妃様が権力欲が強く苛烈な方なのは存じ上げておりました。ですが、ここまで露骨ですとさすがに不愉快ですわね」


 アンドレアは、彼女の不遜な振る舞いは目に余ると眉をひそめた。


「そうだな。全く困ったものだ」


 将来の国王と王妃に加えて、聖女と大神官まで全てを自分の身内で固めようなど、強欲が過ぎる。


 だが、もし彼女の策略が成功すれば、国内にはもう敵はいない。


 この国を思いのまま、裏から操れるようになるだろう。


 自分の手を汚さずにユーミリアと闇の神官を煽り、何かしらの事件を起こさせ、責任を取らせる形で大神官を遠くへ追放しようというのか。


 目映いばかりのエメラルドの瞳に、怒りの色が宿った。




「そんな事はさせませんわ。あの方の野心に巻き込まれ、犠牲になった方々がいったいどれだけいらっしゃることか。こんな茶番はもう、終わらせませんと」



「勿論だ。あの方は遂に、我々にも手を伸ばすおつもりらしいが。例えどんなに策略を巡らせたところで、後悔することになるとも知らずにな」


 ユージーンも妹とそっくりな緑の瞳を剣呑に光らせ、ニヤリと笑った。


「何しろ、こちらには偉大なる竜の君がついていらっしゃるのだからね」


「まぁ、兄様ったら」


 人の身で、ラグナディーンとグランディール、二頭の竜に愛されているアンドレアを害そうとするなど、思い上がりも甚だしい。


 守護竜を戴く国の王妃なら、そんなことくらい分かっているだろうに……竜の選んだ聖女に手を出そうと考えるとは。


 この世界の生態系の頂点に立つ竜が相手だと、どんな企みも稚拙だ。


 成功すると本気で思っているのだろうか……それとも何か、妙案が?


 二人はそれぞれ、思考の海に沈んだ。






 それからも兄妹の話し合いが長く続いたので、気を利かせた接待役の神官が、ユージーンに紅茶を運んできてくれた。

 アンドレアの方も同様に水の精霊達がお世話をしてくれたので、一息つこうとありがたくいただくことにした。


 王妃派の思惑を推察することから一旦離れ、温かい紅茶を口に含む。


 かぐわしい香りに癒され、ずっと張りつめていた空気が和らぐ。


「……本当は君に、直接お祝いを言いたくて申し込んだはずの面会だったんだけどね」


 無念そうにひとつ、ため息をつきながらユージーンがポツリと呟いた。



 彼としても、後手後手に回ってしまっているこの事態は不本意だし、もっと純粋に妹の幸せを喜びたかった。


「次々と予想外のことが起こってしまって……我が家の一番の慶事だというのに、こんな報告を君に聞かせなくちゃいけなくなるなんてね。思っても見なかった」


「ユージーン兄様」


 兄が言うように、アンドレアは聖女として選ばれた時と竜の半身となった時にそれぞれ、実家に手紙を書いて知らせている。


 聖女認定はともかく、竜の半身になった知らせには唖然としたそうだ。


 ラグナディーンに御子がいらっしゃることは、国のトップシークレットだったので当然、キャメロン公爵家も寝耳に水の話だったからである。


「あれには、家族みんなでひっくり返りそうになるぐらい驚いた」


「うふふっ、それはそうでしょう。でも、のことを知っていたわたくしだって驚きましたわ」


 二人は顔を見合わせて微笑み、幸せな思いを共有した。




 グランディール達、竜が御子のことは国王と大神官、そして竜に仕える聖女だけの秘密だ。


 今回、アンドレアの家族と言うことでユージーン達にも特別にその秘密が知らされたが、現在はユーミリアや王妃の間者がこの大神殿のどこまで深く入っているか不明のため、用心してぼかした言い方をしたのだが……。


 手紙で知らされた内容に、いかに家族が衝撃を受けたかを面白可笑しく書いた返事が来た時には、グランディールやラグナディーン達と一緒に、みんなで楽しく読んだものだ。


 そこには、竜に選ばれたばかりで大神殿から離れることが出来ないアンドレアのために、家族揃ってお祝いに来てくれるということも書かれてあった。


 アンドレアは喜び、その日を心待ちにしていた。


 僅か数日で自分の身に危険が及ぶ事態になるとは、思いもぜずに。



 ――それら全てが起こったのがまだ、たった数日間のことなのだ……。



「だけどね、アンドレア。私達はいつも君の幸せを願っているんだよ。大変な時だけれど、それでも今、私達家族から祝福を贈りたい。なんといっても、幼い頃の君の夢が叶ったのだからね。おめでとう、アンドレア」


 そう言って、心からの笑みを浮かべ、妹が竜の半身となった事を喜んでくれた。


 家族全員の顔は見れなかったが、こうして通信の魔道具越しとはいえ長兄と会えて、祝福の言葉を貰えた。


 幸せだった。


 思わず顔をほころばせる。


「ありがとうございます、兄様。わたくしもまだ、夢を見ているのではないかしらと思ってしまうのです」


「フッ、そうか。手紙を読んで最初に思ったのは、私もジェフリーも同じことだったんだよ。君に何度もねだられて読んだ絵本……あれを思い出したんだ」


「まぁ、懐かしいですわねぇ。大好きでしたわ、あの絵本」


 瞼を閉じると、当時の思い出がありありと蘇る。


 愛おしげにアンドレアを呼ぶ、兄達の優しい声と共に……幼き日々を、思い出す。





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