第17話 トラン=キアにて その1
その後、ソルウェインの指示で屍に還った虚無を埋葬すると、カミュたちは群狼の拠点へと戻った。
虚無の討伐以来、カミュの群狼内部での立場は激変した。未だ執行人の役目には着いているものの、今まで通りに薬草採りと執行人だけをやっていればいいという状態ではなくなってしまったのだ。
ソルウェインはその言葉通りにブラムに交渉を持ちかけ、ブラムもブラムでむしろ願ったりと二つ返事で承諾した。ブラムはその日のうちに動きだし、翌日にはカミュの知らぬ間に彼の隊ができていた。
カミュは、呼び出されてその命が下されると頭を抱えずにはいられなかった。
その折には、良いも悪いもなかったのだ。
これまではカミュの言にも一理あると悩んでいたブラムだったが、虚無戦の報告を聞き決断を下したのである。
悪巫山戯ともとれてしまいそうなソルウェインの提案に乗ることに決めたのだ。
この時点では、カミュはまだ幾ばくか悩んでいた。
しかしブラムは、今回は自分の決定だとカミュに一切の反論を許さなかった。結果、カミュは群狼の部隊長として新たに名を連ねることになったのである。
「どうしたものかしらね……」
ヒュンヒュンと四枚羽根を回す飛空船の横で、イリーナが腰に手を当てながら、目の前の荷物の山を睨む。
カミュが部隊長となって半月が過ぎようかという日、二人は隊の人間三十名総出でトラン=キアの空港にやってきていた。
トラン=キアの町はヴァレリア王国北西地域最大の町だ。それ故に首都ルカクや他の王国内の主要都市とを結ぶ空の道ができ上がっていた。特に税の一部として国に納められるこの地域の魔石を大量に、高速かつ安全に運ぶ手段として、国内航空輸送網の中に入れないわけにはいかなかったのである。
その結果、トラン=キアの町には、この辺境の町に似つかわしくない立派な空港が存在していた。
全長三十メイルはあろう大きな飛空船がゆったりと四隻も停泊できる場所が用意されており、巨大な倉庫が何棟も建ち並んでいる。税収のある月になれば、これらが全稼働することになるのである。
それ以外でも、食料や生活必需品、嗜好品など、あらゆるものの大量輸送にこの港が使われている。
この辺境の地で自給自足できるものには限界がある。そこを何とかしてくれるのが飛空船であり、この空港だった。
陸路での輸送も行なわれていないわけではない。しかし、この地でそれなり以上に増えた人間の生活を支えようとするならば、やはり陸よりも空なのである。
「いや。どうしたものこうしたも、運ぶしかないだろ」
十分な浮力を得るための補助として使われる『風石』を、船の両脇にある六つの巨大なタンクに補給している作業員の隣で、カミュはウンザリとした顔をしながらイリーナとは別の荷物の山を見上げていた。
堆く積み上げられた小麦などの食料品、調味料、酒。今日は定期でやってくる輸送船が到着する日であり、トラン=キアの商店に頼んであった荷物の受取日でもあった。
カミュの隊の任務は、この荷物を群狼の拠点へと無事に運び込むことである。
群狼は自由兵まで入れると三百人を超える大所帯であり、消費する物資の量も多い。それだけに商店に運ばせると、その分の割増料金が馬鹿にならなかった。だから、自前で拠点へと運んでいるのである。
この任務は、任務としては通常任務であり、隊の隊長と副隊長が相談を要するようなものではない。ただ問題は、今回はその物量が異常に多いことだ。
「ああ、もう。何もかも鉄騎の奴らが悪いのよっ。あいつらさえ大人しくしていたら、兄さんにも手伝ってもらえたのにっ」
ここ一週間の間に、鉄騎の動きが活発になってきていた。群狼が仕切る鉱場にも二度姿を見せている。
ただ、本格的な戦闘が行なわれたわけではない。極めて少人数の敵影が確認されただけだ。
ブラムやハス、ソルウェインの見解は、偵察ではないかとのことで一致した。カミュも、これは近々厄介なことになりそうだと思いながら話を聞いていた。
その結果、ソルウェインとハスは鉱場の警戒任務にあたることが決定し、その煽りを受けて、本来は隊員数が多いソルウェイン隊が行なう予定だった任務が、急遽カミュ隊にまわって来ることになったのだ。
最近の鉄騎兵団の動向を受けて、いざ戦となったときのためにと物資の貯蓄量を少し増やそうとしたのが裏目に出ていた。
「いや、奴らが大人しくしていたら、そもそもこれは俺らにまわって来なかったと思うぞ」
カミュやイリーナも文句を言っても始まらないことは分かっている。だが、船から降ろされて次々と築き上げられる荷物の山に愚痴の一つも言わずにはいられないだけである。
「……隊長、積み込みの準備が終わりました。作業を開始してもよろしいでしょうか」
隊員の一人が無表情に、そう尋ねてくる。
「ああ、始めてくれ。イリーナ、こちらの指揮を頼む。ちょっと店の方に行ってくる」
カミュはそれに気付かぬ振りをして指示を出し、イリーナに声をかける。
「わかったわ」
まだ荷物の山を睨みつけているイリーナがそう答えると、カミュは町の商工区へと踵を返した。
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