第66話 大神殿の混乱



「王妃様は、彼女の男を虜にする力を今度も利用するつもりだろう」


「そうですわね。直接手を回しているとなると、どんな策略を企んでおられるのやら……不気味ですわ」


 アンドレアは憂鬱そうにため息をつく。


「今も何処に隠しているのか……黒の塔を脱獄してからの足取りが掴めないんだ。協力者がいることは間違いないんだけど……」


「罪人だと分かっていても、喜んで彼女に協力する者はたくさんいるでしょうしね」


「ああ……頭が痛いことにな」


 ロバート王子達が拘束され直接支援できないとはいえ、他にも彼女を匿い、守ろうとする男はいる……と言うか、ユーミリアの虜になった男性は多すぎて、その誰も彼もが疑わしいのだ。潜伏場所を特定するのも難儀しているらしい。




「王妃派の動きも注意して探らせているが、彼らもどう動くか不明だ。アンドレア、ここは神竜様の御座所だし安全だと思うが、十分に気をつけるんだよ」


「ええ、兄様。態々、忠告に来てくださってありがとうございます」


 危険を知らせに大神殿まで出向いてくれた兄達の心遣いに感謝しながら、安心させるようにしっかりと頷く。



「直接君を守れ無いのは歯痒いよ。私達公爵家の人間が大神殿に居座るのはよくないからね」


「そのお気持ちだけで十分です。大神殿には神兵もおりますし、警備も王城並に万全かと……どうぞ安心なさって」


「……分かっては、いるんだけどね。ただ、囚人を逃がす手引きしたのが王妃派と手を組んだ闇の神官だったろう? 同僚から罪を犯す者が出たということで、神官達も随分と動揺しているようだった……」


「まぁ、それはお気の毒ですわ。その方達に責任はございませんのに」


 ユージーンが言うには、この通信室に来るまでに大神殿の中を通って来たのだが、大神殿全体がいつになくざわついていて落ち着きがない様子だったという。浮き足立っている今の状態は危険だと感じたそうだ。


「そうだね。大神官様とも少しお話しをさせていただいたが、こんな時だからこそ気を引き閉めないといけないとおっしゃっていたよ。それに問題は、裏切ったのが彼だけではないかもしれないと、言うことなんだ」


「……兄様、それは、神殿内に他にも罪人に協力するものが潜んでいるかもしれない、ということですの?」


「ああ、それを深く懸念しておられたよ」


「まぁ」


 ユーミリアは十歳で聖魔法の素質があると判明してからずっと、大神殿に通っている。


 それは聖魔法の使い手としての心構えと、聖女候補になる可能性がある全ての少女達に大神殿で教育を受ける義務があったからだ。



 それだけの期間があれば、他にも彼女の毒牙にかかった神官がいる可能性を危惧するのも分かる。


「神官もだが、それ以外に大神殿にいる者達の中にも親しくしていた者がいないかどうかを、現在調査中だそうだ」


「……わたくしも通っておりましたが、気がつきませんでしたわ。この大神殿で、彼女と会ったこともありませんでしたし」


「そうだろうね。君は特別プログラムを受けていたのだから、接点がないのも当然だ」


 アンドレアは八歳でロバート王子の婚約者に選ばれた時点で、聖魔法の素質がある聖女候補生の少女達とは違う教育を受けていた。


 そのため、顔を合わせる機会がなかったのだ。


 これはグローリア王国が執っている政教分離政策のためだ。


 王子妃候補になったアンドレアは聖女教育を受けられなくなったからである。




「ヒューイットは聖魔法の使い手達の直接の教育係ではなかったようだけれど、二人は何度も接触していたらしい。見ていた神官はたくさんいたよ」


 ただ、課題が出来ない少女達を大神殿に所属する神官が手助けしてあげる光景は、ユーミリアだけではなく他でも見られるので微笑ましく受け止められており、特に注意を引かなかったそうだ。



「それがいつからか分からないが、彼も彼女に取り込まれてしまったと言うことだね」 


「まぁ、闇の神官なら精神系の魔術には耐性があるはずですのに……」


 闇の神官は厳しい戒律のもと修行を積んで、担当指導官に認められた者だけがなれる。


 そのヒューイットと言う神官も闇の神官を名乗っていた。相当、優秀だったはずだ。


 それでもユーミリアに取り込まれたと言うのか……。


 今回彼は、ユーミリアを救い出したいという気持ちを王妃派に利用されたのだろうが、これでエリートコースから転落してしまった。




「確かにそうだけれど、術者本人に好意を持ち、気を許してしまうと隙を突かれる。自ら受け入れることに同意したことになってしまうんだ。余程のレベル差がないと、精神攻撃は防げないだろうと言うことだった」


「精神耐性も万能ではない……ということですのね」


「そうだね。ところでこのヒューイット・シモンズという闇の神官だけれど。君は知っているかい?」


「いいえ、兄様。わたくしは存じ上げませんでしたわ」


 アンドレアも聖女候補として五歳の頃から大神殿に通っている。


 知り合いだったとしても不思議ではなかったが、知らない人だった。


 そのことにどこか安堵しながら、首を振った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る