第19話 鉄騎の襲撃 その1
カミュは渡されたものを持って空港へと向かう。
紙の方は今回の取引に関する書類だったが、封書の方はどのようなものか分からず仕舞いだった。何かと尋ねたが、ブラムに渡してくれの一点張りで煙に巻かれたのである。カミュはしばらく歓談でもしながら探ろうとしたが、マルクスが口を滑らせるようなことはなかった。
釈然としない気持ちを抱えたまま引き下がるしかなかったのだ。
空港に着くとすでに荷物は積み終わっていた。
大きな荷車十台に山積みとなっている。馬で引くことを考えなくてよかったとカミュは心底思った。
カミュはメーアと呼ばれるヘラジカの変種を連れてきていた。
ヘラジカ特有の巨大な角を失い、太く短い角が生えている。非常に長い体毛が生えているのも特徴的だ。一見すると体中を長い毛で覆われた巨大な水牛のようではあるが、これでも立派に鹿だった。
森の魔獣の一種ではあるものの、性格がとても温厚であり人にも飼い慣らされてくれるため、この辺りでは大型の馬車には複数の馬を用いずに、このメーアを一頭繋ぐことが多いのだ。
足はやや遅いが力がとても強い。馬車馬ではへたってしまうような重量でも軽々と引いてしまう。短い距離で大量に荷物を陸送するなら、これに勝る引き手もいないのである。
カミュらはすぐにトラン=キアを出発した。グズグズとしていると、トラン=キアから拠点に戻るのでさえ二、三時間かかる。幸い、まだ日は高い。急げば夕暮れには拠点に着くことが可能だった。
道中大した問題もなく、のそりのそりと動くメーアの歩みに合わせて拠点近くまで来たときにイリーナが異変に気づいた。
拠点が妙にざわついている。そろそろ日暮れ時で、いつもならば仕事が終わった者たちが酒場に繰り出そうという時間帯だ。しかし、武装を解いていない隊員たちが大勢慌ただしく駆け回っているのが見えた。カミュも首を傾げた。
拠点に入り状況を確認するために辺りを見渡していると、ちょうどそこにブラムがやってくるのが見えた。
全身鎧を着込み、片手で戦斧を振り回し指示をしながら、周りの団員たちに怒鳴り声を上げた。
「さっさと動け! 一班と二班は待機! もうじきカミュが戻る。そちらに合流して指示を仰げ! 三班から六班はこのまま出ろ! 指示は現場にいるソルウェインに従え! 急ぐんだ! 残りは俺と共に出る! さっさと固まらんか! 早くしろ!」
これまでメーアののんびりとした歩調に合わせてゆったりと帰ってきたカミュだが、否が応にも身のうちに緊張が高まるのを感じた。
カミュは愛馬の背中から飛び降り、ブラムの下へと駆け寄った。
「親父!」
その声にブラムは、即座に反応し振り向いた。
「おお、カミュか。ちょうどよかった。兵を引き連れ、すぐに出ろ。鉄騎の奴ら、とうとう来やがったぞ。いま、ソルウェインが応戦している。二番鉱場だ。ハスも現地だ」
「はっ? そんな話、朝にはまったくなかったじゃないかっ」
寝耳に水だった。それらしい某かの話もまったくなかったのである。鉄騎の人間がちょろちょろと姿を見せているという話は聞いていたが、それだけだったのだ。
「話があろうがなかろうが、来てしまったものは仕方なかろう。グズグズするな。さっさと行け!」
ブラムはそう言って、再び団員たちに指示を出すべくカミュから視線を外した。
カミュも頭を切り換える。すぐに指示を出すべく自分の隊へと駆け戻った。
「カミュっ」
イリーナがすぐに駆け寄る。
「鉄騎が襲ってきたらしい。あちらにいる自由兵と合わせて隊を整えろ。俺たちもすぐに出るぞっ」
カミュは隊員たちにも矢継ぎ早に指示を出し馬に跨がると、すぐに二番鉱場へと出立した。
二番鉱場は群狼の拠点から北西に二キロメアほどの位置にある。
群狼は現在一番から最近採掘を始めた三番までの鉱場を有し、二番鉱場は比較的街道にも近い森の縁にある。一番鉱場は最近採掘効率が悪くなって閉じられた状態だ。そこで二番鉱場が現在主に使われていたが、そこを狙われた格好だった。
二番鉱場も決して優良とは言い難い採掘状況ではあった。しかし群狼としては、それでも余所者の侵略を許すわけにはいかない場所なのだ。
カミュの隊はメーアと荷物を物資を管理する者にそのまま渡し、全員馬に騎乗する。そして、ブラムから託された自由兵を連れ拠点を後にした。
カミュ隊の戦士たちは騎馬を持っていたが、割り振られた自由兵たちは徒歩である。行軍はそれに合わせざるを得なかった。しかし、遠征のように荷駄を連れる必要はなく、すぐに現場へと到着する。
二番鉱場は街道から小川を渡って、少し森の中に入った場所にある。
地面に剥き出しとなった鉱床より採掘する形体の鉱場であり、周囲は森の木々に囲まれている。生い茂る木々の中に突然広がる大穴は直径五十メイルほどもあり、深さも二十メイルほどある。底部では穴が横に向かって走っており、その姿は初めて見る者に巨大な蟲や魔獣の巣穴と錯覚させるだろう。
そんな二番鉱場は怪異の巣よりも凄惨なことになっていた。
すでに乱戦となっており、群狼と鉄騎の傭兵たちがあちこちで剣や槍をぶつける音が鳴り響いていた。
打ち込まれた矢は戦場のあちらこちらで不穏な花壇を造り、咲き乱れる矢羽根の花はいくつも陰鬱そうに頭を垂れている。そのいずれの園でも少なくない数の群狼の戦士たちが絶命し倒れていた。
それどころか砲まで持ち込まれたらしく、地面がいくつも不自然に抉りとられている。
轟く怒声、鼻をつく血臭と臓物の臭い、そして、微かに漂う『火石』の残り香――――。
そのすべてが、今までの小競り合いのようなものではなく、戦が起こっていることを教えてくれていた。
だが、群狼もやられてばかりはいない。
すでに星の輝く黒い空を飛蟲隊が舞う。
次の獲物を探して動き出した鉄騎兵の集団に向かって槍の雨を降らし、その動きを抑制している。
その中に、巨大な蜻蛉を滑空させるハスの姿があった。朱の輝きを纏い、その手から伸びる巨大な炎の鞭を振り回している。その一振りで鉄騎の一団が灼かれていた。地面もろともになぎ払われて、吹き飛ばされていた。
カミュはそんな戦場の目の前まで来て、どこに突っ込むべきかを考える。
こんな状況下で下手に部隊で突っ込むと、弓矢のいい的にされるかもしれない。あるいは砲の……。こうなってしまっては部隊として動くことは不可能……。
高速で思考を巡らす。
……お行儀よく動く段階は、すでに終わっている!
カミュは決断し、剣を抜いた。
「乗馬している者は全員下馬しろ! 突っ込むぞ。ソルウェイン隊と協力し、力で押し返せ! 突撃っ!!」
カミュは腹に力込めて雄叫びを上げた。
そして、
「おおおおおおおおっっっっ!!」
と乱戦のまっただ中へと躍り出た。その横をイリーナがぴたりとついて走る。
一人目を有無を言わさず切り捨て、突っ込んできた二人目の剣を弾き穴の傾斜から蹴り落とす。
イリーナは青い輝きを纏い、そんなカミュの背中を守った。速い剣撃を駆使して、回り込もうとする何人もの敵兵を斬り倒していく。
カミュ隊の者たちに、みるみる間に強く闘志が宿っていった。
ついこの間まで臆病者だと信じて疑わなかった男の、なんと見事な戦ぶりよ。
彼らは驚きと共に沸き上がる狂熱を感じずにはいられなかった。
そして彼らは、それをすべて目の前の敵にぶつけた。振るわれる腕には力がこもり、その足は孔を穿たんばかりに大地を蹴る。
すでに、カミュの隊には配属された不運を嘆いている者は一人もいなかった。
そして彼らは、乱戦になっていた戦場の一角にとうとう風穴を開ける。
そんな時、採掘現場の向かい側を指差しイリーナが叫んだ。
「カミュっ、あそこっ」
見ると、穴の中腹あたりで敵と思しき女と切り結ぶソルウェインの姿があった。
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