第6話 紋章の正と負 その1
「……で、なんでお前は自分の強さを隠すんだ?」
ソルウェインは使っていない薪でたき火をつつきながら、突然切り出した。
「……なんのこと?」
カミュは惚けた。
二人は炎を挟んで対面に座っている。すでに日はほぼほぼ沈み、あたりは夜の帳に包まれようとしていた。
逢魔が時。森より蟲や魔獣も出て来ようという時間帯だ。二人は先ほどソルウェインが持っていた鹿の肉を串に刺して焼いていた。
あたりには二人の他に誰もいない。団員たちの家が集まっている区画に隣接している空き地で肉を焼いているのだが、この時間では他の団員たちは各々食堂や酒場で昼間の疲れを癒やしている。耳を澄ませば、遠くで酒に酔った者が楽しげに騒いでいる声も聞こえた。
パチパチ――――
肉から飴色の油がしたたり落ち、爆ぜる音だけがやけに大きく聞こえる。ソルウェインは、そのカミュの返答にしばし黙った。そして、
ピヒュン――――
視線をたき火に止めたまま、ソルウェインは手に持っていた薪をカミュの鼻先へと突然振り上げた。手加減はほとんどされていない。剣の速さを武器とするソルウェインが、手にした薪をほぼ本気で振ったのだ。
「!?」
カミュはその薪の軌道を見て、咄嗟に少しだけ頭を引いた。
ソルウェインの薪は、カミュの鼻先を正確に狙っていた。カミュの鼻を打つことはないが微妙にかすめるような軌道だった。
「…………」
「…………」
ソルウェインもカミュも言葉を発しないまま時が過ぎる。その時間を破ったのはソルウェインだった。
「……お前はツメがあまいんだよ。誤魔化すつもりなら、もっと徹底しないとな。これが当たるか当たらないかを判断できて、しかも最小限の動きで躱せる奴が弱い? ありえないな。いくら弱いフリをしていても、それでは台無しだ」
「…………」
「俺だけじゃない。ドラゴさんやハスの姐さんも気づいている。もちろん、団長もだ。腕に覚えのある人間ほど違和感を覚えるからな。そりゃあ、そうだ。俺たちだって、最初から強かったわけじゃあない。弱かったときもあるんだ。だから、今のお前を見るとそんなわけがないと気づく。いろいろと『チグハグ』すぎるんだよ」
「…………」
「イリーナじゃないけどな……なぜ紋章を得ようとしない? 今のお前なら、その気になれば簡単に宿せるはずだ」
「それは……」
「それは? 団長も、お前が薬草採りばかりしていることを嘆いていたぞ。百歩譲って紋章のことは置いておいても、普通に団の仕事はできるはずだろう? 俺の見たてでは、紋章持ち以外に後れをとることなど、まずないはずだ。森の魔獣や蟲どもが相手でもだ。このあたりの小・中型相手ならば、一対一で負けるとは思えない。歯がゆく思っているのは、何もイリーナだけではないんだぞ?」
「…………」
カミュは困り果てた。完全に見抜かれており、どうにも誤魔化しがききそうにない。どうしたものかと必死で頭を使う。
だが、ソルウェインに信じてもらえそうな嘘は何も思いつかなかった。
しかし、その時ソルウェインがぽつりと呟く。
「……しまったな。時間切れか」
するとすぐに、
「まったく……。兄さんの我が儘にも困ったものね」
と、イリーナがワインボトルが二本入った籠を腕にかけて、大きな皿に切った果物を山盛りにのせながら二人の元へと戻ってきた。
鎧を脱ぎ、旅装から着替えたイリーナはカミュたちが肉を焼く準備をしているところにやってきたのだが、ソルウェインが串焼きには果物とワインだと言い張って、イリーナに用意してきてくれと頼んだのである。
カミュはほっと安堵の息を吐いた。
ソルウェインも、そんなカミュを見て小さくため息を吐く。しかし、すぐにイリーナの方を向いてニカリといつもの愛嬌のある笑みを作った。そして、
「馬鹿。世の中には欠かせないものもあるんだ」
などと言いながら、イリーナからワインのボトルを一本受け取る。コルクの栓を抜くと、かつて貴族の端くれであった面影もなくラッパ飲みをした。
「ぷは。うまい。ほら、お前も飲めよ」
そして、カミュの方にそのボトルをそのまま突き出した。カミュは先ほどのソルウェインの言葉が胸に刺さったまま、そのボトルを受け取り大きく呷った。
その後ソルウェインは、カミュの本当の力について再び問うことはなかった。カミュも、いつも通りの生活に戻っていた。
しかし、それから三日後の早朝のこと。寝ぼけ眼をこすりながら井戸へ水を汲みに行ったカミュの背中に声がかけられる。
「よう、カミュ。今日は付き合えよ」
「おはよう、ソル兄。付き合えって、どこに?」
カミュは首を傾げた。
今日も薬草を採りに森に入ろうと思っていたぐらいで、彼に用事と呼べるほどの用事はなかった。しかし、彼にとって薬草採集も生活の糧には違いない。理由もなくなまけるわけにもいかなかった。
「トラン=キアの町に行くぞ。イリーナの奴も紋章持ちになったから、剣を打ち直さなくてはいけないしな」
「ああ、そっか。ただでさえあいつの剣は細身だもんな。あの鋼材じゃ紋章が発動したらもたないか……って、なんで俺がそれに付き合わなくちゃいけないのさ」
「いや、お前を誘ったのは別件だ。お前に見せたいものがある」
「ずいぶんと持って回った言い方だなあ。一体なんなのさ」
「いいから。朝飯食ったら、お前ん家に行くから準備しておけよ」
ソルウェインは言いたいことだけいうと、カミュに背を向けて歩き出した。
「ちょ、ちょっと、ソル兄っ」
ソルウェインは両腕を高く掲げ体の筋を伸ばしながら、カミュから離れていく。背中からかけられる彼の言葉に、その足を止めることはなかった。
「まったく、一体なんなんだ。っていうか、ソル兄。自分の部隊の仕事はどうする気なんだよ……。知らんぞ」
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