第20話 鉄騎の襲撃 その2



 緑と橙の気が高速で交差する。


 ソルウェインと女の周囲にはぽっかりと空いた空間ができ上がっていた。しかし、中には戦場の熱気に呑まれて、そこに足を踏み入れてしまう者もいる。目の前で火花を散らし続ける二本の剣に、それが誤りだったと気づいたときにはもう手遅れだ。逃げ遅れた群狼の戦士が、女の剣に腕を切り飛ばされた。


 ソルウェインは勝負を優勢に運んでいるが、女はとにかく動きが速かった。


 赤い髪を振り乱し褐色の体を弾ませて一撃を加えると、反撃を躱して飛び離れる。まるで猫のようだった。体捌きだけは、それを得意とするソルウェインにさえも勝っているように見える。


 そんな相手との戦いだけに、ソルウェインにも辺りを気遣う余裕はほとんどない。自身が味方を巻き込まないようにするだけで精一杯という体だ。その額には汗が噴き出し、頬を埃だか土だかが分からぬもので汚し、荒い呼吸を隠せないままに女と切り結び続ける。


 二人が再び交差し離れた。


 その時、イリーナが女に向かって飛び込んだ。


 今のイリーナの剣は速い。少なくとも、ただの戦士たちとは一線を画す速度で斬りつけられる。しかし、ソルウェインと互角に戦う女には届かなかった。隙を突いて放たれた斬撃も、むなしく空を切ってしまう。イリーナは悔しそうに奥歯を噛みしめた。


 ただ、イリーナの奇襲は無駄ではなかった。


 終始切り結んでいたソルウェインに一拍の余裕を与えたのだ。


 ソルウェインは即座に飛び込み、上下二連の斬撃を放つ。切り上げられた切っ先が、微かに女を捕らえた。


 そしてその時、群狼に新たな援軍がやってくる。ブラムだった。拠点に残っていた兵を引き連れて、ブラムが押し入ってきたのである。


 微かに傾いていただけの勝負の天秤は、これで一気に群狼側に傾くこととなった。明確に数でも群狼が鉄騎を凌駕するようになったのである。


「ちっ」


 それを見て取った女は鋭く舌を打った。そして、


「下がるぞ!」


 そう叫ぶと、紋章で増強された身体能力を生かして瞬時に間を作り、鉱場の周囲に広がる森の暗闇へと姿を消す。ちょうどその時、カミュも目の前の敵戦士を一人切り伏せたところだった。


 流石に紋章を使っている紋章使いほどに速くは動けない。カミュもそんなことは実体験として知っている。だから、敵と切り結ぶソルウェインを確認すると、背中を守ってくれていたイリーナを先に行かせていたのである。


 自身は隊の者たちを鼓舞しながら、戦場の一角を保持することに努めていた。それによって、部分的にではあるもののソルウェインに向かう敵戦士の数を抑えこんでいたのである。


 女の号令とともに、水が引くごとく鉄騎の戦士たちが下がっていく。瞬く間に、みな森の中へと消えていった。


 整然と下がる敵戦士たちに鋭い視線を送り、声を発しようとカミュは腹に力を込める。しかし、思いとどまり隊の者に命令を下すことはなかった。


 敵が消えた先は夜闇に包まれた森の中。カミュはほうと一つ丸い息を吐き、頭を軽く振った。噂に聞いていた以上に厄介な敵だと、カミュは思わずにはいられなかった。

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