第7話 紋章の正と負 その2
しばらくするとソルウェインとイリーナは、カミュの家へとやってきた。
二人とも鎧に身を包んでいた。ともに動きやすさを重視し、材質こそ鋼と硬皮で異なるものの、ハーフタイプのものを愛用している。そして、イリーナは細身の剣、ソルウェインは『サル=イージャ』――古代魔法語で『無垢なる者』と銘がついた魔法剣を腰に差していた。
彼らの父親の遺品だった。両刃直刀が主に使われる中、片刃でソリのあるその剣は、片手持ちにしてはやや長く、両手持ちにしてはやや細い。魔石から抽出された魔力が付与されている剣というだけでも非常に希少価値が高い代物だが、形状がその希少性を更に高めていた。
カミュも、なんだかんだと言いながらきちんと準備をして待っていた。黒のハーフプレートを着込み、少々柄を長めに改良した片手剣を腰に差している。
そして、そんな姿でいそいそと幾つもの革袋を愛馬にぶら下げていた。拠点にあるいつも懇意にしている雑貨屋に卸す分以外にも、薬のストックが溜まってきていたのだ。トラン=キアの町に連れて行かれるのならばと、行商の薬売りよろしく積み荷の準備をしているのである。すでに、馬の背にはカミュが乗れる場所などなかった。
「軍馬はロバじゃあないのよ。まったく……」
イリーナは馬に括り付けられた荷を見てため息を吐く。ソルウェインは仕方がないなあとばかりに苦笑いを浮かべていた。
「いいだろ。どうせ町まで行くんだから、あっちの店にも卸しておきたいんだよ。ちょっと在庫が溜まってきていたし」
「溜まるほど作らなければいいでしょ。仕事は他にもいくらだってあるのよ?」
「馬鹿。薬師が薬を作らなくてどうする」
「あんたは薬師じゃなくて傭兵でしょ!」
イリーナは、悪びれた様子のないカミュに噛みついた。そして、いつも通りに終わりのない言い合いに突入しようとしていた。
しかし、
「まあまあ、二人ともそこまでにしておけ。さっさと行くぞ」
と、ソルウェインが割って入る。彼は、この二人の会話を流れのままに任せておくと時間がどれだけあっても足りないことを経験から学んでいた。
カミュたちがいる群狼の拠点からトラン=キアまでの道のりは、平和なものだった。草むらの中に巣を作る小鳥たちの声を聞きながら、土を踏みしめのんびりと進む。
これでも夜になれば徘徊する危険な肉食の獣を見ることも多くなるし、或いは某かの要因で瘴気を取り込み変成した蟲・魔獣といったものにまで出くわすようになる。
しかし、今カミュの旅路は静かなものだった。日が出ている時間帯だという事もあるが、ソルウェインが率いる部隊百余名が同道していたのも、間違いなくその理由の一つではあっただろう。
カミュは三人旅だと思っていたのだが、実際の所はソルウェインの部隊にカミュがくっついている格好だった。イリーナは元々ソルウェイン隊の一員なので、まさにそういった状態としか言えなかったのである。
一行がトラン=キアの町の近くに付くとソルウェインは自分の部隊に指示を出し、隊だけを移動させ始めた。離れていく部隊を見ながら、カミュはソルウェインに尋ねる。
「……なあ、その、ソル兄? 見せたいものってなんだよ」
「まあ、そう急くな。すぐに分かるよ」
ソルウェインは未だむくれ気味な弟分に困ったような笑みを向けた。しかし、『すぐに分かる』という言葉を口にした時の彼の目だけは、決して笑っていなかった。
「じゃあ、兄さん。私は鍛冶屋に行ってから合流するから、先に行っていて。セレンさんの所にも顔を出すんでしょう?」
イリーナは、ソルウェインとカミュの話に加わってくることもなく言う。こんな話をしていれば、普段のイリーナならば間違いなく首を突っ込んでくるだろうにとカミュは不審に思った。
そんなカミュを無視して兄妹の会話は進む。
「ああ。ここのところ忙しくて顔を出せていないからな。詰め所の役人のところに行く前に少しだけ寄ろうと思っている」
カミュは首を傾げて口を挟んだ。
「セレンって誰?」
「兄さんの恋人よ」
カミュは目を見開き、ぽかんとした。
「ソル兄。恋人なんていたの?」
ソルウェインは戦士としての実力とは裏腹に細身美形だった。妹のイリーナと並ぶと美男美少女が並ぶことになり、それはもう絵に描いたようだとカミュは思っている。
しかし、ソルウェインは傭兵団などという荒くれ者集団の一員である。女にモテるだろうと思ってはいたが、恋人がいるなどとはカミュも聞いた事がなかったのだ。
ソルウェインは少し気恥ずかしそうに、
「皆には内緒な」
と言う。
「別に内緒にしなくてもいいじゃないか。もっとも、しゃべろうにも俺にはそんな話をする相手もいないが」
強いて言えば、カミュにとってはそんな話が振れる相手はイリーナくらいであった。
「だったら、大人しく黙っとけ。最近物騒だし、余計なことに巻き込みたくない」
「まあ、話すつもりもないけどさ」
カミュは肩を竦めた。
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