鬼の手

せてぃ

鬼の手

 鬼の寿命は、驚くほど長いのだ。

 人間の常識では計り知る事の出来ぬほど、な。


「はあ。じゃあこの絵だとかなり若く見えますけど、本当はもう、相当な歳だったりするんですか?」


 間宮まみやと名乗った三十代後半の男は、無遠慮に額縁がくぶちに手を掛け、大した興味もなさそうに言った。


「……口伝には、鬼の歳までは伝わっておらぬ」


 わしは絵を見ながら、事実を伝えた。

 この島に伝わる歴史には、鬼の年齢など伝わってはいない。それどころか、証明になる文書も、絵巻物も伝わってはいない。あるのはわしの頭の中の口伝だけだった。

 壁にかかった絵は、数年前にここを訪れた画家が描いて行ったものだ。わしの話すこの島の伝説をずいぶん熱心に聞き、ぜひ絵にしたいと言って描き残していった。有名な絵描きらしい。とてもよく描けた絵だった。


「で、問題のものはどちらに?」


 間宮は、やはり大して興味もなさそうに、薄暗い御堂の中を歩き始めた。心霊現象や超常現象などを取り扱う専門雑誌の記者だと名乗ったにしては、そういったものに対する敬意というものがまるで感じられない。問いかければ、単なる金を稼ぐ道具ですと、いまにもバカ正直に言いだしそうなほどだ。

 そもそも、この島に現れた時点で、この男には敬意の欠片もなかった。この離れ小島まではまず、対岸にある町に、一両しかない電車に揺られてやってきた。それだけでもずいぶん辺鄙へんぴなところだと思ったのに、この島はさらにひどい。電気もろくに通ってないじゃないか。わざわざこんな田舎まで来てやったのだから、記事になりそうな話を出せ。直接的ではないにせよ、間宮は島に足を着けてから、そんな言葉を繰り返していた。

 この島に十数人だけいる住人の長であるわしが、自ら案内を買って出てからも、間宮は態度を変えなかった。しかし案内してやることにしたのだ。不満はあったが、それでも、多少の無礼は大目に見ることにしよう。わしは何度目かになる言葉を頭の中に並べながら、左手に持った燭台しょくだいの上で灯る蝋燭ろうそくの明りを、御堂の奥へと向けてやった。明りが揺れ、わしの手に刻まれたのしわが濃い陰影を刻んだ。


「ほお、これが……」


 御堂の一番奥までたどり着いた間宮が、安置されているものを確認したのだろう。わざとらしい声を上げた。

 この島には神社も寺もない。

 だからこの御堂に祀られているのは神でも仏でもない。

 この御堂は、鬼御堂おにみどうと呼ばれている。


「これが伝説に伝わる鬼の釣竿、ですか」


 わしたちが普段暮らしている集落から、内陸に入り込むこと十分。島の中心で、すべてを見下ろせる高台に、鬼御堂はあった。古い木造の屋根には苔が見え、全体に黒く変色している。島のものでも月の番の者以外、あまり近づくことのない場所だった。

 その御堂に安置されているのは、この島に伝わる伝説の、唯一の証明となるものだった。


 大昔、この島には鬼がいた。

 釣りを好む鬼は、海で釣りをしていて、人間の女を釣り上げた。


 鬼御堂に置かれた釣竿は、その時に鬼が持っていた釣竿だと言われている。


「……ただの乾いた竹に見えますけどね」


 面白くもなさそうに、間宮は御堂の床に座り込んだ。月の番のものが欠かさず掃除をしているから、汚くはないだろうが、ただ冷たいはずだ。新たな年を迎えたばかりのこの島は冷える。板葺いたぶきの御堂の中ならば、なおさらだった。

 座ってからそれに気づいたのか、間宮はくたびれた上着の前を合わせ、腕を組んでわしの方に視線を向けた。


「それで、その、口伝でのみ伝わっている、っていう伝説の続きは、どんな何ですか? わたしはそれを聞きに来たんですよ」


 間宮は、明らかに早く済ませたい様子だった。伝説の内容など、本当はどうでもいい。早く帰りたい。そんな声が聞こえてきそうだった。わしはため息をついて、その間宮の前まで歩いて行った。左手に持った燭台を間宮とわしの間に置いて、座った。


「島の外には、どの程度話が伝わっておる?」

「鬼が女を釣り上げた、ぐらいですよ。その後その鬼がどうなったか、女がどうなったか、どこにも伝わってないくせに、その伝説だけは残ってるんです。あなたは伝説の続き、ご存じなんでしょう?」


 わしはゆっくりと頷いて、この島に伝わる鬼の伝説を話し始めた。





 千年以上昔、この島には鬼がいた。

 元々は、対岸の山に住んでいた。ところがそこに人が住むようになり、追われるようにこの島へ移り住んだ。

 鬼は島へ来て覚えた釣りで、日々の糧を得ることが多かった。その日も海に向かって糸を垂れていた。

 その竿に、娘がかかった。

 美しい娘であった。年の頃は二十手前。多少気の強そうな切れ長な目が特徴的であった。上等な着物に身を包んでいることから、鬼は人間の、高い位のものを想像した。だが、そこは鬼だ。今夜の食事は魚でも人でも十分だと思い、娘を担いで住処すみかに戻った。

 肩から降ろしたところで、娘が目を覚ました。目が合うと驚き、叫び声を上げる。これまで鬼が見て来た、自分を元の住処から追い立てた人間の様子ならば、それが当然だった。

 ところがこの娘は違った。鬼を真正面からしっかりと見据え、金切り声を上げず、一言、感謝の言葉を述べた。

 鬼が面喰っていると、娘はさらに言葉を続けた。

 娘はやはり、さる高貴な家のものなのだという。物見遊山ものみゆさんでこの島の近海へ船出した折り、誤って海に落ちた。速い潮の流れに揉まれているうちに船は遠ざかり、意識も失った。

 そしていま、気がついたのだと言う。娘は重ね重ね、鬼に感謝した。丁寧な言葉使いで、物腰も柔らかい。これまで鬼が見て来た人間の中で、最も優雅で、気品に満ちていた。

 ぜひあなたにお礼がしたい。形だけではなく、望むもの、例えば美しい衣であるとか、ぜいを尽くした食事であるとか、そういったお礼を、どうしてもしたい。娘はそう繰り返した。対岸まで渡れれば、道は分かる。どうかわたしと一緒に、わたしの親元まで出向いてはくれまいか。

 鬼は娘の申し出を受けた。娘が言う礼が欲しかったわけではない。ただ、この娘ならば信じられるのかもしれない。そう思ったのだ。

 これまで鬼が出会った人間は、角のある自分と出会うと、恐れ、逃げ去るか、さげすみ、石を投げて来るかのいずれかしかなかった。

 だが、この娘は違った。自分の命を救ったのが鬼であると知っても恐れず、蔑まず、人と変わらぬ態度で有り続けた。そんな人間には、会ったことがなかった。なまじ人に酷似した容姿を持っているだけに、自分と人間と、一体何が違うのかと悩んだこともある。その自分に、この娘は人と変わらぬ態度で接し続けたのだ。

 この娘のいうことならば、信じてもいい。これまで自分を蔑んできた人間たち全部を信じることはできない。でも、もしかしたら、この娘の親類縁者だけなら、信じることができるのではないか。鬼はそう思ったのだ。

 小さな島に一人暮らす鬼は、孤独だった。周りに敵しかいないこの世界に疲れていた。鬼にとって命を救ったこの娘は、いつしか自分をこの孤独から解き放ってくれるかもしれない、大切な存在になっていた。

 舟などはなかったので、鬼は娘を背負って、対岸までの海を泳いだ。岸についてからは、娘が先に立って道案内をした。

 二日ほど歩いた。途中、人間に会わなかったのは幸いだった。自分を見れば、大騒ぎになるに決まっている。もしそうなっても、この娘は自分をかばってくれるだろう。だが、それでも人間たちは恐れ、おののき、刃を突き立てることさえいとわないだろう。もしそうなったとき、自分はこの娘を巻き込んでしまう。鬼にとっては、そのことの方が辛く感じるようになっていた。

 目の前に集落が見えた。かなり大きな集落だ。娘はそれをマチ、と呼んだ。娘の親は、この大きな集落の長なのだと言った。

 集落に入ると、さすがに人間が多く、その目が気になった。だが集落のものたちは皆、自分ではなく娘を見て声を上げた。歓喜の声だ。よくぞご無事で、そう集落のものたちは繰り返して娘に駆け寄り、誰もが先に立って娘の手を取り、集落の一番奥にある、大きな家へ向かって歩き始めた。

 見れば見るほど、巨大な家だった。鬼はこれほど巨大な建物を見たことがなかった。高い塀に囲われたこの中に、いったいどれほどの人間が暮らしているのか。そう考えると、恐ろしくなった。自分に石を投げる人間が、どれほど住んでいるのか。

 ところがその恐怖は、すぐに取り払われた。娘が目の前の建物へ向かって走り始めたからだ。走りながら、父親を、母親を呼んでいた。

 ここが娘の家なのか。そう思ったとたん、鬼の恐怖は拭われた。この建物の中にいる人間なら、娘の親類縁者ならば、きっと信じることができるだろう。

 娘が高い塀に囲われた巨大な家の、大きな門をくぐって行く。娘に付き従った集落のものたちも、それに続いていく。自分の周りにも何人かが残っていて、まるで自分がそこへ入って行くのを、今か今かと待ち構えているように思えた。

 ここへ入ってもいいのか。鬼は恐れながら、でもこれまで感じたことがないほど喜びながら、門をくぐった。

 次の瞬間、まったく突然に、自分の左肩が跳ね上がった。

 初めは何が起こったのかわからなかった。ただ左肩が熱かった。何が、と思い、そこに目を向けた時、自分の背後で開かれていた大きな門が、轟音と共に閉ざされた。

 左肩の様子を確認する暇もなく、鬼は弾かれたように振り向いた。ついてきていたはずの集落のものたちは誰もいなかった。閉ざされた門だけが、重々しい面構えで鬼を睨みつけていた。


 構え。


 短く、鋭い声が鬼の耳を突いた。聞き覚えのある、しかし聞いたことのない声だった。


 放て。


 鬼が巨大な家の方に向き直った時、同じ声がもう一度響いた。次の瞬間、鬼が感じたのは、初めと同じ衝撃だった。肩に、腕に、胸に、足に、鬼は強い衝撃と熱さを感じた。今度はそれが痛みであるとすぐにわかった。

 見るまでもなく、鬼の目には自分の身体に突き刺さる、何本もの矢が目に入った。

 鬼は一瞬、頭が真っ白になった。自分が矢を射られ、それが突き刺さっているのはわかる。手傷を負っているのはわかる。だが、なぜ自分が矢で射られているのかが、わからなかった。

 この家は、あの娘の家のはずだった。信じられる娘の、親類縁者の住む家のはずだった。そこに住むものは、信じることができるもののはずだった。ではなぜ、自分は矢を受けている? 傷を負い、血を流している?


 ものども、かかれ。異形のものは手傷を負っておるぞ。仕留めてみせよ。


 またあの声で命令が飛ぶ。鬼は声のする方に目を向けた。恐る恐る、目を向けた。

 なぜ、お前が。鬼はそう叫びそうになったが、声が出なかった。突き刺さった矢のせいではない。あまりの衝撃に、言葉を無くしたのだった。

 門をくぐったところから巨大な家までの間には、広い空間があった。足元には白い小石が敷き詰められ、綺麗に掃除されている。ここの空間を何と言うのか、鬼は知らなかった。ただ、何十人もの人間が集まって何かをすることができることだけは、わかった。いま、この空間に、自分を取り囲んで何十人もの人間がいることが、その証だ。その空間の奥に巨大な家の入り口があり、そこに、声の主はいた。

 鬼とここまで一緒にやってきた、あの娘だった。


 鬼の首を取れ。みかどに差し出すのだ。


 娘は強い声を上げる。そんな声を出せる女には見えなかったのに、いまはまったく別人のようだった。

 なぜだ。お前まで、おれに石を投げるのか。鬼の声はついに咽喉を超え、口から飛び出そうとした。その瞬間、すさまじい衝撃が右手を襲った。

 手首の辺りだった。初めは殴られたような衝撃が走り、その直後、腹の中身を掬われるような、寒気のような感覚が鬼を襲った。その後に来たのは、激しい痛みだった。

 鬼は右手を見る。手首から先、あるべきはずの手が、その先になかった。

 大きな歓声が上がった。それを合図に、周囲を取り囲んでいた人間たちが、一斉に刃を構えた。長い刃だった。あれは確かタチと言っただろうか。陽光に白く光る刃が、壁となって鬼に迫り、あの娘の姿を覆い隠した。

 鬼は、咆哮ほうこうした。天を仰ぎ、その天を叩き落さんほどの勢いで、鬼は咆哮した。言葉にはならない、獣じみた叫び声は、周囲の人間たちをたじろがせ、その足を止めさせた。

 身体の痛みは、感じなかった。ただ、もっと奥、胸といい、頭といい、ずっと奥の方に、いかんともしがたい欠落感があった。ごっそりと、そこにあったはずのものが、消えてなくなった、そんな感覚が、鬼を支配した。


 なぜだ。


 鬼の声は、ついに言葉になった。矢傷からの出血が咽喉に絡み、妙に水っぽい声になった。それでも、鬼の強い感情は十分籠こもっていた。 


 娘、覚えておけ。おれは必ず、お前を喰らってくれる。お前が七度生まれ変わろうとも、七度喰らってくれる。頭から、手の先、足の先まで、ひとつの骨も残さずに、喰らい尽くしてくれる。


 凄まじいまでの慟哭どうこくだった。鬼自身、その声の暗さに驚いたほどだ。


 この時、鬼は、本当に鬼となった。





「それで、鬼はどうしたんです?」

「逃げた」

「逃げた?」

「そう、逃げたのだ。千に迫る白刃はくじんに追い立てられ、千を超える矢を射かけられ、それでも鬼はその屋敷から逃げ、町のものたちの手から逃れたのだ」


 間宮はまったく納得のいかない顔で息を吐いた。わしが話し始めてから、ようやく取り出したメモ帳に向かい、何かを書き込んでいたが、蝋燭の炎に映し出されたその顔は、明らかに疑いを持った人間の顔をしていた。


「後でわかったことだがな、その町に、帝から鬼の討伐令が出ておったのだ。町の長の娘で、男勝りの豪傑ごうけつで知られた女が、自ら囮となって鬼を誘い出す策を考えた。釣りをしていた鬼の前に現れたあの娘は、そもそも鬼を討伐するために、この島に現れたのよ」

「はあ、でしょうね。帝に首を、って件もありますし。しかしそれだけの深手を負って、逃げられるものですかねえ」


 間宮は首を傾げながらも、メモを取っている。一応記事にしよう、というつもりのようだが、わしの話を信じよう、というつもりはないようだった。


「それで、逃げた後は?」

「わからん。いずこで果てたか、生き延びたか、鬼の事は、島の口伝には残っておらん。あるのは、その後の娘と町のものたちの動向だけよ」

「ほお。彼らはどうしたんです?」


 わしは左手で燭台を持ち、立ち上がった。


「逃げ延びた鬼が最後に残した呪いの言葉……報復を恐れた町のものたちは、鬼の怒りを鎮めるため、一部がこの島に移り住み、この鬼御堂を建てた。そして鬼が愛用していたこの釣竿と、切り落とされた鬼の右手を祀ったのだ」

「鬼の、右手?」


 間宮がこの島へ来てから初めて、動揺と困惑、それに好奇心が一緒くたになった声を上げた。そんなものはどこにもなかった、と言いたげでもあり、それを見せろ、それなら記事になる、と言いたげでもあったが、何よりも、そんなものがあるのか、という、子供のような好奇心に満ちていた。


「そうじゃ。あの屋敷の庭で切り落とされた鬼の右手。釣竿を握っていたその手を、この鬼御堂に祀ったのだ。呪いから逃れることができるように」

「で、どうなったんです?」


 言いながら、間宮も立ち上がる。わしはそれを確認すると、再び御堂の一番奥に安置された鬼の釣竿に近づいた。


「奇妙な事が起こった」


 わしは燭台の明りを竿に向けた。薄闇の中に乾いた篠の竿が浮かび上がった。


「竿と手は元々、別々の台に置かれておった。何年もそうして置かれておったはずなのだ。だがある時、気がつくと、ああなっておった」

「ああ?」


 間宮が視線を投げるので、わしは顎と蝋燭の光で、その場所を指してやった。

 鬼の釣竿の、手元部分。

 そこに、黒い塊が、絡み付いていた。

 長く、黒い爪。節くれ立った指。


「あれが、鬼の、手?」

「そうじゃ。元々この御堂にあった手じゃ。いつの間にか、あんな風に竿を握り締めておった。まるで」


 開け放しにしてある御堂の入り口から、風が吹き込んで来た。海を渡ってきた潮風に、蝋燭の火が頼りなく揺れる。


「まるで、自分の釣竿を、取り戻そうとしておるかのようじゃろう?」


 間宮はしばらく鬼の手を覗き込んでいた。が、やがてふん、と鼻息を噴き出して笑った。


「子供騙しですね」

「子供騙し?」

「そうですよ。だいたい、あれが鬼の手かどうかなんて、わかりはしないじゃないですか。口伝で残されている、っていう伝説だって、本当かどうかわかりはしない。まあ、一応記事にはさせてもらいますけどね。せいぜいこの島に人が住むようになった理由と、この御堂の歴史をまとめた程度の記事にしかならないですよ。怪奇ネタとしても眉唾もの過ぎる。鬼の末路も、娘の生涯もわからないんじゃあ、パンチも弱いし……」

「娘はの、死んだのだ」

「はあ?」


 わしは燭台を間宮に向けた。メモ帳を上着の内ポケットへしまおうとしていた間宮の尊大な顔に、深い陰影が刻まれた。


「この島で鬼の手が竿を掴んでいるのが見つかってすぐ、街では娘が行方知れずになった。それから、ついに見つからんかった」

「……それを、鬼がやったと?」

「鬼は頭から、手の先、足の先まで、ひとつの骨も残さずに喰らってくれる、と言ったそうじゃ。肉片、骨粉も残らぬのなら、永遠に見つかるまい?」


 また潮風が鬼御堂に吹き込んだ。風が強くなってきている。間宮が首を竦めて、肩を震わせる。


「ではあなたは、口伝がすべて実際に起こったことだと、信じているんですか? この島にはかつて鬼がいて、娘に騙されて深手を負って、それでも生き延びて、最後に娘を連れさらって、喰らったと?」

「左様。そしてそれを何代にも渡り、続けておると思っておる」

「何代にも?」

「鬼は言っておったろう? 七度生まれ変わろうと、七度喰らってくれる、と」

「ばかな」


 ついに、といった感じで、間宮は吹き出し、声を上げて笑った。


「ご老人、いくらなんでも、それは無理でしょう。輪廻転生りんねてんせいを信じるのは構いませんがね、その転生した人間を、鬼が探して喰らっている、なんて、有り得るはずがない」

「なぜじゃ?」

「だって考えてみてください。その時の鬼は生きているかもわからない深手を負ってるんですよ? 仮に生きていて、その当時の娘を喰らう事に成功したとしてもですよ、その先、どうやって生まれ変わった人間を探すっていうんです? 鬼にはそれが見えるとでも? 仮に見えるにしても、鬼だって生き物ですよ。人間がどれぐらいのサイクルで生まれ変わるのか知りませんが、とても生きていられるはずが……」


 好きなように言わせてやろう。この男は。得意げに言葉を並べ立てる間宮の顔を、わしはずっと、ただ黙って見ていた。そのわしの様子に気付いた間宮は、わしの方を見て、口を止めた。わしの様子以外の何かに、気付いたようだった。


「ご老人、気付きませんでしたが、その……」


 間宮の手が上がる。内ポケットに差し込んだ右手の人差し指が、すっと、上着で覆い隠された、燭台を持っていないわしのを指差した。


「右手は、どうされたんです?」


 その瞬間、一際大きな風が吹いた。冷たい潮風が鬼御堂を襲い、燭台の炎を吹き消し、開け放していた入り口の扉が、凄まじい音と共に閉ざされた。

 完全な闇が鬼御堂の中を塗りつぶした。

 それでも、わしにはやつの姿が見える。


「言ったじゃろう?」


 間宮が叫んでいる。ひどく汚い言葉をわしに向けている。だが構わない。

 この男は、なのだ。


 ……おれにとって。


「鬼の寿命は、驚くほど長いのだ。人の常識では計り知る事の出来ぬほど、な」

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鬼の手 せてぃ @sethy

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