第67話 それも策略の内
「そうか。どうやら彼は優秀な闇魔法の使い手というだけではなく、闇魔法の研究者でもあったらしくてね。魔法省の解析班が調べたところ、彼女が脱獄した際、黒の塔に張られた結界の一部が無効になっていた時間があったと分かったんだ」
「それが彼の仕業だと……?」
「今のところ、その可能性が高い」
「まぁ。そんな優秀な方が……惜しいですわね」
「全くだよ」
普通は魔法無効の結界を破ると警報が鳴り、すぐさま黒の塔だけでなく白の塔の魔術師達にも連絡が行くはずだという。
それなのに、警報装置は作動しなかった。
最初にユーミリアの脱獄に気がづいたのは、夜の見回りをしていた警備兵だったという。それまでは誰も異常を察知できなかった。
数時間前に確認した時にはちゃんといたのに、まるで手品のように突然、牢から消えたのだという。
黒の塔は大騒ぎになり、塔に詰めていた夜勤の者以外の警備兵も導入して慌てて探し回ったものの、今に至るまで見つけ出すことができていない。
魔法省でも、事件発生後からずっと、どういう原理で結界を潜り抜けたのかを必死になって調べているらしいが、まだ解明されていないんだとか。
「ではジェフリー兄様も大変ですわね」
「ああ。ずっと魔法省に詰めているよ」
「
「分かった、必ず伝えるよ。ジェフリーも可愛い妹から言われれば、無茶をしないだろう」
「まぁ、フフフッ。兄様ったら。そうだとよろしいのですが。ジェフリー兄様は魔法のこととなると、周りが見えなくなっておしまいになりますものね」
「ははっ、そうだね、ジェフリーのことは私も気をつけて見ておくよ」
頼りになるキャメロン公爵家の長兄は、そう言ってアンドレアに約束してくれた。
「ええ、お願いいたしますわ。ですが勿論、働き過ぎなのはユージーン兄様も父様も同じですからね?
「分かった分かった。肝に銘じるよ」
可愛い妹からの自分を案じるがゆえのお小言に、ちょっと嬉しそうなユージーンだった。
「まぁ、魔法省も大変だけど、それよりも私はこれからの大神殿の方が気になるんだ」
憂鬱そうな兄の呟きに、アンドレアも不安になる。
「それは何故ですの?」
「考えてもごらん? 今回、囚人を脱獄させる相手は別に、ヒューイットでなくともよかったはずなんだ。候補は他にもたくさんいるだろう?」
例えば身近なところでは、マリエッタ・ソルジュ分隊長の婚約者だった同じ近衛騎士のギャレット・ファルターなども、ユーミリアに誑かされた内の一人だったはずだ。
同じように、城の警備についているような若手も探せばいただろう。
彼らの方が勤務先なので城内にも詳しいし、城の裏手にある黒の塔にも自然に近づけたのではないか? 王妃も城内の警備兵なら動かしやすかったはず。
それなのに何故、数ある候補者の中から闇の神官をターゲットにして、ユーミリアの脱走を手助けをさせたのだろうか?
「まさか兄様、闇の神官を選んだのも王妃様の策略の内だとおっしゃりたいの?」
「そのまさか、だよ。間違いないと思う」
「まぁ……なんてこと。では、狙いは大神官様?」
「多分ね」
今の大神官は、国王派である。
王妃としては、自分の生んだ第二王子の政権を揺るぎないものにするため、政教両方のトップを押さえておきたいと思っているはずだ。
その上で息子を傀儡にし、いよいよ自分が権力を握るつもりなのだろう。
「大神官様には今までこれといった失策はない。広く国民からも慕われているし、無理に排除しようとしてもできなかったはず。そしてこれからも余程のことがない限り、交代はないだろう」
「待っていても無理なら、失脚する理由を作ってしまえばいい……と?」
「そうだ。あの王妃様の考えそうな事じゃないかい?」
「……認めたくありませんけれど、あの方ならそれくらいなさるでしょうね」
冤罪をでっち上げる機会を狙っていた王妃が、ユーミリアに魅了された闇の神官に目をつけた。
都合よく彼には脱獄させるための能力も備わっている。
闇の神官に協力する振りをして問題を起こさせ、大神官には監督不行届という汚名を負わせる……。
そう考えると数ある候補者の中からヒューイットを選んだのは、大神官の失脚を狙うためだというユージーンの推察は実に的を得ていると感じた。
「この機会に、国王や中立派閥寄りの今の大神官を排除し、王妃派に属する血筋の大神官を据えようと動き出すつもりだと思う」
キャメロン公爵もそう推察していると言われて、アンドレアは重いため息をついた。
「まぁ、そんな……ただでさえ大神官様は、竜祭りと聖女誕生祭の準備でお忙しくされているというのに、政治まで絡んでくるとは」
居場所が分からず野放しになってしまっているユーミリアも危険だが、王妃はもっと危険である。
「今代の聖女はアンドレアに決定したからね。君が死ぬまで交代は不可能。だから、まずは大神官だけでもといったところだろうけど……」
そこまで言うとユージーンは険しい表情になった。
「兄様?」
「うん。ただ、王妃様は今、第二王子の体調が悪いこともあって、とても焦っておられるだろう? 罪人とその協力者を使って、何を仕掛けようとしているのか。最悪の事態を考えておいた方がいい」
「……それはつまり、
「ああ。私達はそれを懸念しているんだよ、アンドレア」
兄の言うとおり、王妃が手駒にした罪人、ユーミリアはアンドレアを憎んでいる。
嫌なことに、彼女達の利害は一致するのだ。
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